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第47話 発覚

「ありがとーう」


 一曲目いっきょくめが終わり、画面越しのファンがコメント欄で盛り上がる。


 あの文化祭から一ヶいっかげつ以上の月日が経過しており、美月みづきたちは最後の追い上げのライブ配信をしていた。


 この場にはBIGBANGビッグバンのメンバーだけでなく、柚葉ゆずはもいた。


 彼女自身が生で見たいと言ってきため、時間を合わせて特別に招待した。


『アンコール! アンコール!』


 コメント欄が盛り上がる。


 ここに集まった全ての人が一団となり、一つの世界を構築する。


 ライブ視聴人数は三万を超えていた。


 あの文化祭での演奏が聞いているのか、文化祭前から倍の集客ができていた。


「みんなありがとうね! 時間も余ってるから、もう一曲いっきょく行こうかー」


『うおぉぉぉ!』


 スマホやPCが熱に支配されるかのような賑わい。それに応えるように、美月みづきたちは次の演奏の準備に入った。


 次に選んだ曲は、去年、軽音楽部音みんなで児童養護施設で演奏した曲。


 あれはようがボーカルを務めていたが、今回はあの時の気持ちを再熱できるように、美月みづきがボーカルを務めた。


 文化祭の時とは違い、アイドルのような可憐な声色で歌う。ポップな曲とは相性の良い声だった。


 BIGBANGビッグバンのカバー。原曲の時の元メンバーがいるので、セルフカバーといった方が正しいだろうか。


 だが、この演奏は大いに盛り上がった。


 画面越しなのに、実際にこの場に人がいるかのような感覚になる美月みづきたち。


 このコメント欄での応援に、彼女たちの心も燃えるような感覚に襲われ、美月みづきたちは目の前の演奏にだけ全神経を研ぎ澄ませた。


 とても楽しい演奏だった。


 2曲が終わり、今度はファンミーティングに移行する。


 一次予選では『人を惹きつける魅力』も見ているため、この時間は必須だった。


 とはいっても、基本は雑談。


 今ハマっていることや、時事ネタなどを話したりする。そこに質問などが少し飛び交った。


美月みづきさんは恋人とかいないの?』


「えっ! 恋、人……」


 突然の質問に、戸惑いを見せるが、「い、今はいないよ」と、正直に答えておく。


『マジ! じゃあ、俺もワンチャンあるってこと?』


「はは……」


 変な男のコメントに苦笑いを浮かべる。


 そして、翔兎しょうとの方を見る。彼の事は好きだが、正式に告白された訳じゃない。だから、恋人ではない……はず……


 多分両思いなのに、バンドのメンバー以上の関係になれていない二人。もし違ったら、恥ずかしいが……


 質問の後に突然目が合い、翔兎しょうとも恥ずかしさの余り顔を伏せた。


「話題、変えよう! ほら、みんな私たちの歌で何が好きなの?」


CATCH THE DREAMキャチ・ザ・ドリーム』。『楽しい文化祭』。『スキノカタチ』。など、全部で十曲近くあるが、ファンにどの歌が受けているのかを知りたくなった美月みづきは、今度はこっちが質問していた。


