ターナー卿からの申し出は嫡出子マイクが魔族と化して生徒を襲い、討伐されたことが前提にあった。
事実ではあるが、自身の進退に固執するわけでもなく、ただ子息の死に際を聞きたいと話す彼に、タイガは好感を持った。
「一つ、お聞きします。ターナー卿は、今後の身の振り方をどうされるおつもりですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
わずかに不快な表情が見てとれた。
「事件の真相を突き止めました。ただし、事は重大です。あなたは身内が関わった事件に、私見を交えずに正面から向き会える強いお方だと見えます。職を辞するようなことがあれば、今後の王国に不安が残るかもしれません。」
「・・・・・・・・・。」
ターナー卿は驚愕の表情をするが、すぐに言葉が出ないようだ。
「・・・それは、どういう意味かな?」
大公が間に割って入る。
「これをご覧下さい。」
俺はマイク・ターナーが残したノートを大公に手渡した。
アッシュとの擦り合わせで、証拠品を開示するのは、前にいる二人が俺のソート・ジャッジメントで負の反応を示さないことを大前提とした。
悪意のない者であれば、今後の善後策を練るために協力体制を得る。逆であれば、マイク・ターナーの研究の中身は明かさずに、ただの凶行で事件を終わらす。
最初から事実をねじ曲げようとする相手には、それなりの対応をするつもりだった。
結果は、俺が証拠を提示した通りだ。
大公はマイク・ターナーが残したノートに目を通し、今後の再発の可能性を理解したようだ。
真顔でアッシュと俺を見た後に、ノートをターナー卿に手渡した。
「まさか、こんなことが・・・」
ターナー卿の顔色は冴えなかった。
自分の息子が魔族の血液を体内に取り入れて魔族化し、凶行に及んだと知れば、平然としていられるような親などいない。
「ご子息は難病治療のための研究で、今回の事件を招いてしまいました。危険な研究です。模倣されることは絶対に防がなければなりません。ただ、私の故郷には、毒には毒を持って制すと言う諺があります。あくまで個人的な意見ですが、経緯や結果は間違っていたかも知れませんが、志は立派なものだったという見方をしています。」
ターナー卿は驚いた表情を浮かべ、やがて目尻から一本の涙を流した。
「そう・・・思ってくれるのか。」
大公やアッシュも俺の言葉が予想外だったのか、驚いた表情は同じだった。しかし、ターナー卿に視線を移して見る眼には、明らかにいたわるような眼差しが見てとれた。
俺自身も恵まれた環境にいると感じさせられていた。
突然異世界に来てしまったが、出会う人々の多くは心根が優しく、エージェントの職務で磨耗していた心を癒してくれる。
こちらに来てまだわずかな時間ではあるが、いつしかこの世界の仲間たちを、大事な存在に思うようになっていた。
「君は同様の事件が起きないように、デビットに職を全うしろと言いたいのだな?」
大公は頭の回転が早く、公正な見識を持つ人のようだった。
「はい。今回の件は、公表してしまうと模倣を考える者が出てくる可能性があります。それを事前に取り締まるためには、有能で公正な判断力を持つ方でなければなりません。」
「我々スレイヤーギルドでは、残念ながらそういった対応までは難しい。ターナー卿であれば、この重大事案への対応も努めていただけると考えています。」
アッシュが補足してくれた。
「ふむ。デビットはどう考える?」
「私は閣下の命に従います。今回の件でどういった采配がなされても、受け入れる覚悟はしておりますので。」
わずかな時間だが、大公は目を閉じて考えていた。
「マイク・ターナーの凶行は、どう説明する?」
当然の質問だろう。
自発的に禁忌と言える研究をしていたと公表されれば、ターナー家への風当たりは強いものとなる。
「不慮の事故により、体内に異分子が入った・・・ということでしょう。研究材料の植物採取で山に入ったところ、意図せずに魔族と遭遇して攻撃を受けた。そこで何らかの影響を受けて変異し、自我を喪失したのではないか?スレイヤーギルドではその推測の下、早急な原因究明にあたってはいるが、明確な結論には至っていない。未確定要素が多いため、今後の危険を考慮して魔族討伐の際には個体を焼いて脅威を未然に防ぐという対策を徹底している。そうスレイヤーギルドでは公式に発表するのが良いのではないかと考えています。」
「なるほどな。真実ではないが虚偽でもない。そのノートがなければ罷り通る内容だ。」
