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第62話 大切な居場所①

治療院でシャワーを浴びてから、傷の手当てを受けた。


体の状態を見て回復の早さに驚かれたので、入院は必要ないと言って自宅に戻った。


睡眠をしっかり取ったので、体調は悪くない。それよりもお腹が空いていた。


「こんばんは。」


服を着替えてから、1階のレストランに顔を出す。


「タイガさん!?大丈夫だったんですか?」


ターニャが俺を見て、心配そうに声をかけてきた。


「ん、何が?」


「行方不明になったと聞きました。」


「あ~、大丈夫。」


ニッコリと笑って、スタミナがつきそうなものを注文した。


スタミナと言えば、肉、ニンニクだ。


ほうれん草とガーリックのパスタ、オニオングラタンスープ、牛肉のシチュー、それにガーリックトースト。


「めっちゃ、うまい」


今日は一日、あまり食事を取っていなかった。かきこみたくなるくらいに空腹だったが、胃がすぐに一杯になるので、ゆっくりと食べるように意識する。


「スレイヤーのお仕事は、大変そうですね。」


ターニャが何となくさびしそうに話すので、前の席を勧めた。


「美容師の仕事は順調?」


食事と会話を楽しみ、二時間後に自分の部屋へと戻った。


階段を上がると、部屋のドアの前でリルが待っていた。


「リル?」


「治療院で入院せずに帰ったって聞いたから・・・来てみたの。」


怒ったような顔をしていた。


「良かったら、お茶でも飲んで行く?」


少し考えた後、リルは無言で頷いた。




自分用にコーヒー、リルには紅茶を入れた。ソファをリルに勧め、俺はベッドに腰をかける。


「心配したんだから・・・」


とがめるような、泣きそうな、そんな表情。


「ごめん。」


「どうして、あの場所に行ったの?」


「何か見落しがないかを探るために行った。」


じっと見つめてくる。


なんとなくだが、何かを怖がっているような表情だ。


「帰りたいの?」


「元の世界に?」


こくんっとうなずく。


「それはないよ。俺はここが気に入ってるから。」


安心した顔。


何か、ちょっと感動した。


「良かった。あなたがいなくなると、みんなが寂しがるから・・・」


「リルも?」


「うん・・・」


耳まで真っ赤になっていた。


普段は妖艶で理知的な雰囲気だけど、今日のリルはかわいさ全開だった。


抱きしめてキスでもしたらどうなるだろうかと考えたが、たらふくガーリックを食べた後なのを思い出した。


ああ、ヤバい。


キスなんかしたら、絶対臭いって言われる。


やめておこう。


「ありがとう。」


そう言うと、リルがはにかむような笑顔を見せてきた。




翌朝。


ギルドに行き、アッシュの執務室のドアをノックした。


昨夜はリルと良い雰囲気になったのだが、ニンニクの神様が「まだ早いっ!」って止めに入られた。


まぁ、勘違いだったかもしれないので、ニンニク神を非難するのはやめておこう。どうせ、恋にはヘタレなエージェントですから。


「もう大丈夫なのか?」


「ああ、心配をかけた。」


そのやり取りで、アッシュがニヘッと笑いやがった。


「心配していたのは、俺よりもお前にご執心な女性陣だがな。」


この余計な言葉を吐く口を、縫いつけてやりたいものだ。


「それで、何があったんだ?」


真面目な顔で聞いてきたが、よくそんな風に瞬時の切り替えができるものだ。まぁ、頼りになる相棒には違いないのだが。


真面目モードになったアッシュに、事の経緯を話した。


たまたま魔族に遭遇して、相性の悪い相手と戦い負傷してしまったこと。


魔族が同胞の死因を調べて、物理攻撃のみで自分たちを屠ることができる存在に気づき、脅威を感じていること。


俺がこのままスレイヤーを続けることで、魔族の人間に対する攻撃が本格化する可能性があること。


要点をまとめて、客観的に伝える。


真剣な眼差しで話を聞いていたアッシュは、すぐに言葉を返してきた。


「それで、スレイヤーを辞めたり、この街から出るとでも言ったりはしないよな?」


「・・・構わないのか?」


「おまえがいることで魔族への牽制になることがわかったんだ。逆にいてもらわないと困るぞ。」


フッと笑って、そんなことを言う。


カッコいいな、おい。


「魔族が出没しそうな地域へは、今以上に警戒が必要になる。人間を見たら、見境なしに襲ってくるだろうしな。だから、おまえと俺が互いにパーティーを持ち、巡回を強めれば良い。」


「アッシュ、おまえのことを愛してしまいそうだよ。」


「やめろ。俺はそっちの趣味はない。」


「奇遇だな。俺もだ。」


二人で笑いあった。


本当に、良い相棒を持ったものだ。


ハラペーニョもデスソースも、しばらくは忘れてやろう。



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