「早速ですが……入院して治療の方を進めていきましょう」
「よろしくお願いします」
女医の言葉を受けて、母親が頭を下げる。
その姿を見て、
入院など初めてだった。しかも、治療。治すためではなく、延命するためだけの……
自分とは
緊張で言葉はでなかった。
説明に頷くこともできなかったが、そんな
数え切れないほどの患者を相手にしてきている女医の説明は、機械のようで無機質に感じられた。
抗がん剤に免疫療法。名前だけは聞いたことがあるが、まさか自分が受けるとは夢にまで思わなかった。
「では、月曜日からの入院にいたしましょうか。こちらが書類になります。できる限り延命できるよう、我々も最大限尽力いたしますので、一緒頑張りましょう」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、書類一式を母親が受け取る。
入院が現実的なものになってきた。このままではスタープロジェクトを辞退しないといけなくなってしまう。
人生を謳歌できず、夢すらも叶えられない。
自分のやりたいことがひとつもできず、人生を終える。それだけは絶対に嫌だった。だから……
「スタープロジェクトが終わるまで待ってくれませんか」
無意識に立ち上がって声を出してしまっていた。
「
女医の目を射抜くような気迫だった。空気がピリピリし、一触即発するかのような空気。
緊張する中で唇を噛み、震える声で言葉の続きを紡いだ。
「私にとって、スタープロジェクトは全てなんです。人生を投げ打ってでも立ちたい舞台なんです。だから……だから……」
一拍置き、訴えかけるように言う。
「死ぬ前に私の夢をひとつ叶えさせてください!」
深々と頭を下げる。
彼女の言葉に女医はしばし無言になる。その後……
「大会はいつ終わるんですか?」
「えっ!」
「大会はいつ終わるのか聞いているんです」
女医から発せられた意外な言葉に、
だが、すぐに現実に意識を戻して女医の質問に答える。
「一月中旬頃です」
「そうですか……」
女医はカルテに目を移す。色々と確認していき、自分なりに何かを解釈。また、美月の方へと体を向けた。
「わかりました。入院と治療はその頃にしましょう。夢、掴んでください。応援しています」
女医が優しい微笑みを投げかけてくれた。初めて人間らしい一面が見れて、
多分、助かる見込みがないから許してくれただけだろうが、それでも嬉しかった。
だって、あの舞台にみんなと立てるのだから。
「ありがとうございます!」
女医と
*****
そんな彼らを見て、
スタープロジェクトで優勝する。人生最高の瞬間を手にする。そう決めていたのに……そのために黙っていたのに……
決意した早々、メンバーに秘密がバレてしまった。
彼らの目を直視できない。言葉にすることもできない。
ただ、耐え難い痛みが心を襲うだけだった。
しばらく、静寂が続く。いつものメンバーなのに、心を許し合える関係性なのに、今、この瞬間だけは、とても居心地がいい場所だとは思えなかった。
「なんで隠してた」
静寂を切り裂くように
だが、言葉をぶつけたのは
「今の口ぶり、だいぶ前から知ってたんだよな。なんで教えてくれなかった! 俺たちは仲間じゃなかったのかよ!」
「悪い……」
「悪いと思ってるなら尚更だ! 俺たちには、俺たちには教えてほしかった!」
誰も悪くない。それを
彼が
それでも、教えてほしかった。
彼は
「なんで、ハニー。また僕の前からいなくなってしまうの……」
自分の頭をくしゃくしゃにし、どこにぶつければいいかわからない怒りを無理やり抑えていく。そして、床にのいてある自分の鞄を肩にかけた。
「おい、どこに行く!」
「少し頭を冷まさせてくれ」
「スタープロジェクト、絶対に出るよな!」
そんな彼の背中に声をかける
「こんな状態でやれるかよ……」
それだけ残して
「ごめん。僕も感情の整理がつかない。帰るよ」
健斗も身支度をしてスタジオを後にする。
三人だけになってしまうスタジオ。またも静寂に包まれ、息苦しい感覚が
また、これだ……
軽音楽部の時と同じ。自分のエゴでバンドを危機に陥れる。
もう絶対にやらないと誓っていたのに、また同じ
「本当に死んじゃうんですか?」
今聞かされた話が嘘だと信じたくて、
「嘘ですよね。何か治せる方法があるんですよね。そうなんですよね」
「なんで黙ってるんですか! 否定してくださいよ! お願いだから、否定してください……」
涙を浮かべながら怒声を上げる。
こんな彼女を初めてみた
自分は死ぬのだ。だから、最後に有終の美を飾り、あのステージで華やかに歌いたい。
それが
「ごめんね。全部本当なんだ……黙っててごめん」
彼女からの肯定。それに精神が崩れ、
自分の人生を変えてくれた人の死。
残酷な現実を目の当たりにして彼女の心はぐちゃぐちゃになった。
しばらく彼女の胸の中で泣いた後、
「ごめんなさい。服、汚れちゃいましたよね」
「大丈夫だよ。替えがあるから」
そう言って、着替えの準備に入る。だが、
「
「あっ、あぁ……」
指摘され、
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「うん、私も楽しかった」
無理やり取り繕う
そんな彼女たちの間に割って入り、
「悪い、ちょっと俺たち二人にさせてくれないか」
「えぇ、いいですよ」
「ありがとう」
そう言って、二人で街の方へと歩いていく。
二人になり、街を歩く
「もう冬だね」
「そうだな……」
二人が出会って約一年。
色々なことがあった。
最初は音楽に興味がなかった
夏に憧れの
きつい練習だったが、レベルがひとつ上がったような気がして、達成した時は嬉しかった。
スタープロジェクトが開催され、ライブもたくさんした。
最初はアンチも多かったが、それでも堅実にファンを増やしていった。
秋には文化祭。
「
彼女が
「
この言葉は彼女の優しさを体現していただろう。
余命宣告がバレたことではなく、バンドが解散しないことを心配している。
自分のことよりも、
それだけ、彼女にとって
「大丈夫だよ。大丈夫……」
自分の胸を頼ってくれる彼女の背中をさすりながら、
その背中は凍てつく空気に触れ、とても冷たかった。そんな彼女を温めるかのように
号泣する彼女に自分ができる唯一の行為が、これしかなかったから。