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第10話 大嫌い

 夏弥なつやとの話を聞いた二人は、美月みづきの家に戻ってきていた。


 春樹はるきのことが気になる美月みづきだったが、そのことを考えるのは後にしよう。せっかく翔兎がギターをやりたいと言ってくれたのだから。


 前のようなことにならないように、後ろから密着しながら教えるのはやめ、できるだけ口頭だけで教えていくが……


「言われた通りにやっても上手くできねぇ」


「最初はそんなもんだよ。私もそうだったしね」


 初心者ではコードを押さえるのですら精一杯で、曲を弾くなど夢のまた夢だ。


 ちょっとでも翔兎しょうとが弾けるように、頑張って初心者向けのコードを精一杯に教えていくが……美月みづきの様子がおかしいと感じ取った翔兎しょうとは、「ちょっと、気分が乗らない?」と、気を遣ってくれる。


「えっ! そんなことないよ。教えてるの楽しいし……」


 無理に取り繕うように、美月みづきが言葉を紡いでいく。そんな彼女を見て翔兎しょうとは、「春樹はるきのことが気になるのか?」と聞いてくる。


「やっぱ、バレてた……」


「あぁ、わかるよ。美月みづきは顔に出やすいし」


「それ咲良さくらにも言われる」


 付き合いが短い翔兎しょうとでもわかるのだから相当なのだろう。


 自分の本心を正直に話していく美月みづきだったが……


「今回ばかりは諦めた方がいいかもな。俺の時とは話が違うし」


 誰かに手を差し伸べてもらいたかった翔兎とは違い、音楽と一族そのものを恨んでいる春樹はるきを説得するのは難航を極める。


 彼の言葉を聞いて、美月みづきも今回ばかりは諦めようと思う。部外者の自分が神門じんもん家の問題に首を突っこみ、余計な問題を引き起こしても迷惑をかけるだけだから。


 キッパリと諦めを決めた美月は、翔兎しょうとのギター練習の続きをする。


 ピックの正しい持ち方を教え、先ほどと同じようにコードを教えていく。


 まずは一つでもコードを弾けるようにするのを目標にしているが、それすらも達成できない。


「やっぱり俺には向いてないのかなー」


「そんなことないよ。練習すれば絶対習得できるって」


「そうかなー」


「そうだよ!」


 自分にも下手な時期はあった。その経験談が翔兎しょうとに励ましの言葉をかける。


 しばらくは同じコードを何度も、何度も練習していき、三十分くらいが経過した。その時……今日一の音が鳴り、翔兎しょうとは目を見開く。


「やったー、引けたよ。今、翔兎しょうと君引けたんだよ!」


「お、俺が……何をやっても上手くいかなかった俺が……ギターを弾けた?」


「そうだよ! 翔兎しょうと君弾けたんだよ!」


 自分のことのように翔兎しょうとの目標達成を喜び、彼の手を取る。


 急に手を握られた翔兎は頬を赤らめた。


「もう一回、弾いてみて。もう一度聴きたい」


「あぁ、いいよ」


 すぐに平常心を取り戻し、美月みづきの要望に添い、もう一度同じ音──Eコードを弾いていく。


 前と同じ音が鳴り、美月みづきは嬉しそうな顔をする。


「じゃあ、別のコードも……」


 と、言いかけた時、翔兎しょうとが急に時計を見て一言。


「悪い、俺そろそろ帰るわ」


「えっ! なんで?」


「なんでって、夢中になりすぎて忘れてたけど……もう三時過ぎてる。俺、今日五時から用事あるんだわ」


「そうなんだ。ごめん」


「いや、大丈夫だよ。今日は楽しかった。また練習しよ」


「うん!」


 二人は約束を交わして、解散。次は火曜日に集まることになった。




 翌日。咲良さくらと約束をしていた美月みづきは、待ち合わせ場所のショッピングモールに到着する。


 手を振る美月みづき。それに反応するかのように咲良さくらは小さく手を振った。


