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第9話 会いに行こう!

 ライブ鑑賞を終えて帰宅した美月は、拾った学生証を見ながら物思いにふけていた。


神門じんもんって確かOCEANオーシャンのドラム担当と同じ苗字だよな」


「うん。だからあの子は多分弟だと思うけど……」


 神門春樹じんもんはるき。人気バンドOCEANオーシャン──神門夏弥じんもんなつやの弟。そう美月は考察していく。


 もしそうなら、とんでもない人物に出会ってしまった訳だが、なぜ彼は兄のライブを観ている最中も楽しめていなかったのかが美月には不思議だった。


「まぁ、家庭問題が複雑なんだろ?」


「そうだったとしても、わざわざ先着百人のライブに来るかなー?」


「確かにそうだよな」


 無料だったから来たと考えられなくもないが、人数制限を設けているライブにわざわざ来たのが不思議ではある。しかも最前列を確保してまで。


 考えられる方法は音楽が好きだという事なのだが、好きなものを見てあれだけ熱中できないのは美月みづきには理解できなかった。


 だが、どれだけ考えても本人がいなければ、考察止まりで終わってしまうので意味はないのだが……


「そうだ! 夏弥なつやに会いに行こうよ!」


 いつもの調子で突発的なことを言い出す美月みづき


「やっぱりそうなるよね……ってか、なんでそうなるんだよ!」


「そこから春樹はるき君の情報を手に入れられるかもしれないでしょ。それに夏弥なつやに生で会いたいし……」


「確かに、一理あるけど……あいつの家知らねぇぞ……あれ? 最後に本音出てなかった?」


 最後の最後に出た本心に翔兎は、美月みづきのことをますますわからなくなる。


 翔兎しょうとに正論を叩きつけられ、美月は黙るが、しばらく考えた後に、「知っている人探すとか?」と、とぼけたように呟く。


 美月みづきの無計画さに翔兎しょうとはため息を吐く。


「どのみち学生証は返さなきゃいけないんだから、彼を探すってのは賛成だよ。それに……」


「何?」


「なんでもない。なんでもない」


 翔兎しょうとの早口に美月は不思議そうに首を傾げた。


「それよりさ、明日集合するのも面倒だし、泊まっていったら? 部屋もひとつ空いてるし。私的には大歓迎だよ」


「流石に女の子の家に泊まるのは……」


「いいじゃん! 同じ部屋で寝る訳じゃないんだし」


「じゃあ……そこまで言うならお言葉に甘えて」


 そんなこんなで急遽お泊まり会的なものになった二人。明日、春樹はるき夏弥なつやがメイン)に会いに行くために休息を取った。



 次の日、家を出た二人は、春樹はるきの事を知っている人から探すことになった。


 せっかく学生証を持っているので、学校に行くのが正攻法だとは思うが……


「今日は土曜日だしなー。空いてないかもしれないぞ」


「空いてるかもしれないでしょ?」


「なんでそんな前向きに考えられるんだよ」


 いついかなる時でもポジティブに考えられる美月みづきを羨む反面、付いていくのも疲れる。


 主導権を持っていく美月に振り回される形になるが、翔兎しょうとは言われた通りに彼が通う学校に向かう。


 私立東星とうせい学園。都内一の進学校と言われており、エリート中のエリートのみが入学することが許されている。


 卒業することも困難と言われており、卒業できたものは何かしらの専門学校に行くことが多い。


 「エリート音楽一家の神門じんもん家。やっぱり、通ってる学校も凄げぇな」


「うん。そうだね」


 翔兎しょうとの言葉に悲しそうな声色で答える。そして、


「私ね、本当はここ受けたかったんだ。でも、家から遠いから無理だった」


「そうなんだ」


「でも、今は未練はないよ! だって、翔兎しょうとくんに出会えたから」


「急にそんなこと言うなよな! 恥ずかしいじゃねぇか」


「そうかな?」


「普通はそうなんだよ!」


 感性の違いか翔兎しょうとがなぜ恥ずかしがっているのかわからない。


 ちょっとした雑談を交わしたが、肝心の目的のために学校のインターホンを押そうとする……と、


「君たち、ここの生徒じゃないよね。何か用?」


 忘れ物を取りに来た女子生徒に話しかけられるが、美月みづきはいつもの調子で詰め寄っていく。


神門春樹じんもんはるき君知ってますか?」


「知ってるけど……彼ってあまりいい噂聞かないよ。よくゲーセンに入り浸ってるらしいけど」


「ゲーセン?」


「えぇ、渋谷のゲーセンでよく見かけるって」


「本当! ありがとう」


 思わぬ情報が手に入った。


 今日、居るかはわからないが、二人は教えてもらったゲームセンターへ向かった。


 自動ドアをくぐり、中に入ると、格闘ゲームの前で座りながら、真剣にゲームをしている少年とその少年に声をかけている青年が視界に映る。


春樹はるき、帰るぞ」


 説得している男──神門夏弥じんもんなつやの言葉を無視していく。その後、


「くそ! 兄貴がうるせぇから負けちまったじゃねぇか!」


 負けた怒りを兄にぶつけ、「どけよ!」と言葉を吐いてからゲーセンを出ていった。


春樹はるき……」


 自分の説得の言葉が届かなかったことに、夏弥なつやは肩を落とす。


