前のようなことにならないように、後ろから密着しながら教えるのはやめ、できるだけ口頭だけで教えていくが……
「言われた通りにやっても上手くできねぇ」
「最初はそんなもんだよ。私もそうだったしね」
初心者ではコードを押さえるのですら精一杯で、曲を弾くなど夢のまた夢だ。
ちょっとでも
「えっ! そんなことないよ。教えてるの楽しいし……」
無理に取り繕うように、
「やっぱ、バレてた……」
「あぁ、わかるよ。
「それ
付き合いが短い
自分の本心を正直に話していく
「今回ばかりは諦めた方がいいかもな。俺の時とは話が違うし」
誰かに手を差し伸べてもらいたかった翔兎とは違い、音楽と一族そのものを恨んでいる
彼の言葉を聞いて、
キッパリと諦めを決めた美月は、
ピックの正しい持ち方を教え、先ほどと同じようにコードを教えていく。
まずは一つでもコードを弾けるようにするのを目標にしているが、それすらも達成できない。
「やっぱり俺には向いてないのかなー」
「そんなことないよ。練習すれば絶対習得できるって」
「そうかなー」
「そうだよ!」
自分にも下手な時期はあった。その経験談が
しばらくは同じコードを何度も、何度も練習していき、三十分くらいが経過した。その時……今日一の音が鳴り、
「やったー、引けたよ。今、
「お、俺が……何をやっても上手くいかなかった俺が……ギターを弾けた?」
「そうだよ!
自分のことのように
急に手を握られた翔兎は頬を赤らめた。
「もう一回、弾いてみて。もう一度聴きたい」
「あぁ、いいよ」
すぐに平常心を取り戻し、
前と同じ音が鳴り、
「じゃあ、別のコードも……」
と、言いかけた時、
「悪い、俺そろそろ帰るわ」
「えっ! なんで?」
「なんでって、夢中になりすぎて忘れてたけど……もう三時過ぎてる。俺、今日五時から用事あるんだわ」
「そうなんだ。ごめん」
「いや、大丈夫だよ。今日は楽しかった。また練習しよ」
「うん!」
二人は約束を交わして、解散。次は火曜日に集まることになった。
翌日。
手を振る
チェック柄が好みで、色は赤を好む。下はハーフパンツ率が高く、彼女曰く、スカートで嫌な思いをしたことがあり、プライベートでは履かないようにしているらしい。
「久しぶりに
「私もだよ」
中学からの親友とはいっても、最近はあまり遊びに行けていない。最後に遊んだのが二ヶ月前で、その頃はまだバンド活動も活発にできていない頃だった。
「だから久しぶりに楽しく服とか見よ」
「そうだね」
二人の共有の趣味はファッションだ。
中学一年の頃にファッション雑誌の話を
その時の話がとても楽しく、思った以上に意気投合して友達になったという過去がある。
バンドを始めるまでは、結構頻繁に遊びに行っていたのだが、
ショッピングモールの中に入っているお気に入りの服屋を見ていく。
今は八月下旬。秋物も視野に入れながら、購入検討していく物を見ていく。
色々と払拭していると、ひとつのコーナーの中から
「こんなのいいんじゃない! 可愛いし
手に取ったのは、落ち着いた色のワンピース。
値段も思った以上に高くなく、むしろセールでお値打ちになっていた。
「じゃあ、買っちゃおうかなー」
飛びつくようにその服を手に取る。
上機嫌な
「好きなことだとすぐに手を出しちゃうの
「そう?」
「気をつけなよ。まぁ、これは即決でもいいと思うけどね」
思った以上にリーズナブルだったので即決。その後も色々な服を見たり、アクセサリーを見たりして有意義な時間が過ごせた。
「そろそろお昼ご飯にしよっか」
「いいよ」
時計を見た咲良が提案する。
フードコートに入り、ハンガーガーを食べることにする。
たまたま近くの席が空いていたので腰掛ける二人。
「そうえばさ、
「どうして?」
「いつもより口数が少ないから。それに、服見てる時も別のこと考えてるように見えたから」
「そうかな?」
「そうだよ!」
自分では気づかないが、友は意外と見ているらしい。
だが、彼女の指摘は正しかった。
「実は……」
「
「うん」
せっかくの楽しい友人とのお出かけが、自分のエゴで台無しになっては
すぐに話の話題を昼から観にいく映画に変える。
「ごめんね。私の趣味に付き合わせちゃって……」
「別にいいよ。私も
「でも、面白いかわからないし……」
音楽関連の映画なので
しかし、
「まぁ、自称映画評論家──
「毎回それ言ってるじゃん!」
二人でクスクス笑い、フードコートを後にする。
目的の映画館に行き、チケットを購入。その後、
そこに、ひとりの少年がいて、『音楽の奇跡』のポスターを見ている。
その横顔がどこか見覚えがあり、
「なんだよ」
気だるそうに少年が答える……が、少年の顔を見た途端に
「
そこには、つい先ほどまで自分が心配していた少年がいたから。
美月のことを認識した後、
「待って!」
「ちょっと、
渋谷の街のど真ん中で追いかけっこ状態になる二人。
その逃走劇は三分近くにも及び、最後には裏路地に追い詰めることになった。
息を切らしている
「なんなんだよテメェ! 前にも声をかけてきただろ! ましてや兄貴にまでコンタクト取りやがって。俺に何を求めてるんだよ!」
「何も求めてないよ。ただ、気になっただけ。私、気になったことは確かめないと気が済まないタチだから。それが迷惑なら……ごめん」
彼の言葉にショボンとしてしまう。だが、拳を強く握りしめて、「なんで『音楽の奇跡』のパンフレット見てたの?」と、力強く疑問をぶつける。
なぜなら、『音楽の奇跡』は、音楽の素晴らしさに気づいた青年が病気を克服して人生を謳歌する物語だからだ。
音楽を嫌っている今の彼にピッタリな題材の映画だったから。
「本当は今でも音楽が好きなんじゃない?」
彼女の言葉を聞いて、
「テメェが俺の何を知ってんだよ」
「えっ!」
小声で紡いだ声に
「俺のことを何もしらねぇくせに決めつけたようなこと言うなよ! 俺が音楽に抱いてきた感情も、苦悩も全部わからねぇだろうが! 背負わされる過度な期待も、
低い声で急に怒鳴られ、
彼女自身もピアノで過度な期待を背負わされ、失望された時に
だが、彼の言葉があまりに強すぎて自分もそう言ったことがあったと伝えることができない。
自然と涙が流れてきて……
「なんだよそれ。それくらいの覚悟で踏み込んでくんな。それと……」
「もう、俺の前に二度と姿を現すな」
そう一言言い放ち、美月の前を去って行く。
彼の手を握って止めたかったが、そんな気力は
それどころか膝から崩れ落ちてしまう。それほど、