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第16話 童心

「ちょっと待てよ」


 ドラムセットを買いに行こうと言う美月みづきの提案に、春樹はるきが口を挟む。


 理由は単純。なぜか勝手に買う前提の話になってしまっているから。


 春樹はるきとしては購入予定はない。それに、ドラムセットを揃えるためにはそれ相応の値段がかかる。


 生半可な金額じゃ揃えられないことは、音楽をやっている美月みづきなら知っていることだと思っていた。だが、彼女が意外な言葉を発する。


「ほら、神門じんもん家って音楽の名門だし、お金持ちなイメージだし、結構なお小遣いもらってるのかなーって」


「なんか勘違いしてないか?」


「えっ?」


神門じんもんつっても俺は分家。それに俺の両親は常識人で、俺の家庭では本人の力量以上のものは与えないってルールがあるんだ。だから、高校生の内は小遣い一万しか貰えねぇんだよ。それにゲーセンにたくさん使っちまって今月分残ってねぇし」


 ちょっとイライラした口調で愚痴まがいの言葉を吐く。


 音楽一家のエリート。さぞ豪華な生活をしているのかと思ったら、意外と一般的な家庭と変わりないらしい。


 双方の認識の齟齬そごが起こしたちょっとした言い争いだった。


 ドラムは揃えられない。バンドとして活動できる夢が少し遠ざかったため、美月みづきは先ほどまでの勢いを失う。


 落ち込んでいる彼女を見て翔兎しょうとが言葉を発する。


「まぁ、美月みづきもいつもの癖が出ただけじゃねぇか。許してやれよ」


「別に怒ってはいないんだけどなー」


 ちょっとだけ強い口調で言ってしまった事を反省する春樹はるき


 険悪なムードになってしまった二人だが……翔兎しょうとが言葉を発したことにより、このムードは一気に壊される。


「どのみち、美月みづきの部屋には置けるスペースないしな」


 彼女の部屋の中にはキーボードにベッド、テレビも置かれている。既にスペースはほぼ埋まりきっており、とてもじゃないがドラムなど置けない。


 仮に購入するとして、春樹はるきの家に置いておくと言う手段も取れなくない。それだと練習場所を変えないといけなくなるが、春樹はるきは自宅に彼女達を招きたくないらしい。