 咲良さくらの服装は美月みづきとは違って、ちょっと個性的。


 チェック柄が好みで、色は赤を好む。下はハーフパンツ率が高く、彼女曰く、スカートで嫌な思いをしたことがあり、プライベートでは履かないようにしているらしい。


「久しぶりに美月みづきと遊びに行けて嬉しいな!」


「私もだよ」


 中学からの親友とはいっても、最近はあまり遊びに行けていない。最後に遊んだのが二ヶ月前で、その頃はまだバンド活動も活発にできていない頃だった。


「だから久しぶりに楽しく服とか見よ」


「そうだね」


 二人の共有の趣味はファッションだ。


 中学一年の頃にファッション雑誌の話を美月みづきがしていて、その話に咲良さくらも混ざった。


 その時の話がとても楽しく、思った以上に意気投合して友達になったという過去がある。


 バンドを始めるまでは、結構頻繁に遊びに行っていたのだが、美月みづきがバンドを始めてからは忙しくなり、なかなか遊びに行けなくなった。


 ショッピングモールの中に入っているお気に入りの服屋を見ていく。


 今は八月下旬。秋物も視野に入れながら、購入検討していく物を見ていく。


 色々と払拭していると、ひとつのコーナーの中から咲良さくらが服を取り、話しかけてくる。


「こんなのいいんじゃない! 可愛いし美月みづきに似合いそう」


 手に取ったのは、落ち着いた色のワンピース。美月みづきにとっては気を引く服だった。さすが咲良さくらだと思う。


 値段も思った以上に高くなく、むしろセールでお値打ちになっていた。


「じゃあ、買っちゃおうかなー」


 飛びつくようにその服を手に取る。


 上機嫌な美月みづきだったが、彼女を見ながら咲良さくらが注意喚起を促す。


「好きなことだとすぐに手を出しちゃうの美月みづきの悪い癖だよ」


「そう?」


「気をつけなよ。まぁ、これは即決でもいいと思うけどね」


 思った以上にリーズナブルだったので即決。その後も色々な服を見たり、アクセサリーを見たりして有意義な時間が過ごせた。


「そろそろお昼ご飯にしよっか」


「いいよ」


 時計を見た咲良が提案する。


 フードコートに入り、ハンガーガーを食べることにする。


 美月みづきはハンバーガーセットを、咲良さくらはセットに加え、シェイクも注文した。


 たまたま近くの席が空いていたので腰掛ける二人。


 咲良さくら美月みづきの様子を心配して声をかける。


「そうえばさ、美月みづきなんかあった?」


「どうして?」


「いつもより口数が少ないから。それに、服見てる時も別のこと考えてるように見えたから」


「そうかな?」


「そうだよ!」


 咲良さくらは断言する。


 自分では気づかないが、友は意外と見ているらしい。


 だが、彼女の指摘は正しかった。


 美月みづきは正直、春樹はるきのことが頭から離れなかった。あの時、諦めようと決心したはずなのに、どうしても胸の端に引っかかってしまう。


「実は……」


 美月みづきは自分の心の奥にしまってある感情を言葉にする。美月みづきの言葉を聞いて、咲良さくらは、


美月みづきらしい。でも、深入りは禁物だからね。それに今日は忘れましょ」


「うん」


 せっかくの楽しい友人とのお出かけが、自分のエゴで台無しになっては咲良さくらに申し訳ない。


 すぐに話の話題を昼から観にいく映画に変える。


「ごめんね。私の趣味に付き合わせちゃって……」


「別にいいよ。私も美月みづきと一緒に映画見たかったし……」


「でも、面白いかわからないし……」


 音楽関連の映画なので美月みづきは楽しめるかもしれないが、あまり音楽に興味のない咲良さくらが楽しめるかは保証できない。


 美月みづきとしてはそれが申し訳なさすぎる。


 しかし、美月みづきを心配させまいと咲良さくらはドヤ顔を決める。


