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第49話 未来のために

 翔兎しょうとの胸の中で泣く美月みづき。自分のエゴでまたもバンドが解散してしまいそうになり、悔しさが込み上げてくる。


 翔兎しょうとは背中を摩って、『大丈夫、大丈夫』と子供をあやすように優しくしてくれる。その優しさが彼女にとって、今は最大の救いにもなっていた。


「ごめんね。私が弱気になって……」


 しばらくして落ち着いた美月みづきは、翔兎しょうとから離れて涙を拭く。そんな彼女に、翔兎しょうとは「大丈夫」としか声をかけられなかった。


「そうだ! ご飯食べて帰らない。久しぶりにあのハンバーガー食べたいんだ」


 暗い雰囲気になってしまったので、美月みづきは大手ハンバーガーチェーン店にいかないかと提案。


 翔兎しょうとは二人きりでの食事にドキッとしたが、すぐに了承。


「じゃあ、行こうか」


 あの肉厚なパティとカリッとしたポテトを楽しみにする美月みづき。すると……突然聞き慣れた落ち着いた声が耳に入ってきた。


 声の出どころに振り返る二人。そこには、柚葉ゆずはがいた。相当急いでいたのか、今の彼女は肩で息をしており、少し苦しそうだった。


 そこまでして追いかけてきた柚葉ゆずはに驚きの表情を浮かべる美月みづき。そんな彼女を置き去りにして、柚葉ゆずはは言葉を紡いだ。


「ごめんなさい。二人にしてほしいって言われたのに追いかけてきて」


 息を整えながら、しっかりと前を向く。そして、ひとみに決意を宿し……「でも、あてぃし……」と言葉を続けたのだった。


*****


「ただいま」


 暗い声で玄関を潜る。


 心が追いつかないほどの現実を突きつけられた春樹は、今、誰とも話す気分になれなかった。


 自室へと直行していく。だが、その暗い後ろ姿をたまたま夏弥なつやが見ていた。


春樹はるき?」


 兄弟だ。子供の頃から付き合いのため、表情ひとつでなんとなく気持ちを察することはできる。


 今の春樹はるきは昔、ゲーセンにこもっていた頃と同じ雰囲気を放っていた。


 気になった夏弥なつやは彼の部屋へと赴く。


 扉を少し開けて部屋を覗く。


 そこにはベッドに座り込みながら、何かに悩んでいる弟の姿が見えた。


 その姿を見て夏弥なつやは兄として気持ちがモヤモヤとする。自分の胸を抑え、気持ちの整理をしている時……「兄貴、入れよ」と、春樹はるきから声をかけられた。


「バレてたかー」


 取り繕うようにいつもの自分を演出し、部屋へと入り、春樹はるきの隣へと腰を下ろした。


 ヒリヒリとした感覚が空間全体に広がり、重苦しい。声をかけようにも、喉が上手く機能してくれず、発声機能を忘れてしまったかのような感覚に陥る。


「兄貴、俺どうしたらいいんだろうな」


 春樹はるきから声をかけられ、兄は驚き見せた。


「何かあったのか?」


「あぁ、実はな……」


 春樹はるきは兄に全てを打ち明けた。春樹はるきの言葉を聞いて夏弥なつやは、目を見開く。だが、すぐに切り替えて「そうか……」と言葉にした。


「俺、スタープロジェクトで本気で優勝を目指せると思った。BIGBANGビッグバンのみんなが大好きで、ずっと一緒に音楽をやっていきたいと思ってる」


 自分の感情を整理しながらも、本音を吐露してしまう。いつもなら恥ずかしい言葉も今では口にすることができる。


 なんでだろう。自分は昔からずっと不器用で、言葉にするのは難しいはずなのに……言葉が止まらない。


 それは兄だからという感情もあるだろう。だが、兄と和解できたのも、自分に正直になれたのも、全て宇崎美月うざきみづきという女性に出会ったことが起因だった。


春樹はるきはどうしたいんだ?」


宇崎うざきと一緒に音楽をやっていきたいよ……けど、今のアイツとどう向き合っていいかわからないんだ」


 人の死など目の当たりにしたことのない春樹はるきは、その重みが理解できない。漠然といなくなってしまうということしか……


 またも暗い表情を浮かべていると、兄が肩に手を置き、


「正直にぶつければいい。春樹はるきの今の気持ちを、彼女とどう向き合っていきたいのかを。不器用でもいいんだよ。整理できていなくても。だって、本気の気持ちは言語すらも超えるんだから」


