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第59話 死闘②

自分よりも強い相手と戦ったことは何度もある。


その度に死力を尽くす。


戦いに敗けるのは良いが、勝負には必ず勝つのがエージェントとしての本懐だ。


策略、謀略など手段は問わない。


死んだら何も残らないが、生きてる限り何度でも、勝つまで戦う。


それがエージェントだ。


これまでの攻防は正攻法。


本番はこれからだ。


木と木の間を縫って、魔族と一定の間合いを取る。


死角に入った時に、右手の伸縮式警棒の先を木の幹に押しつけて最短の長さまで縮めた。


木の影から出た瞬間に、魔族との距離を詰めて左の警棒で剣の腹を弾き、踏み込んで右手を振るう。


カキィーン!


伸縮式警棒が軽快な音とともに伸びて、魔族の左肩を打った。


「ぐっ!」


優れた動体視力が仇となる。


突如伸びて、間合いを詰めた伸縮式警棒の打撃点を見誤った魔族が、初めてのダメージを負う。


距離を取り、再び木々の死角に入った。


追撃してきた魔族に向けて、木にとまっていた甲虫を警棒で打ち飛ばした。甲虫は高速で魔族の顔にあたり、視界を遮る。


裏拳の要領で左手の警棒をこめかみに打ち込み、その回転を利用して右の警棒を剣を持つ魔族の右手首に叩き込んだ。


ゴシャッ!


骨が砕けて剣を落とした魔族の顔面に、返す右の警棒を打ち込む。


「ぐぅぁぁぁっ!」


打撃だけでは致命傷は難しい。


警棒を放し、蒼龍の柄を握る。


抜刀!


袈裟斬りに魔族を両断した。


至近距離での攻防は、ほんのわずかな出来事が勝敗をわけたりする。


魔族は俺よりも強く、戦いを楽しんでいた。


それは油断といえる。


俺がこれまでに自分よりも強い相手に勝ってこれたのは、その油断につけこみ、勝機を呼び込んできたからに他ならない。


今回も同様だ。


魔族はオレが必死に戦う姿に勘違いをしていた。


戦いを楽しむ者は、力でもって相手を叩き潰すことを好む。身体能力と身につけた武技のみによる正攻法の戦いを、魔族は潜在的な意識の中で望んでいたのだ。


だから、俺はそれに応えてやった。


突然の変則的な攻撃に対応ができなくなるまでの意識付けとして。


せこいとか、卑怯と言う奴はただの弱者。


生きてこそ──勝負に勝ってこそ、次があるのだ。




眠い。


出血と疲れで、瞼を閉じるとすぐにでも眠れそうだった。


どうせなら、美女のふくよかな胸に抱かれて寝たい。ついでに頭をなでてくれたら最高。


なんて事を考えながら、眠気に抗った。


傷を確認したが、出血はほぼ止まっている。体中に鈍い痛みはあるが、そこはがまんだ。


治療は後回しにしよう。


魔族の死体を引きずって、土がむき出しになった平地まで行った。枯れ木を集めて魔族に被せ、火を着ける。マイク・ターナー事件の後だ。焼却処分はしておかなければならない。


火に勢いがついたのを見計らい、さらに木をくべていく。風上にいるので臭いはそれほど気にならないが、自分で火葬するのはあまり気分の良いものではなかった。


バスタードソードは戦利品としてもらっておくことにする。荷物にはなるが、今後の戦闘に役立つかもしれない。


馬を繋いだところまで足を進めるが、体が重い。ダメージは相当だ。


道中、何度か意識が遠のきそうになったが、パティのプリけつやニーナのグラマラスボディを思い浮かべて気を保つ。あれを堪能する前に死ぬ訳にはいかない。


時に、煩悩は人を強くするのだ。


何とか馬のところまで行き、持って来たバックパックを開ける。中から治療用のセットを取り出して傷口の消毒を始めた。


アルコールで傷口を拭くと血がにじんではきたが、出血はほぼ止まっていた。驚いたことに、斬られた傷のほとんどが癒合している。身体能力と同じで、回復力も向上しているのかもしれない。


