「ほた〜るの〜ひ〜か〜り、ま〜どのゆ〜き〜♪」
ピアノ伴奏と共に部屋の中に美しい歌声が響く。
ノリノリで歌っているのは、
艶のある長い黒髪、程よい背の高さ、スレンダーな体型。どれを取っても女性として美しく、男性だけではなく、女性すらも魅了できる女性だ。だが、
「今日も練習終わり! お菓子でも食〜べよ」
自室に用意していたお菓子を、ベッドに寝転びながら品もなくボリボリと貪り始める。
周りが感じるクールな印象とは裏腹で、これが彼女の本来の姿である。
「誰か一緒にバンドやってくれないかなー」
何度も勧誘をしているのだが、友達にも学校の人たちの中にも、バンドをやってくれる人はおらず、彼女の夢は叶えられそうにない。
そもそも彼女の通っている学校が音楽の名門ではないので仕方ないのだが。
既に日課になっているネット募集と、宣伝のための動画投稿を行い、明日の結果を楽しみに彼女は就寝した。
次の日。
「はぁー、やっぱダメかー」
いつもと同じ結果に心底落胆しながら、
今日は登校日。
彼女の朝は早い。五時には起床し、日課のランニングを始める。その後、軽く作詞に作曲をする。最後に支度をして学校に登校するのが、中学からやっている事だ。
母親に「いってきます」と言い、玄関を開け放つ。
いつもの通学路を通り、学校へと到着する。
私立桜花学園。ここが彼女の通う高校だ。
特出した所はなく、全てにおいて平均レベル。
音楽において高い理想を掲げている美月にとっては、この学校は夢を叶えられる場所ではなかった。
だが、母子家庭の彼女にはこの学校に行くしか選択肢がなかった。
母親が病気で長時間働けず、金銭的に猶予がない宇崎家。
その上、母親のそばにいてあげなければならない彼女が高校に行くには、特待生学費免除が受けられる近所の学校に行くしかなかったのだ。
いつも通り授業が終わり、放課後がやってくる。
ここからは楽しい楽しい部活動の時間。自分が作った軽音楽部に鼻歌を歌いながら、向かっていく。
その道中……
「アイツ特待生として入ったからってちょっと調子に乗りすぎじゃない?」
「そうだよね」
軽蔑の眼差しと心の奥底に眠る怒りの声が廊下を進む彼女を
しかし、彼女にとってはそんなことはどうでもいい。いつも通り、勧誘行為をしていくだけなのだから。
「君たち! バンドやらない!」
「ごめんね! 私たち音楽苦手なんだ……」
女子生徒達にチラシを配り、勧誘行為をしていくが、彼女の行為はまたも実らない。
それもそのはず、彼女の噂は学校中に広まっているからだ。
中学ピアノコンクール最優秀賞受賞。日本でも十本の指に入る次世代を期待されているピアノ奏者。
そんな経歴の人間に勧誘などされたら、嫌でもレベルの高さを意識させられる。
部活の時間が終わり、下校の時間がやってくる。
ため息をつきながら下校していると、校門の前で声をかけられる。
「ねぇ、君」
突然の声かけに美月は反応に少し遅れた。自分に話しかけられているとは思わなかったからだ。
だが、男は確実に
金髪。爽やかな雰囲気を醸し出し、老若男女、美男子と呼称するであろう男性。
その瞼の奥にある宝石のような目は、ウィンクしただけで数多の女性を落とせるだろう。
「君、動画投稿している美月ちゃんでしょ? あっ、失敬! 僕の名前は、
金髪の前髪を掻き上げながら、いかにもキザな態度で言葉を発したのだった。