治療院でシャワーを浴びてから、傷の手当てを受けた。
体の状態を見て回復の早さに驚かれたので、入院は必要ないと言って自宅に戻った。
睡眠をしっかり取ったので、体調は悪くない。それよりもお腹が空いていた。
「こんばんは。」
服を着替えてから、1階のレストランに顔を出す。
「タイガさん!?大丈夫だったんですか?」
ターニャが俺を見て、心配そうに声をかけてきた。
「ん、何が?」
「行方不明になったと聞きました。」
「あ~、大丈夫。」
ニッコリと笑って、スタミナがつきそうなものを注文した。
スタミナと言えば、肉、ニンニクだ。
ほうれん草とガーリックのパスタ、オニオングラタンスープ、牛肉のシチュー、それにガーリックトースト。
「めっちゃ、うまい」
今日は一日、あまり食事を取っていなかった。かきこみたくなるくらいに空腹だったが、胃がすぐに一杯になるので、ゆっくりと食べるように意識する。
「スレイヤーのお仕事は、大変そうですね。」
ターニャが何となくさびしそうに話すので、前の席を勧めた。
「美容師の仕事は順調?」
食事と会話を楽しみ、二時間後に自分の部屋へと戻った。
階段を上がると、部屋のドアの前でリルが待っていた。
「リル?」
「治療院で入院せずに帰ったって聞いたから・・・来てみたの。」
怒ったような顔をしていた。
「良かったら、お茶でも飲んで行く?」
少し考えた後、リルは無言で頷いた。
自分用にコーヒー、リルには紅茶を入れた。ソファをリルに勧め、俺はベッドに腰をかける。
「心配したんだから・・・」
とがめるような、泣きそうな、そんな表情。
「ごめん。」
「どうして、あの場所に行ったの?」
「何か見落しがないかを探るために行った。」
じっと見つめてくる。
なんとなくだが、何かを怖がっているような表情だ。
「帰りたいの?」
「元の世界に?」
こくんっとうなずく。
「それはないよ。俺はここが気に入ってるから。」
安心した顔。
何か、ちょっと感動した。
「良かった。あなたがいなくなると、みんなが寂しがるから・・・」
「リルも?」
「うん・・・」
耳まで真っ赤になっていた。
普段は妖艶で理知的な雰囲気だけど、今日のリルはかわいさ全開だった。
抱きしめてキスでもしたらどうなるだろうかと考えたが、たらふくガーリックを食べた後なのを思い出した。
ああ、ヤバい。
キスなんかしたら、絶対臭いって言われる。
やめておこう。
「ありがとう。」
そう言うと、リルがはにかむような笑顔を見せてきた。
翌朝。
ギルドに行き、アッシュの執務室のドアをノックした。
昨夜はリルと良い雰囲気になったのだが、ニンニクの神様が「まだ早いっ!」って止めに入られた。
まぁ、勘違いだったかもしれないので、ニンニク神を非難するのはやめておこう。どうせ、恋にはヘタレなエージェントですから。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、心配をかけた。」
そのやり取りで、アッシュがニヘッと笑いやがった。
「心配していたのは、俺よりもお前にご執心な女性陣だがな。」
この余計な言葉を吐く口を、縫いつけてやりたいものだ。
「それで、何があったんだ?」
真面目な顔で聞いてきたが、よくそんな風に瞬時の切り替えができるものだ。まぁ、頼りになる相棒には違いないのだが。
真面目モードになったアッシュに、事の経緯を話した。
たまたま魔族に遭遇して、相性の悪い相手と戦い負傷してしまったこと。
魔族が同胞の死因を調べて、物理攻撃のみで自分たちを屠ることができる存在に気づき、脅威を感じていること。
俺がこのままスレイヤーを続けることで、魔族の人間に対する攻撃が本格化する可能性があること。
要点をまとめて、客観的に伝える。
真剣な眼差しで話を聞いていたアッシュは、すぐに言葉を返してきた。
「それで、スレイヤーを辞めたり、この街から出るとでも言ったりはしないよな?」
「・・・構わないのか?」
「おまえがいることで魔族への牽制になることがわかったんだ。逆にいてもらわないと困るぞ。」
フッと笑って、そんなことを言う。
カッコいいな、おい。
「魔族が出没しそうな地域へは、今以上に警戒が必要になる。人間を見たら、見境なしに襲ってくるだろうしな。だから、おまえと俺が互いにパーティーを持ち、巡回を強めれば良い。」
「アッシュ、おまえのことを愛してしまいそうだよ。」
「やめろ。俺はそっちの趣味はない。」
「奇遇だな。俺もだ。」
二人で笑いあった。
本当に、良い相棒を持ったものだ。
ハラペーニョもデスソースも、しばらくは忘れてやろう。