傷口の縫合用に、バックパックには糸と針を入れていたが、今回は必要がなさそうだ。


傷口がじんじんと痛む。


だが、痛みを感じるということは、まだ死にかけていない証拠だ。限界まで来ていたら、そんなものは麻痺する。何度かそういう状態に陥ったこともあるから、悪い方には考えないようにした。


人は気持ちをどう持っていくかで、状態を左右する。これ、重要。


水筒に入った水を口に含み、携行食として持ってきたプラムケーキをゆっくりと食べた。水分と糖分が体に染み渡る感じがした。内臓にはダメージがないので、回復力が増加するはずだ。


馬を繋いでいた紐をほどいて自由にする。


「俺はしばらく動けない。もし敵が来たら逃げるんだぞ。」


目を見ながら、そう言った。


馬をなでると、労るような眼差しを返してくる。優しい表情に癒された気がした。


虫除けの効果がある植物で編んだというシートを広げて、そこに横たわる。もし、魔族や魔物に襲われたら今は対処が難しいが、体力を回復させることが重要だった。


そして、間もなく意識を失った。




「あれ、今日もタイガは来ていないの?」


ギルドのカフェにいたリルとフェリに、パティが声をかけた。


タイガに弟子入り?をしたという、シスとテスも一緒だ。軽く自己紹介をする。


「昨日からタイガの姿を見ないんだ。アッシュも知らないって言ってたし。」


「タイガはあまり地理に詳しくないから、ひとりで遠くに行ったとは考えにくいわね。」


「家にも行ってみたけど、昨日の朝に出かけてから姿を見てないってレストランの人も言ってた。」


リルとパティの会話を聞きながら、フェリは胸騒ぎを感じた。


「受付の人にタイガのことを聞いてみるわ。」


そう言ってフェリは立ち上がり、ギルド職員の元に向う。


タイガの事だから、身の危険にさらされている可能性は低いかもしれない。でも、どこかの女性に誘惑されて、連れていかれたってことは考えられるかも・・・


残念ながら、そんなことを思われていた。




「えっ?昨日の朝に、ひとりで馬を借りて出かけた!?」


ギルド職員からの返答は予想とは異なった。


ある意味ホッとしたが、違う心配が沸き起こる。


「行き先は・・・私たちが初めて出会った場所だわ。予定では日帰りのはずね。」


「それって・・・」


タイガなりに何か思うことがあったのかもしれない。


もしかして、元の世界に帰りたいのだろうか?それがタイガの意思なら反対はできないが、いなくなるというのは嫌だ。


「すぐに探しに行きましょう。タイガさんの強さは知っていますが、ひとりというのは心配です。」


テスが提案をした。


ギルドでは、基本的にひとりでの巡回や任務遂行は禁止している。万一の際に救援が遅れるからだ。


タイガの場合はギルマス補佐としての権限というよりも、「忘れ物を探しに行く」という目的による申請理由と、規格外の強さから許可が降りたようだ。


「すぐに準備をして現地に向かいましょう。フェリ、馬車を出してくれる?」


「うん、わかったわ。」


こうして、タイガ捜索隊が発足されることになった。




街を出てから馬車を最速で走らせた。


タイガの身に何が起こったのか。何もわからない状況では、早く姿を見なければ気が休まらない。


「ちょっと、あれ!?」


パティが指差す方向を見ると、馬が一頭だけ街に向かって走って来ていた。


「あの鞍はギルドの物だわ!」


リルの指示で馬車を馬と並走させる。馬はこちらを知った顔だと思ったのか、スピードを落として足を止めた。


「やっぱり、タイガが借りた馬だわ。ギルドの識別番号も間違いない。」


馬の鞍には、スレイヤーギルドの紋章と識別番号が刻まれていた。


「まさか、タイガさんの身に何かあったんじゃ・・・」


シスの言葉に、全員が息を飲んだ。


「急ぎましょう!」


リルが切迫した声を出した。









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