 どのみちバンドの練習をするには、もう美月みづきの家では難しくなった。


 至急練習場所を探さなくてはならないが、学生の彼らでは金銭的にスタジオを借りるのも難しかった。


 打つてなし。そんな時、春樹はるきがため息を吐いて、スマホを取り出した。


 素早く文字を打っていき、誰かにメールを送信したようだった。


「親父が管理してるスタジオがあるから、そこを使えないか聞いてみた。もし、無理だった場合は悪い」


「それでもいいよ! ありがとう!」


「さすがエリート一家。金あるじゃねぇか」


「うるせぇな!」


 春樹はるきのおかげで場所の問題は解決できそうだ。スタジオならドラムも備えられているだろうし、これで本格的な練習ができる。


 一通り、問題が解決し、安堵する美月みづきだった。


「じゃあ、俺帰るわ」


 三人はバンドの練習ををやるために集まっているので、練習ができないのであれば、この家にいる理由は春樹はるきにはない。


 カバンを持ち、立ち上がったが……翔兎しょうとが肩を組み、「この後暇か? 暇なら遊びに行かないか?」と提案。


 美月みづきも特に用事はなかったので、翔兎しょうとの提案に賛成。三人は親睦会を兼ねた遊びに出かけたのだった。



 街に出た三人は、渋谷のど真ん中にいた。


 昨日と違い、晴天。更には日曜日なので人がごった返していた。


「人混みは苦手なんだよ」


 春樹はるきが呟き、少し萎縮する。そんな春樹はるきとは裏腹に美月みづきはいつものテンションを維持していた。


「どこ行くんだ?」


「どうしようか?」


 行き当たりばったりで決めてしまったので、やる事を決められていなかった。


 あまりの無計画さに春樹はるきも呆れていた。


 二人を見かねた春樹はるきは、率先して案を出していく。


「楽器見に行くか?」


 一番行きたがっていなかった春樹はるきからの提案。ちょっと驚いたが、美月としては問題ないので快諾する。


「いいね! 春樹はるき君のドラムの検討もできるしね」


「あと、俺は自分のギターが欲しいし」


 翔兎しょうとの意外な言葉に美月みづきは微笑んだ。翔兎しょうとの音楽への情熱を確認でき、嬉しかったから。


「それじゃあ出発進行!」


 指揮を取り、楽器屋を探し始める。


 しばらく歩き、良さげな楽器屋を見つける。


 美月みづきは中に入り、初めて楽器屋に入った時の懐かしさを感じた。


「いつ来てもいいな」


 色々な楽器を見れるのは春樹はるきにとっても嬉しい事らしい。見ているだけで心躍る感覚になり、自然とドラムが置いてある場所に向かっていた。


 美月みづき春樹はるきの後を付いていく。


 急に春樹はるきが止まり、一つのドラムを見ている。


 黒を基調としたカッコイイドラムだ。七万円と値段は結構張っているが、プロが使うセットのため値段に見合う以上の演奏ができそうな予感がする。


「叩いてみたい」


 元々少しやっていただけあり、ドラムセットを見るとウズウズするのだろう。美月みづきから見ても叩きたそうに見える。


「あれ? 翔兎しょうと君は?」


 いつの間にか翔兎がいなくなっているのに気がつき、辺りをキョロキョロと見渡す。


「確かギター見にいくって言ってノリノリで売り場に行ったぞ」


「そうなんだ」


 翔兎しょうとのギターへ対する情熱は美月みづきにも理解できる。少し、弾けるようになってきた頃だ。今が一番楽しくて仕方ないのだろう。


 次はギター売り場に向かう。


 翔兎しょうとが目を輝かせながら色々なギターを見ている。その中でも青と白で着色されたエレキギターが翔兎しょうとの目を奪う。


「四万……うわぁぁぁ!」


 喉から手が出そうな程に気に入ったデザインのギター。だが、手持ちが今は足りない。


 そんな彼に寄り添い、慰めていく。


「大丈夫だよ。しばらくは私の貸してあげるから」


「あぁ……ありがとな」


 声に覇気がなく、相当落ち込んでいるようだった。


 結局見るだけに終わってしまい、三人は楽器店を後にした。


 現在時刻十一時。


 またもやることがなくなってしまい、目的地を決める時間になってしまう。


「ボウリング」と翔兎が、「ゲーセン」と春樹が、それぞれバラバラな場所を思案し、三人が楽しめる場所を上げていくなか、美月みづきは、「カラオケ行こ!」と提案した。


「カラオケかー」


「そう。この際さ、翔兎しょうと君と春樹はるき君の歌唱力とか見ておきたいわけ。それに、翔兎しょうと君ボーカル希望でバンドに入ったのに、歌ったところ私一回も見たことないよ」


「そうだっけか?」


「そうだよ!」


 翔兎しょうとの問いに美月みづきが即答。翔兎は思わず、微笑し、その後、「いい機会だし、カラオケでいいよ」と美月みづきの提案を受け入れた。だが、春樹はるきは反対する。