 だが、好みは人それぞれのようで、バラバラな意見が飛んできた。


「だよね。でも、やっぱ『スキノカタチ』が多いかー。まぁ、文化祭で増えたファンだからこうなるよね」


 この結果になったという事は、あの歌に込めた想いが皆に届いたという意味でもあるだろう。


 曲の話が終わり、今度は翔兎しょうと健斗けんと春樹はるきにも質問が飛んだ。


 翔兎しょうとにはなぜ、このバンドに入ったのか。


 健斗けんとには音楽を始めたきっかけ。


 春樹はるきには普段の夏弥なつやについて。


 ここで無碍にしては印象を悪くするので、三人はファンに対応していく。


 翔兎しょうと美月みづきに出会い、OCEANオーシャンに惹かれて。


 健斗けんとあいという女性に出会い、彼女にベースを教えてもらったことを。


 春樹はるき夏弥なつやはいつもと変わらないことを。


 それぞれしっかりと答えていった。


 だが、この時に健斗けんとだけが浮かない顔をしており、リスナーにも指摘される。


「なんでもないよ。大丈夫……」


 美月みづきも今の反応が気になったが、今は目の前のファンに配信を届けることの方が大切だ。


『そういえば、あの時の三人はメンバーにならないんですか?』


「あの時の三人?」


『はい、お団子の子と茶髪の子、それと白髪の子』


 特徴を言われて、美月みづき明里あかりよう柚葉ゆずはのことだと理解した。


「あぁ、あの三人ね。お団子の子と茶髪の子は軽音楽部の時の仲間だよ。あの時に助っ人してくれただけなんだ。白髪の子は……誘ったけど、断られちゃった」


 今いる柚葉ゆずはの方を一度見てから答える。


 仕方ない。彼女が選んだ選択なら、美月みづきは尊重する。なぜなら、それがきっかけで一度失敗しているから。


 納得の理由を聞かされリスナーはこれ以上追求してくる事はなかった。


 この後も雑談で盛り上がった。柚葉はこの場にいるのに、スマホで参加してポイントを入れてくれた。


 雑談で盛り上がっている最中、リスナーのひとりが、重要な話題を入れてくる。


『そういえば、ランキング見ましたか?』


 リスナーの言葉に美月みづきは、子供みたいに無邪気な声を出した。


「見たよ! まさか、あそこまで上がってるとは思ってなかった」


 BIGBANGビッグバンのメンバー全員が驚愕した。


 八十八位。


 文化祭の効果があったとはいえ、凄まじい急上昇。しかも、一次予選突破圏内の百位以内に入れていた。


『でも、あと十日もありますから、油断は禁物ですけどね。一気に抜かれるかもしれない。その怖さがあるのがスタープロジェクトです』


「そうだね。肝に銘じておくよ」


 リスナーからの指摘で、BIGBANGビッグバンのメンバーはさらに気合を入れていく。


 ここからはリスナーとの一致団結も大切だ。


 リスナーとの絆を深めるために、親近感を得ようとさらに雑談をした。


 大いに盛り上がったあと、この日は配信を終了した。


「ライブ配信どうだった?」


 間近で見ていた柚葉ゆずはに感想を振る。


 柚葉ゆずは美月みづきをしっかりと見据え、「よかったです。自分も参加してるみたいで……」


「参加してるんだよ」


「そうでしたね」


 ライブ配信は視聴者と演者が交差して初めて意味を成す。


 故に、どちらかが配慮に欠いたら、絶対にいい配信はできない。


 美月みづきは本能的にそれがわかっているために、絶対にリスナーに対して不義理はしない。彼女が人々から好かれる理由だ。


「じゃあ、少し練習していこうか」


「いいね!」


「あぁ、俺も問題ない」


 翔兎しょうと春樹はるき美月みづきに返事をするが、健斗けんとだけ無言を貫いていた。


「どうしたの?」


 美月みづきは調子の悪そうな健斗けんとの顔を覗く。そんな彼女を見て、


「ハニー、どうして乳腺にゅうせん外科にいたの?」


 突然ぶっ込んだ話をしてきた。


 健斗けんとの言葉を聞いて、美月みづきは胸を貫かれたような衝撃を得た。


 見られていた。


 あの時感じた視線は彼のものだったのか……


 心当たりのあることを指摘されたが、美月みづきはこのことは隠し通していこうと思っている。


 誰も心配させたくないから、彼女は嘘をついていく。


「なんのことなー」


「誤魔化さないで!」


 健斗けんとが大声を出す。その声に美月みづきだけでなく、この場にいた全員が驚くことになる。


「誤魔化さないでよ……」


健斗けんとくん……」


 今の言葉を聞いて美月みづきは、迷いの表情を浮かべた。だが、隠し通せないと思った美月みづきは覚悟を決めて話をしていく。


「確かに健斗けんとくんが言うように悪いところがある。でも、大丈夫だよ。治療すれば治るから」


 余命宣告だけは絶対に言えない。言えば皆を傷つけることになる。


 せめてスタープロジェクトが終わるまでは……絶対に言えない。


「なら、治療に専念してほしい」


 健斗けんとから発せられた次の言葉は意外なものだった。


「どうして!」


「どうしても何も、僕にはハニーが全てだ。手遅れになってからでは僕が後悔するんだ。もうあんな思いは二度と……」


 あいを失った時と同じ思いだけは絶対にしたくない。


 健斗けんとの完全な都合だと思ったが……


「俺も健斗けんとに賛成だな。スタープロジェクトはまた四年後もある。ここで無理をして命を危険に晒すよりはいい。生きていればまた挑戦できるしな」


「そうです。治療に専念してください」


 二人の意見に柚葉ゆずはも賛成だった。


 三人の言葉を聞いて、美月みづき翔兎しょうとは心が痛かった。


 もう時間がない。それを知っている二人。だから、真逆の意見を述べたくなる。

 翔兎しょうとがそう思っていると、美月みづきが先に動いた。


「大丈夫だよ。せっかくここまで来たんだから頑張ろうよ! 予選突破できるんだよ」


「あぁ、俺もその方がいいと思う」


 今の翔兎しょうとの言葉に春樹はるきいぶかしんだ。


 美月みづきに恋心を抱いている彼が、彼女の命よりも彼女の意思を尊重したのだ。


 彼の言葉は春樹はるきに火をつけるには十分だった。


「なんで今回にこだわる!」


 翔兎しょうとの胸ぐらを掴み、強い口調で責めていく。


「命に関わる病気だったらどうする! 手遅れになったらどうする! 死んだら何にもなんねぇんだよ!」


 夢より命。それ以上のものはない。それが彼の価値観だった。


 春樹はるきの言葉に翔兎しょうとは歯を食いしばる。


「わかってるよ……」


「あぁ?」


「わかってんだよ! そんなこと!」


 悲しそうな表情で春樹はるきを凝視する。そこからは異様なまでの覇気が感じられ、春樹はるきは少しだけたじろいだ。


 掴んでいた胸ぐらを離し、鞄からスマホを取り出した。


「何してる!」


「スタープロジェクトのエントリーを取りやめる」


「やめろ!」


BIGBANGビッグバンの未来のためだ」


 翔兎しょうとの声などお構いなしに、春樹はるきはスマホの操作を始めていく。その光景を見て、無意識に口を開いてしまう。


美月みづきは……」


「言わないで!」


 強い口調で美月みづきが抑制していく。翔兎しょうとの言葉に、春樹はるきは携帯の操作をやめて振り返り、健斗と柚葉は美月の変わりように瞠目どうもくした。


 彼女の声は全てをかき消すかのようだった。


 しかし……彼女の言葉は届かなかった。


美月みづきは死ぬんだよ!」


 紡いでほしくなかった言葉が空間に広がり、彼女が知られたくなかった秘密が、BIGBANGビッグバンのメンバーに知れ渡ってしまった。

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