 そんな彼を見て美月は、


「ほ、本物! 本物よ! 本当にあの夏弥なつやだよ!」


 願いが叶った子供のように目をキラキラさせていく。興奮が抑えられない。


 迷ったらすぐに行動をモットーにしている美月は、いつも通り、即行動に落とし込む。


「あっ! あのー、じ、神門夏弥じんもんなつやさんですよね」


「そうだけど……あっ! 君もね」


 こういったことには慣れているのか、すぐに状況を理解してファンサモードに移行する。


 緊張しながらも、美月みづきは自分の言葉を伝えようとする。


「わ、わわわ、わたしう、ううう、ざきみみみみ、づきと、も、ももうします……あっ、あな、アナタ達のファンで……き、きききのうのライブもみ、みみに行きました。とても……とても良かったです!」


「あ、ありがとう」


 弟のことがあった後でも、ファンに誠心誠意応える夏弥なつや。そんな彼は美月みづきから見たら神のように見えた。


 黒色の長髪にオレンジのメッシュが入っている。背丈は平均男性より高く、理想の男性を形容した人物だ。


「お、お礼言ってもらっちゃたー。どうしよう。どうしよう。私死んでも本望かも……」


「それは言い過ぎだろ……」


 照れながら混乱している美月に、冷静にツッコミを入れる。


 夏弥なつや美月みづきを落ち着かせる。


 ゲーセンに迷惑がかかると思った夏弥なつやは、自宅に来るように提案。驚きつつも二人は承諾して移動した。


 夏弥なつやのアパートに着いた二人は、彼が出してくれたお茶菓子をいただく。


 少しだけOCEANオーシャンの話をする。ライブの演出に感動したこと。夏弥なつやの演奏が素晴らしかったことなど。話をしている最中に、緊張は少しずつ緩和されていった。


 素直にお礼を言う夏弥なつや。その後、


「ちょっと話しずらいんですけど……さっきのやり取り……」


「あぁ、恥ずかしいところ見せたよね」


 困り顔を浮かべる夏弥なつや。そして、


「昔の春樹はるきは音楽が大好きだった」


「えっ!」


「まぁ、驚くのも無理ないよね。あの姿を見た後なら。春樹はるきはね、音楽の才能がなかったんだ。俺たち家族はそれでも春樹はるきの事を憐れんだりせず、普通に家族仲も良かったんだけど……」


 普通の家庭には適応されるものが、神門じんもん家には通用しない。


 名門──神門じんもん家に生まれたものとして、音楽の才能がないのは致命的だったからだ。


 夏弥なつやは分家なのだが、本家の人間が音楽の才能のないものは神門じんもん家の恥と春樹を足蹴にしたのだ。


 そこから春樹はるきは音楽を敬遠し、不良の道へと足を走らせた。


 だが、春樹はるきが不良になったのには、彼なりの反抗──神門じんもん家への復讐なのかもしれない。


「ごめんね。こんな話されても困るだけだよね」


「そんな事ないです。話を切り出したのは私ですから」


 話が一通り終わり、険悪な空気が漂ってしまう。


 その空気を切り裂いたのは美月だった。震える唇を懸命に動かし、


春樹はるき君、今も音楽好きだと思いますよ」


宇崎うざきさん……」


「だって、春樹はるき君、夏弥なるやさんのライブに来てましたよ。しかも、最前列で見てました。好きじゃなきゃ、好きじゃなきゃ、あの席を確保しようとはしません。だから……未練がまだあるんだと私は思います」


「ありがとう。僕も頑張ってみるよ。今日は時間を作ってくれてありがとう」


「いえ……こちらこそお話できて嬉しかったです。来月からのツアー頑張ってください!」


 美月みづき翔兎しょうと夏弥なつやに頭を下げ、彼の家を出る。


 帰り道、美月は暗い顔を浮かべる。


「ああ言ったもののやっぱり心配なのか?」


「それもあるけど……私、春樹はるき君の気持ちわかるかも」


 歯を食いしばりながら、自分のことのように彼の気持ちを受け止めようとする。


「わかるかもって、話したこともないのにか?」


「うん。翔兎しょうと君にはあるかわからないけど……大好きなものを嫌いになるってとても辛いことよ。諦めきれればそれでいいんだけど……諦められもしない。かといって、取り組むとその時のトラウマが蘇ってきてしまう。それがとてももどかしくて……」


「悪い。俺はそこまで夢中になったものがなかったから、わかりそうにない。でも……」


 一度深呼吸し、言葉を紡ぐ。


「今ならわかるかもしれない。俺、本気で音楽やってみたいと思ってる」


 翔兎しょうとの意外な言葉に、美月は心を打ち抜かれたような感覚になった。


 翔兎しょうとは続ける。


「昨日、彼らのライブを観て、ここまで心を掴めるものがあるのかって思った。こんなこと初めだったんだ。本気で取り組むことには魂が宿るということも知れた。だから美月みづき、俺にギターを教えてくれ。このバンドがもっと良いものになるように、美月みづきには得意のキーボードを弾いて欲しい。せっかくの長所を潰すのはもったいなから」


 彼の言葉に美月みづきは涙を流す。


「なんで泣くの?」


「嬉しいからだよ」


 今日初めて、美月みづき翔兎しょうとは本心で心を通わせれたような気がした。



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