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第11話 心

 春樹はるきに最大の拒否反応を見せられた美月だったが、咲良さくらを待たせて飛び出してしまったので、彼女の待つ映画館に戻る。


 正直な話、映画を見る気分になれないというのが、彼女の今の心境だ。


 美月みづき春樹はるきを追いかけてしまったせいで、上映時間が過ぎてしまった。仕方なく二人は次の時間を待つことにする。


美月みづき……何かあった?」


 美月みづきの表情が暗かったので咲良さくらは、心配の言葉をかける。それに対して美月は、「えっ! 何もない、何もない。大丈夫だよ」と誤魔化す。


 しかし、それすらも咲良さくらはお見通しだった。


「嘘。美月みづきは誤魔化そうとする時、同じ言葉を繰り返す癖があるんだよ。自分でも気づいてなかったでしょ」


「ハハ……咲良さくらは誤魔化せないね。でも、大丈夫だから」


 「ならいいけど……」


 咲良さくらは優しく、自分の言葉を疑いつつも信じてくれる。


 だから、「気分転換に店でも見てまわろ」と、今のやりとりがなかったかのように、元気に振る舞う。


 美月みづきとしてもありがたくそれに乗っかる。


 映画の上映時間まで二時間ほどあるので、咲良さくらがおすすめと言っていた店に行く。


 店の雰囲気は良好。高級感漂う内観だが、庶民が敬遠しずらい高級さではなく、どんな人が来ても比較的居心地は良いと感じられるだろう。


 あくまで時間潰しなので、ウィンドウショッピングに徹するのだが……いつもはそれで楽しめるはずが、今日は店に並んでいる服を見ても気分が乗らない。


 そんな美月みづきとは裏腹に咲良は、もう一着購入する勢いで店の中を見ている。


 いつもより時間が経つのが遅かったが、無事二時間が経過し、二人は映画館に入っていく。


「もちろん映画はポップコーンだよね!」


「そうだね」


 醍醐味だいごみを捨てられるはずもなく、二人はポップコーンを購入していく。美月みづきがキャラメル、咲良さくらが塩を選択。


 スクリーンに入っていき、十分ほど映画予告を見てから本編に入る。


 映画の内容は、音楽に出会った青年が病気を克服し、人生を謳歌するといった感動作。


 この手の映画は美月みづきに刺さる映画だが、頭の中が春樹はるきとの会話で埋め尽くされている今では、内容はあまり入ってこなかった。


 無事上映が終わる。そして……


「悪くなかったね。でも、最後のシーン──主人公が自分の経験談を熱く語るところは必要だったかね。私は価値観の押し付けのように見えたよね。ふむふむ」


 自称映画評論家の咲良さくらがおじいさんのモノマネをしながら、評価をしていく。


「そうなんだ。私はそんな感じに思わなかったけど」


 正直、集中できていなかったので、半分以上の内容は頭に入ってないが、印象に残ったシーンを懸命に思い出す。


「そう? まぁ、感じ方は人それぞれだからね」


 お互いの感想を共有する。あまり覚えていなかった美月みづきは適当に合わせていく。


「時間早いけど夕飯にする? ほら、あのラーメン屋。行きたいっていってたでしょ?」


「──あぁ、あのバズってた店でしょ?」


「そうそう。美味しそうなラーメンだったよね」


 ラーメンとん


 つい最近、SNSで話題となっていた店である。


 コクの中にマイルドさが感じられ、胃が弱い人でも本格的な豚骨を堪能できるラーメン店。


 瞬く間にラーメン店の覇権を握るだろうとラーメン評論家(こっちは本物)が語ってもいた。


 咲良さくらはトレンドに弱く、意外にも美月もミーハーなのでいつか行こうと話していた。


 今日、念願が叶い、話題の店に足を踏み入れる。


 現在時刻五時三十分。夕飯の時間としては少しだけ早いが、既に店には大行列ができていた。


 結局、二人が店に入れたのは一時間後だった。


 店に入ると活気溢れる雰囲気が店内を包み込み、更には食欲を掻き立てる匂いが鼻孔びこうを刺激する。


「うん! これは期待できる!」


「そうだね」


 話題となっていた特製チャーシュー麺を注文。


 独自製法で作られたチャーシューは、異次元のチャーシューと言われており、食べた物を虜にする魅力を放っているらしい。


 念願のラーメンが運ばれてくる。


 期待に胸を躍らせ、口に運ぶ。


「美味しい! チャーシューもだけど麺も別格だね!」


「そうだね」


美月みづき、なーんか暗いよ。やっぱり、大丈夫じゃないでしょ」


「そんな事ないよ。ラーメン美味しいし、映画も面白かったし……」


 無理やり笑顔を作り、嫌な気持ちを払拭させていく。