「まぁ、自称映画評論家──塚本咲良つかもとさくらがどんなもんか見て差し上げよう!」


「毎回それ言ってるじゃん!」


 二人でクスクス笑い、フードコートを後にする。


 目的の映画館に行き、チケットを購入。その後、咲良さくらは次観る映画を決めるために、パンフレットを見ていく。


 そこに、ひとりの少年がいて、『音楽の奇跡』のポスターを見ている。


 その横顔がどこか見覚えがあり、美月みづきは興味本位で話しかける。


「なんだよ」


 気だるそうに少年が答える……が、少年の顔を見た途端に美月みづきは硬直状態になってしまう。なぜなら……


神門春樹じんもんはるき!」


 そこには、つい先ほどまで自分が心配していた少年がいたから。


 美月のことを認識した後、春樹はるきは映画館を飛び出すように出ていく。


「待って!」


 美月みづきもその後を追いかけるように走り出す。


「ちょっと、美月みづき、上映時間……」


 咲良さくらの声など一切聞こえず、美月みづきは春樹を追いかける。


 渋谷の街のど真ん中で追いかけっこ状態になる二人。


 その逃走劇は三分近くにも及び、最後には裏路地に追い詰めることになった。


 息を切らしている春樹はるきは、息を整えながら美月みづきを睨みつけるよう見た。


「なんなんだよテメェ! 前にも声をかけてきただろ! ましてや兄貴にまでコンタクト取りやがって。俺に何を求めてるんだよ!」


「何も求めてないよ。ただ、気になっただけ。私、気になったことは確かめないと気が済まないタチだから。それが迷惑なら……ごめん」


 彼の言葉にショボンとしてしまう。だが、拳を強く握りしめて、「なんで『音楽の奇跡』のパンフレット見てたの?」と、力強く疑問をぶつける。


 美月みづきの言葉を聞いて春樹はるきは黙り込む。


 なぜなら、『音楽の奇跡』は、音楽の素晴らしさに気づいた青年が病気を克服して人生を謳歌する物語だからだ。


 音楽を嫌っている今の彼にピッタリな題材の映画だったから。


 美月みづきは追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「本当は今でも音楽が好きなんじゃない?」


 彼女の言葉を聞いて、春樹はるきは怒りの沸点が限界を超えた。そして……


「テメェが俺の何を知ってんだよ」


「えっ!」


 小声で紡いだ声に美月みづきは反応を示す。その後、


「俺のことを何もしらねぇくせに決めつけたようなこと言うなよ! 俺が音楽に抱いてきた感情も、苦悩も全部わからねぇだろうが! 背負わされる過度な期待も、罵詈雑言ばりぞうごん浴びせられる苦痛も全部わかってのか! テメェみてぇな奴は俺が一番嫌いなんだよ。お遊戯会気分で音楽を触ってるテメェみてぇな奴がな!」


 低い声で急に怒鳴られ、美月みづきは恐怖を感じた。同時に心も痛くなってきて、彼に同情も芽生えた。


 彼女自身もピアノで過度な期待を背負わされ、失望された時に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられた過去があるから。


 だが、彼の言葉があまりに強すぎて自分もそう言ったことがあったと伝えることができない。


 自然と涙が流れてきて……


「なんだよそれ。それくらいの覚悟で踏み込んでくんな。それと……」


 一白ひとはくだけ間をおいて、


「もう、俺の前に二度と姿を現すな」


 そう一言言い放ち、美月の前を去って行く。


 彼の手を握って止めたかったが、そんな気力は美月みづきにはなかった。


 それどころか膝から崩れ落ちてしまう。それほど、美月みづきは打ちのめされていた。


 神門春樹じんもんはるきという人物の闇の深さと自分の不甲斐なさに……


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