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第14話 動機なんてなんでもいい

「誰だよお前」


 急に呼び止められた春樹は、呼び止めた翔兎しょうとに鋭い眼光を向ける。


 二人は初対面。こうなるのは当然といえる。


 雨の中、数秒睨み合う状況が続く。


 人通りが多い場所でのいざこざ。周囲の人間の視線が向けられるが、二人には関係ない。


 ────翔兎しょうとが沈黙を破り、言葉を発する。


「ここじゃ迷惑になる。場所を変えよう」


「はぁ? なに勝手に話進めてんだ。テメェと話すことなんて……」


「いいから来い」


 話を遮り、無理やりに春樹はるきを近くの公園へと連れていこうとする。


 翔兎しょうとの行動に、渋々春樹も了承。同行する。


「何が目的だ? それに、なんで俺があの場所に来るのも知ってた」


 歩きながら、疑問に思った事を翔兎にぶつける。


「何が目的って? まぁ、そっちは代理人だよ。お前に会いに来た女の。で、あの場所に来るのを知ってたのは完全に予想だけどな」


「予想?」


「あぁ、お前、映画見たがってただろ? でも、美月みづきと会っちまった。気分が害されたお前は映画を見る気分になれない。あの日は日曜日だったから、次に映画を見るとしたら、必然的に土曜日になる可能性が高い。まぁ、平日に見る可能性もあったから、完全に賭けだったけど」


 春樹はるきにはそう言ったが、彼のために作った曲も関係していると思っている。あの曲には、少しだけ映画から着想を得たものもあるらしいから。


 賭けに勝った翔兎しょうと。わざわざ時間を割いてきて正解だった。


 しばらく歩き、二人は目的の公園に到着する。


 翔兎しょうと春樹はるきの方を振り向き、「一緒に音楽やってみねぇか?」と言う。


「はぁー、またそれかよ。いくらお願いされても俺は音楽はやらない」


「やっぱりな。俺が来て正解だったよ」


「どういう意味だ?」


「簡単だよ。お前を説得するのは美月みづきじゃ無理だと思ったからな。どれだけいい曲を作ろうとも、感動したとしても、お前の口がそれを否定しちまう。だから音楽に興味のなかった俺が適任だと思ったんだ」


 翔兎しょうとから発せられた意外な言葉に春樹はるきは驚きを見せた。


「ちょっとは話を聞こうと思ってくれたか?」


 春樹はるきは反応をしない。彼の行為を肯定と受け止め、翔兎しょうとは話を進めていく。


「俺な、ただヤリたかっただけなんだよ。美月みづきって学校では悪い方でちょっと有名人だったから、それを利用できなかなって思ってな。案外ちょろかった。簡単に俺の話に乗ってきてよ……俺は我慢できなくなっちまって、襲った。その時、睨まれて思ったよ。あぁ、美月みづきも普通の女の子なんだって。悪いことしたなって思った」


「一体なんの話だ?」


「まぁ、聞けや。まだ導入部分だろ? ちゃんとした話になるから心配すんな」


 春樹はるきからしたらなんの話からわからず困惑。それを翔兎が言葉で保証する。


 翔兎しょうとが続きの言葉を紡ぐ。


「でもな、ある時転機が訪れてな。お前の兄貴のライブを見に行って、一気に心を引き込まれた。音楽ってすげぇって。でも、決して届かない距離じゃないとも思えた。凄いよ、お前の兄貴は」


「結局、兄貴かよ」


 二人ともOCEANオーシャンの話をしてくる。それが春樹はるきにとっては一番ムカつく。


 彼にとって憧れで、一番比較して欲しくない人物。彼に届かないから彼は悩んでいるわけで……


 だからこそ春樹はるきは否定の言葉を出す。


「お前は今は音楽好きなんだろ? だったら俺とは分かり合えない」


「本当にそうか? 本当は音楽が好きなんだろ?」


 今の言葉は春樹はるきを怒らせるのには十分だった。


「俺が音楽を好き? 笑わせんじゃねぇよ! そうじゃないからこうなってんだろ!」


「じゃあ、なんで美月みづきが送った音楽を聴いたんだ?」


 翔兎しょうとの方は完全に憶測だったが、春樹はるきは核心部分を突かれた。一瞬たじろぐ。


 だが、春樹はるきの反応を見た翔兎しょうとは追い討ちをやめない。


「それがお前が音楽を好きって証拠なんだよ。諦めきれねぇんだよお前は。もう認めたらどうだ?」


「無理だ……親父やお袋、兄貴の想いを踏みにじった。本家に復讐するためだけに生きてきたんだ俺は。そんな俺が本気で音楽に向き合えるわけねぇだろ。それは音楽にとっても失礼な行為だ。あっ……」