 それでも、咲良さくらは全てを見通しているかのように、本質を突いてくる。


「やっぱりあの追いかけて行った人のことでしょ? だから私言ったじゃん、深入りは禁物だって。こうみえても美月は繊細なんだから」


「ごめん……」


「心配だから、もう終わりにしてね」


「わかった……」


 咲良さくらと約束を交わし、ラーメンを美味しくいただいた後、二人は解散した。




 帰宅した美月みづきだったが、やはり気分は優れない。


 春樹はるきに言われた『テメェが俺の何を知ってるんだよ』という言葉がが頭から離れず、しまいには涙が溢れてくる。


 人のことを放っておけない美月みづきだが、今回ばかりは深入りした事を後悔している。


咲良さくらの言う通りだったな」


 誰でも自分の手を取ってくれるわけではない。それはわかっているが、手の届く範囲の人には手を伸ばしてあげたいのが美月みづきさがだ。


 しかし、それが今回は裏目に出て自分が傷ついているのだから、本末転倒ではある。


 このモヤモヤする気持ちを晴らそうと、今日は就寝しようとするのだが……眠ることができなかった。


 結局、就寝したのは四時を過ぎ、次の日睡眠不足で登校した。



 今日も一日が始まる。


 教室の扉を開く美月だったが、体も心もボロボロだ。それを見て、


宇崎うざきの奴大丈夫かよ」


「いつも元気すぎるからあれくらいが丁度いいんじね?」


「でも、あれはどう見てもおかしいでしょ」


 いつも敬遠しているクラスメイト達が一斉に美月を心配する。


 興味がない人が見ても、今の美月みづきは異常だった。


 授業が始まっても上の空で先生に注意される。


 授業内容が頭に入ってこない。


 ただの抜け殻みたいになってしまった美月みづきだったが、彼女を咲良さくらが心配し、声をかける。


咲良さくら……ごめんね」


「やっぱり昨日無理してたんじゃない。一体何があったのよ。追いかけていった人に何かされたの?」


春樹はるき君は何もしてないよ。私が彼の心に土足で踏み込んだから、怒らせちゃって……その言葉がとても心苦しいだけ」


 一度聞いてしまった言葉。撤回などできない。


 でも、覚えている内は美月が辛い思いをするだけ。


 どうしようもできないこの感情とどう向き合っていけばいいのかわからない。


「ごめんね。風に当たってくる」


美月みづき……」


 なんとも言えない後ろ姿を見て、咲良さくらも心が痛くなった。


 外に出た美月みづきはベンチに座り、ボーっとしていた。そんな彼女の耳に聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。


「なんかあったか」


翔兎しょうと君」


 翔兎しょうと美月みづきの隣に座り、優しく声をかける。


「窓から見てたら、美月みづきが見えてな。元気なさそうな姿だったから、追いかけてみたらこの様だ」


 翔兎しょうとの言葉に美月みづきは無言だ。そんな美月みづきを見て翔兎しょうとはため息を吐く。


「はぁー、やっぱり春樹はるきに関わったんだろ? あれだけやめとけって言ったのに……」


咲良さくらにも言われた」


 親友と同じ言葉を放った翔兎に、美月みづきは更に落ち込む。それを見て追い打ちをかけるように翔兎しょうとは言葉を発する。


「確かに美月みづきはバカなくらいお節介だよ。はたから見てるとなんでそこまでって思うほどにな……でもな、それに救われた奴もいる。俺みたいにな」


翔兎しょうと君……」


「だから、自分の心に決めたなら突き通せ。どれだけうざくても、どれだけムカつかれても。それが人の心の奥底に入っていったものの責任だ」


「でも……」


「お前にできることってなんだ?」


「私にできること……」


「そうだ。お前にできることでアイツの心を解放してやれ」


 最後の言葉に美月みづきは頭の中で今できることを考える。しかし、どれだけ考えても答えは一つだった。


 それは音楽。


 迷わず、疑いもせず、速攻で思いついた答えでもあった。


 勇気を、元気を貰えた。心の奥底から凄いと思えた。美月みづきがピアノを取った原点はそれだった。


 なら、今自分が春樹はるきにとっての原点になってやればいい。そうすれば、きっと気持ちは届くはずだから。本気の気持ちには魂が宿るのだから。


「ありがとう翔兎しょうと君。私のやるべきことがわかったよ」


「そうか……なら良かった」


 チャイムが鳴る。休み時間が終わり、二人は学校生活へと戻っていく。


 美月みづきは心の中に、春樹はるきを勇気づけられる音楽を作る決心を宿して。


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