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第58話 死闘①

朝早くに目が覚めた


特に予定がなかったのでギルドに行き、ちょっとした思いつきで馬を借りて出かけることにした。


昨夜はチェンバレン大公に誘われて、二時間ほど一緒に酒を飲んだ。


テレジアも同席していたが、学院の課題があるというので残念そうな顔をしながらも先に自分の部屋に戻っていった。


頃合いを見計らい、大公が飲んでいる水割りのおかわりを作る度に濃い目に仕上げていって酔い潰し、脱出した。


「泊まっていけば良いぞ。」


と言っていたが、知らない間に既成事実を捏造される気配を感じて自己保身に走ったのだ。


あれは正当防衛だ。


誰が何と言おうが、正当防衛だ。


俺は悪くない。




馬を走らせて数時間後、俺は初めてこの世界に降り立った場所に来ていた。


ギルドで当日のアッシュたちの巡回経路と地図を見比べる。


目星をつけた地点に大して迷うこともなくたどり着くと、数日前と同じ景色が広がっていた。アッシュと出会った滝が良い目印になったのだ。


相変わらず、緑の濃い香りがする。


ここに来た理由は、何かの手がかりがないかを探すためだった。別に元の世界に戻りたい訳ではない。


なぜ、この世界に来ることになったのか。それがわかるのであれば、知っておきたいと思っただけだ。


特に意味はないのかも知れないが、暇潰しにはなるだろう。




周辺を散策するが、何も見つからなかった。


あの時も多少の混乱はあったとしても、重大な何かがあったのなら、見落としている可能性は低い。


無駄骨かもしれないな。


そんなことを考えていると、魔族と戦った場所に来ていた。


争った後は残っていたが、魔族の死体は消えている。獣がさらっていったにしては痕跡がない。


不自然な状況に警戒を強めていると、ソート・ジャッジメントが反応した。


明確な邪気を感じる。


こちらの気配に気づいて、近づいてくる魔族を待つことにした。


俺の魔族との遭遇率は異常だ。


それとも、何か理由があるのだろうか?


わからないことは悩んでも仕方がない。そう思っていると、上空から猛スピードで降りてくる魔族がいた。


青銅色の肌に赤い髪。


離れた距離からでも、見下すような赤い瞳がやけに目についた。


体格はデカイ。


3メートル級か?


わざわざ待ってやる必要はない。


俺は上空に向かって風撃無双を撃ち出した。


調子に乗っていた訳ではない。


ただ、この世界に来てからの戦闘で、苦戦することがなかった。


魔法を主体として戦うスレイヤーや魔族たちばかりを相手にしていたことが、自分の意識の中に芽生えさせてはいけない油断を作ってしまったのかもしれない。


魔法が効かないアドバンテージが、今回の相手には通用しなかった。




卓越した剣術と圧倒的な身体能力で攻め立ててくる魔族に何度目かの斬撃をくらい、全身がすでに赤く染まっている。


深い傷はないが、鋼糸を編み込んだコートが斬り裂かれ、俺の皮膚の何ヵ所かがぱっくりと口を開いていた。


最初に風撃無双を放った時に、奴は手に持った剣で簡単に攻撃を相殺した。


上空からの斬撃。


地上からの攻撃よりも体重と引力が加担し、一撃一撃が重たかった。斬撃のキレもこれまでの相手とは別格だ。


蒼龍で打ち合うには相手が悪すぎた。


分厚い両刃の剣。


バスタードソード。


回避中に岩を叩き割った威力を見ると、大太刀とはいえ、刀の部類ではすぐに刃こぼれを起こして折れてしまうだろう。


俺は蒼龍を鞘に納めて、警棒で対峙することを強いられていた。


襲い来る斬撃を、軌道を逸らせては避ける。


バスタードソードの腹を警棒で叩くだけでも、腕に伝わる衝撃は半端ではない。


このままでは、出血と腕の痺れでいずれ敗ける。


俺は攻撃の間隙を縫って逃走した。


全力で走る俺に、同等のスピードで追走する魔族。


木の生い茂る中に入り、木々の間を縫うように走る。


鬱蒼とした空間までたどり着くと反転し、魔族が追いついてくるのを待った。


苦戦をするのであれば、状況を変えれば良いだけだ。相手の得意なフィールドにつきあってやる必要はない。


「勝てぬと思って逃走したかと思ったが、頭が回るようだな人間。」


低い声音で、魔族が話しかけてきた。


全高5~6メートルの木々が生い茂る空間。


枝葉が障害となり、飛行は困難。かつ、長尺の剣では木々の間が狭く、振り回すのが厳しいと、条件が揃っている。


「簡単に殺られるほど、バカじゃないからな。」


「ククク、余裕じゃないか。この程度が我の障害になると思うか?」


「さあ、どうだろうな。」


戦いの場を変えることで、先程までのハンディキャップから対等な条件にまでラインを合わせることができた。


目測で約130cmのバスタードソードに対して、全長が70cm程度の警棒が二本。


体格的にも小回りが利く。


木々の間は2~3mしかなく、立ち回りならこちらの方が有利なはずだった。


対峙する魔族の剣術は秀逸としか言いようがない。肘を可動させて、コンパクトな振りで斬撃を行う。


より狭い空間では、刺突を中心としたコンビネーションで矢継ぎ早に剣を操ってきた。


居合術による一撃必殺の技を修めた俺とは違い、魔族は乱打戦──文字通り、剣の打ち合いに長けていた。


刀はその斬れ味を出すために刃が非常に鋭いが、その反面、刃こぼれを起こしやすい。日本の戦国時代の乱戦では、刃こぼれを起こしてすぐに使えなくならないように、刃を鋭く研がなかかったとされているくらいだ。


対して、剣は自重と耐久性による攻撃、斬るよりも打つために造られたと言える。


言うなれば、斬れ味の刀、頑丈さの剣。


刀と剣による戦いは、持久戦となると剣に軍配があがる。


それを考慮しての戦法だったのだが、今回の相手は想定外の剣の腕前を持っていた。


これほど相性の悪い相手はそうもいないだろう。一度戦って手の内を知っているアッシュくらいか。


キィンッ!


ガッ!


ギーンッ!


何度となく、警棒とバスタードソードが衝突し、火花と金属音を散らす。


激しい消耗戦の中、余裕があるのは魔族の方で、口の端には笑みまで浮かべている。


剣撃を受ける衝撃で、俺の傷口は流血したまま体をさらに赤く染めていく。


警棒がバスタードソードよりも耐久性に優れている訳ではない。まともに打ち合ったら、これも折れ曲がってしまうだろう。


刀による剣術は正面から打ち合うのではなく、相手の剣の腹を叩き軌道を逸らす闘法。合気道と同じく、力を利用する静の技である。


警棒の扱い方も、それの応用を取り入れている。


「ふん、よく粘るな。いつまでそれが続くか見定めてやろう。」


時には木を壁として使い、相手の死角に入る。


何度も警棒を振り、攻撃を出しては避ける。


相手のミスを誘発するように小さなフェイントを何度となく入れるが、精神的な優位に立つ相手には通じない。


正直きつい。


体がきしみ、息があがる。


なぜ、こいつは平然と剣を振り続けられるのか?


簡単な答えだ。


俺よりも強いからである。



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