アッシュの説明に大公は頷いた。
ターナー家への風当たりがまったくない訳ではないだろう。それに、少なくとも王城では不安要素に対して、スレイヤーギルドへの原因究明命令が強く課せられる可能性は高い。
「そのノートはお二人の目の前で焼却します。元々存在して良いものではないでしょうから。」
長い沈黙の時間が過ぎ、再び大公が口を開いた。
「アッシュよ。タイガ・シオタを信頼しているのだな?」
大公の質問は、平民でどこの誰かも判別できない俺の存在を、アッシュの意見で肯定しようというものだろう。それだけアッシュへの信頼が高いともいえる。
重大な決定を下すための不安要素の排除。政を行う国家のナンバー2として、適切な思考だろう。
「つきあいは短いですが、実力も人間性も保証できます。私の妹や大公閣下のご息女も含め、窮地を救われた者は何名もいます。それに、今回の事件の終息方法について発起したのは、タイガ本人です。そのあたりも判断材料としていただければと思います。」
おお、アッシュ。
ちょっと感動したぞ。
鼻水が出そうなくらい。
異世界で俺は良い友人を得たようだ。
「テレジアからも話は聞いている。アッシュと同じようなことを言っていた。命をかけて人を救い、身分に関係なく公正な対応ができる人間だとな。」
テレジアありがとう。
抱き締めたくなるくらいうれしいぞ。本当にやったら、大公に激怒されるからやらないけど。
あ・・・どさくさにまぎれて、もうやっていたか。
「わかった。ターナー家については不問で通す。善後策については、デビットも含めて知恵を貸してくれ。」
その後、大公とターナー卿の話し合いは四時間にも及んだ。
俺とアッシュは帰るタイミングを完全に逃してしまい、ただ座っているだけの時間を過ごしただけだった。
二人で、「めっちゃ苦痛」と目で語り合った回数は計り知れない。
「知恵を貸して欲しい」と言われはしたが、王都内での警備や、魔族もどきへの警戒などはそもそも管轄外だ。
騎士団長職の続投が内定したターナー卿の意気込みと、大公閣下の冷静な進行に対して、たまに相づちを打つことしかできなかった。
ようやく打ち合わせが終わる頃には、外に夕闇が迫る時間になっていた。
俺とアッシュがチェンバレン大公の別宅を出ようとすると、
「タイガ様!」
と、ちょうど学院から帰宅したテレジアに声をかけられた。
「テレジア様、おかえりなさい。」
「テレジアで構いませんわ。ただいま戻りました。アッシュ様もお久しぶりです。」
「やあ、テレジア様。ご無沙汰しています。」
テレジアは俺の方をチラチラと見ながら、
「もうお帰りなんですの?」
と、上目遣いで聞いてきた。
アッシュはキラーン!と目を光らせて不敵に笑った。
「私は次の予定がありますが、タイガは大丈夫です。ごゆっくりとどうぞ。」
そう言って俺の背中を押すなり、踵を返して去っていた。
「・・・・・・・・・。」
「あの・・・よろしければ、ご夕食を一緒にいかがですか?」
「えっ?でも、大公閣下も来られていますし、親子水入らずの・・・」
「一緒に食事か、それは良い。」
離れた所から、大公閣下の声が響いてきた。
と言うか、姿が見えないが、どこにいるんだあの人は?
「お父様もそうおっしゃっておりますので、ご遠慮なさらずに。」
ニコッと笑うテレジアは俺の手を取り、やや強引とも言える足取りで奥にうながした。
なんでこうなるんだ・・・
アッシュめ、ハラペーニョソースも追加だぞ。
「今さらだが、娘の命を救ってくれてありがとう。」
大公閣下はそう言って、食事の席で頭を下げてきた。
「恐れ入ります。大事に至らずで何よりでした。」
「タイガ様は、自らの身を呈して私を救ってくれましたの。そんなことができる方は他にはいませんわ。」
相変わらずニコニコとご機嫌なテレジアだが、俺は早く家に帰りたかった。何となくだが、居心地が良くないのだ。先ほどから俺とテレジアを見ながら、ニヤニヤと笑っている大公がいる。
何かを企んでいる気がする。
「ところで、タイガくんは結婚しているのかね?」
ほらきた。
「いえ、独身です。」
「ほう。では、交際している相手は?」
「いません。」
「そうか、いないか。」
なんだ、なぜ大公が満足そうな顔をしている?
「そう言えば、まだお聞きしていませんでした。タイガ様はおいくつなのですか?」
先ほど以上にニコニコが増したテレジアが質問してきた。
・・・逃げたい。
この親子が怖過ぎる。