「なんでだよ」


「頼む! カラオケだけはやめてくれ!」


 頭まで下げ、普段の春樹はるきからは考えられない行為だった。


「いいじゃねぇか! そんなに嫌なら歌わなければいいだけだし」


 そんな春樹はるきのことはお構いなしに翔兎しょうとは彼の肩を組み、陽気な声で彼を説得させていく。


「わかったよ」


 渋々了承する春樹はるき。意見もまとまったことだし、三人でカラオケへと向かう。


 フリータイムで中にはいる。これで結構遊べるのだからカラオケという施設は便利である。


 一番手は美月が歌った。


 OCEANオーシャンの歌──『強さと弱さ』を熱唱していく。


 歌声になると別人に豹変したかのように、クールな声色になる。


 抜群の安定感。音程バーが外れることはほぼない。それでいて聞いているものに安心感を与える歌声は、プロ顔負けだった。


 得点は文句なしの九十八点。群を抜いて上手いと言える点数だ。


「ふー。歌うって気持ちいいね。次、翔兎しょうと君の番だね」


 そう言ってマイクを渡す美月みづき


 美月みづきの前で初めて歌を披露する翔兎しょうとは、少し緊張しているようだった。


 イントロが流れる。彼が入れたのは、SNSでバズっている歌。こう見えて意外とミーハーらしい。


 第一声は安らぎを与えてくれると思える声だった。男性らしさが強調された声色だが、程よく高いキーも出せるようだ。


 ガラス細工のように繊細せんさいな声のコントロールを緻密ちみつにやっていき、聞いているものにインパクトも与える。


『上手いと言われる』と言っていた意味を理解できた気がした。


 これからのバンド活動のために、今日翔兎しょうとの歌を聞けたことが良かったと美月みづきは思えた。


 得点は九十六点。美月みづきには負けてしまったが、それでも高得点と言われる点数を叩き出した。


「どうだった?」


 完全に聞き惚れていた美月みづきは、反応に遅れた。


「良かったよ。あの歌難しいのに、あの点数はすごいよ」


「そうかなー」


 褒められてまんざらでもないようだ。


「じゃあ、次春樹はるき君ね」


「えっ!」


 美月みづきの無茶振りに「俺はいいよ」と断っていくが、美月みづきの目がキラキラしていて結局押しに負けた。


 ため息を吐きながら、マイクを握り曲を入れる。


 できる限り簡単な曲を選択。少し昔の曲になってしまったが、一般的に知られている曲なので問題はないだろう。


 緊張感が体全体を支配する。


 その状態で歌が始まり、春樹はるきは覚悟して声を出した。


 彼の歌声に二人は呆然とする。だが仕方ない。彼の歌はお世辞にも上手いとは言えなかった。


 音程感はほぼ皆無。声は悪くないが、全体的に喉に力が入っているのか、全部力強い歌い方で、高音は出ていない。


 音域が狭いのも原因だろうか。


 総評すると音痴。そう言わざるを得なかった。


 美月みづき翔兎しょうと春樹はるきを見る。時が止まったかのように、何も発しない。


 彼らの行動に春樹はるきは、その場に座り込み、項垂うなだれた。


 そんな彼の隣に美月みづきが座った。


夏弥なつやさんから音楽の才能に恵まれなかったって聞いたけど……まさかここまでだとは思ってなかった」


「悪かったな。だから、カラオケ嫌だったんだよ」


「ごめん。私、春樹はるき君の気持ちわかってあげられなくて」


「いいよ。知らなかったんだから」


 雰囲気が暗くなっていく。


 翔兎しょうとも何か言ってあげたいが、下手なことを言って刺激したら、せっかく仲を深めたのに崩れてしまう。それが怖い。


 それでも、美月みづき春樹はるきに寄り添う形を取る。


「ショックだよね。それが原因で音楽を嫌いになってたわけだし。でもね……」


 落ち込んでいる春樹はるきの目を力強く見据え、救いの言葉をかける


「音程は矯正きょうせいできるんだよ。現に、私もピアノ始めるまでは音感ゼロだったんだ」


 意外な事実を告げられ、春樹はるきは目を見開いた。そして、「宇崎うざきはなんでバンドだったんだ」と、彼女へと質問した。


 音楽ならなんでも知ってる。そんな彼女がバンドにこだわる理由を春樹はるきは知りたかったから。


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