 兄の言葉は春樹はるきの胸を打った。


 OCEANオーシャンとして海外ツアーもやっている彼だから発せられた言葉かもしれない。


 兄の言葉を聞いて、春樹はるきは「大好きだ」と言う。だが……


「異性としてじゃないぞ! 同志としてだからな!」


 言った後に勘違いされないように、すぐに訂正していく。


 弟の言葉に兄は微笑みを向け、「このー」と、頭をくちゃくちゃにする。


 そこには子供の頃に戻ったかのような、仲睦まじい兄弟の姿があった。


 しばらく、じゃれあった後に春樹はるきはスマホを取り出して操作を始めた。ある場所へとメッセージを送るために……


*****


 同時刻。健斗けんとも自宅へと到着していた。


 春樹はるきと同じく、自室にこもっていた。しかし、彼の心の傷は春樹はるき以上だった。


「なんでまた……やっと会えたのに……」


 四年前、最愛の人であるあいが死んでしまった日のトラウマが蘇る。


 不慮の事故だった。故に、突然訪れたその日は彼の心の時間を止めてしまった。


 彼が現実を受け入れられたのは、彼女が死んでから一週間経った頃。だが、心の奥がぽかんと開いてしまったような感覚は一ヶ月は治らなかった。


健斗けんと健斗けんと!」


 気がつくと姉が目の前にいた。


「姉ちゃん……」と呟くが、今の健斗けんとには生気というものが欠如していた。


「夕飯できた……って言いたいけど、何かあったの?」


 姉の言葉で健斗けんとは感情を抑えられなくなった。


 思い切り抱きつき、涙腺が爆発しそうなほど号泣する。


 弟の姿を見て、姉は昔のように頭を撫でながら「よし、よし」と宥めていく。


 しばらくはその時間が続いた。


 落ち着きを見せた健斗けんとは、「ごめん」とだけ言い、姉から離れる。その後、何があったのかを正直に話した。


 話を聞かされた姉は言葉を失った。が、気持ちを整理させ、取り繕うように言葉にする。


「そんなことがあったんだ」


「なんだよ。その言い草……」


 健斗けんとは静かな怒りを見せる。


「どうしたの?」


「どうしたもこうもないだろ! 人が死ぬんだ! なんでそんなあっけらかんとしてられるんだよ!」


 姉はそんなつもりはなかった。だが、健斗けんとにはそう見えたのだ。


 壁を貫通するほどの怒声。声は中世的だが、やはり男らしさがあり、大声を出すだけで恐怖を感じる部分はある。


 あまり見ない弟を見て、少しだけたじろぐ姉だったが……


「今更、変えられない事実を悩んだってしょうがないじゃない!」


「なんだと……」


 自分が死ぬわけじゃないから……あくまで、弟の知り合いというだけだから……ふざけるな! 僕が、僕がどれだけ彼女のことを思ってきたのかわからないのか!


 健斗けんとの心の中で怒りのボルテージは上がっていく。それはもう手を出してしまうほどに……


 怒りで頭がおかしくなりそうな健斗けんと。そんな彼の耳に、姉の優しい声が入ってきた。


「そうやって健斗けんとが落ち込んでいることが彼女にとって失礼な行為なんだよ。そんな風になってほしくないから彼女は黙ってたんじゃないの?」


 次に紡がれた言葉は健斗けんとの心に響くものだった。


 姉の優しさに気後れしていると、姉は更に言葉を紡ぐ。


「なら、彼女のためにしてあげられることをしてあげなよ。今回は前回と違って猶予があるんだから」


 姉の目から涙が流れていた。


 彼女としても、少しだけ美月みづきと話をした仲だ。自分が関わった人間の死をなんとも思わないほど薄情な人間ではなかった。


「後悔しない選択をして」


 姉の涙を見て、自分が何をできるのかを思案していく。そんな時、彼のスマホに着信が入った。


*****


「でも、あてぃし……どうしても伝えたいことがあってここに来ました。聞いてくれますか?」


 彼女の言葉に美月みづきは頷く。


 彼女の柚葉ゆずはを見る姿に、またも美月みづきの優しさを目の当たりにする。もうすでに緊張はなくなっていた。


 心が軽くなり、自分の胸中を表面に出すことができる。


「昔のあてぃしは勇気もなくて、臆病で……でも、美月みづきさんと出会って、変われたんです。あてぃしも生きていいって思えたんです。勇気をもらえたんです。だからあてぃし、美月みづきさんに恩返しがしたい! あてぃしを変えてくれた恩人だから! 人生で初めて尊敬できた人だから!」


 涙を浮かべながら、熱弁する。


 雪がチラチラと舞う街中で、二人は熱い視線を交わす。


 柚葉ゆずはの言葉を聞いて、美月みづきは喉を鳴らした。


 これから紡がれる言葉がどんなものなのか。それを待っているだけで胸の鼓動が速くなってくる。


 柚葉ゆずはは頭を下げて手を伸ばす。そして、


「あてぃしをBIGBANGビッグバンのメンバーにしてください! 一度断っておいて虫のいい話だとは思います。でも、あてぃし、美月みづきさんをあのステージに連れていきたいんです! それが私なりの恩返しだから!」


 大切な人の死。それを実感し、柚葉ゆずはは勇気を振り絞れた。だって、ここでこの言葉を言わなければ、絶対に後悔する人生を送ることになるから。


 彼女の言葉に美月みづきは、涙を浮かべた。


 彼女の方へと寄っていき抱きしめる。


「もちろんだよ。よろしくお願いします」


 美月みづきの言葉に柚葉ゆずはは笑顔を向ける。そんな時……


「俺たちも忘れるなよ」


 たくましい男の声が聞こえてきた。声の方に振り返ると……そこには、春樹はるき健斗けんとの姿があった。


 二人の姿を見て、美月みづきはメンバーの温かさに触れた。

***********


年内最後の更新です。2024年、この作品を読んでいただきありがとうございました!また来年もよろしくお願いします!(次回更新は1月1日を予定しております!)

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