 春樹はるきの声色が今までの強気なものから一気に変わる。それに翔兎しょうとは「やっと本音を話してくれたか」と言う。そして、「大丈夫だよ」と優しく声をかけた。


「何を根拠に……」


「俺も非行少年だったからな。そんな俺でも変われた。まぁ、完全にはまだだけどな」


 美月みづきと出会う前までの自分と、出会った後の出来事を全て話す。


 父親が逮捕されてから祖父母の家に引き取られ、そこで環境に馴染めず、軽い不良をやっていたこと。


 父親に引き取られてからも、夜遅くまで家に帰らず警官に補導されていたこと。ナンパもしてたことも。


 人の過去には色々なことがあり、一概には判断できないことを春樹はるきは感じた。


「話してくれてありがとう。でも、俺はお前とは違う。求められる結果を出せる自信もない」


 春樹はるきは弱気な言葉を口にする。彼の言葉に翔兎しょうとは、「俺だって求められた結果を出せるかはわからねぇ」と返す。そして、「でも、そのための努力はしていくつもりだし、最初から諦めるつもりもない」と言う。


「羨ましいよ……」


「そうか?」


「あぁ、俺は何をやっても神門じんもん家っていう烙印らくいんがついてまわる。お前みたいに手軽に挑戦できるわけじゃないんだ」


 現実は無常だ。背負ってるものがデカければ迂闊な行動はできない。


「だったら、見返してやれよ。お前の音楽で。結果を示して、神門じんもん家のムカつく連中に、勝手な意見を押してつけてくる世間にも」


「だからそれができねぇって言ってんだろ!」


「ルールに縛られるんじゃなくて、お前がルールになれ。お前が神門じんもん家を牽引していくんだよ」


 投げかけられた意外なセリフに、春樹はるきは思わず反論の言葉を発していた。


「はぁ? 何言ってやがる! そんなよこしまな理由で始められるわけねぇだろ! 第一、そんな大層なこと俺にできるわけ……」


「できるさ。いや、やるんだよ」


 翔兎しょうとの目が真剣さを物語っている。色々な過去を体験してきた彼の目が……


 だが、音楽に信念を持っている春樹はるきは始める理由なら、清い心でなければならないと思ってしまう。ましてや、自己の心を満足させるためだけに始めるなんて邪道な行為はできなかった。


 しかし、翔兎しょうとは違う。彼には違う価値観があったから。自分の思っていることを口にしていく。


「モテたい。金が欲しい。始める動機なんてなんだっていいと俺は思ってる。必要なのはそこに向き合う姿勢だろ?」


 翔兎しょうとの言葉に春樹は無言になる。そんな彼をを見て、翔兎しょうと春樹はるきの胸ポケットに紙切れを入れた。


「お前が本当に音楽が好きならここに行け。お前のことを待ってる人がいるから」


 言葉を残した後、春樹はるきの肩をポンと叩き、「じゃあな」と発し、公園を去った。


「わかってんだよ。本当の気持ちなんて……」


 一人呟く。そんな彼の目には涙が浮かんでいた。



「はーい」


 インターホンが鳴り、美月の母が対応する。ドアを開けると、ずぶ濡れの春樹はるきの姿があった。


「どうしたの!」


 あまりの状態に彼女の母親に心配される。


 そんなことは置いておいて、春樹はるきは「宇崎美月うざきみづきさんいますか」と覇気のない声で目的の人物のことを尋ねる。


「いるけど……そんなことより入って」


 彼女の母親は急いで中に入れてくれた。その後、美月みづきを呼ぶ。


「お母さんどうしたの?……って、春樹はるき君!」


 階段を降りてきた美月みづきの視界に映ったのは、淡い赤髪の青年だった。


 自分の家に春樹はるきが訪問してきたことに美月みづきは驚きを見せる。


 驚いている美月みづきを余所に、春樹はるきは強く言葉を発した。


「そろそろ決着つけようぜ。もう、お前に付きまとわれるのはうんざりだ」


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