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第55話 スレイヤーのお仕事④

オークたちが一斉に襲いかかってきた。


先程と同じ奇襲であと二体は倒せたが、追いつかれて囲まれそうになる。


自分だけなら回避できたかも知れない。でも、二人を置いて逃げるわけにもいかず、パティはオーク五体に完全包囲される前に、岩壁を見つけて背にすることにした。これで敵からの攻撃は、前方の180度からに限られる。背中から攻撃されないだけでもマシだ。


前衛にパティと剣を使うシス、後衛に魔法士のテスという布陣。


万全ではない。


圧倒的に戦闘経験が少ない姉妹は、膝を震わせ、半ば戦意を喪失させている。


パティ自身も強がって耐えてはいるが、複数のオークが同時攻撃を仕掛けてきたら逃げ場がない。


タイガ・・・助けてよ。


そう思った時に、左方からすごい勢いで木が飛んできた。


枝木とか丸太ではない。


広げた枝に葉を繁らせた木そのものが横から飛んできてオークたちに激突し、その勢いで三体のオークが薙ぎ倒されて下敷きになった。


「「「!?」」」


三人が呆気にとられる。


普通では考えられない事象が起きて、自分たちを助けたのだ。




魔族を倒した後、タイガはオークたちに追い詰められている三人をみつけた。


パティがうまく誘導し、岩壁を背に対峙しているが、力で圧しきられてしまうと耐えられないだろう。少し距離が離れているので、このままでは間に合わない。


タイガはすぐに前方にある手頃な木に目をつけた。


抜刀。


居合い斬り。


蒼龍で根本近くを横一線に斬る。


木がぶれて倒れる前に、正面から前蹴りを全力で入れた。


木は地面と平行にまっすぐに飛び、その先にいたオークたちをなぎ倒して下敷きにした。




「なに?何が起こったの?」


先ほどまで恐怖に膝を震わせていた姉妹は、突然の非現実的な出来事と数を減らしたオークを前に、落ち着きを取り戻しつつあった。


驚愕で身を竦めたオークにパティが斬りかかり、一番近くにいた奴の首をダガーで斬りつけ絶命させる。


残り一体は形勢が逆転したことにあわてふためき、一目散に逃げ出す。しかし、逃げた方向からの予想外の回し蹴りが横っ面を薙ぎ、首を変な方向に曲げて崩れ落ちる結果となった。


「やっぱりタイガだ。あんなめちゃくちゃなことをするのは他にいないもんね。」


パティはにっこりと笑い、姉妹は安堵のため息をついた。


「遅くなってごめんな。」


そう言いながら、木の下敷きになったオークの頭を、サッカーボールのように蹴っていく。


「本当にタイガは素手で倒してばっかりだね。」


パティの言葉に、いちおう反論しておいた。


「返り血を浴びるのが嫌なだけだ。今回の魔族は、ちゃんと蒼龍で斬ったしな。」


話をしながら、パティにハンカチを渡す。わずかだが血を浴びている。


「固まらないうちに拭いといた方が良い。」


「ありがと。」




「大丈夫か?」


フェルナンデス姉妹の方に行って、声をかけた。


「はい、死ぬかと思いました。」


シスは疲れ果てた顔をしていた。


「タイガ・・・さん。」


テスも姉と似たような感じではあったが、先ほどまでとは雰囲気が変わっていた。


「スレイヤーとして、やっていけそうか?」


「もしかしたら、ここで死ぬのかもしれないって思いました。でも、パティさんは足手まといの私たちを、最後まで見捨てずに庇ってくれた。それに、あなたも・・・」


「俺やパティの前では自然体でいて良い。お前たちはもう仲間なんだから気を使うな。」


そう言って笑いかけると、テスはぎこちない笑顔を見せた。もう、仮面のような作り笑いではなかった。




テスの魔法で魔族とオークの体を火葬した。マイク・ターナー事件のような事が起こらないための処置だ。


「予定より遅くなりそうだね。」


巡回はまだ半分ほどの道程だ。


先程の戦いと後始末で一時間半を費やした。


パティが言うように、帰りが少し遅くなりそうだ。


「今から何も起きなかったら、今日中には戻れる。巡回を続けよう。」


そう言って歩き出した。


テスが俺に追いついてきて、真横に並ぶ。


「あんなに本音で話をされたのは初めてです。」


「ん?」


「私たちは、裕福ではない貴族の出です。あなたが言われたように、位の高い方々の気をうかがい、自分の価値を大きなものに見せるために、嘘の自分を演じてきました。姉はもともと外交的な性格なので、人との交流を苦にはしません。ですが・・・私は子供の時から内向的で、かなり無理をしないと人づきあいができなかった。知らない間に媚を売ったり、内面を探ったりすることが常態化してしまっていたと気づかされました。」


俺はテスの頭を撫でた。


顔を少し赤くしているが、うれしそうに笑う。


「そうやって、私を励ましてくれているんですよね?」


「励ましてもいるし、ただかわいい子の頭を撫でてみたいと思ってやっている。」


「えっ?」


「気にしなくていい。照れているだけだ。」


テスは少し考える素振りを見せた後に、クスッと笑った。


これまでで、一番の表情だった。




「また魔族を倒されたのですか!?ギルマス補佐スゴすぎます。」


街に戻れたのは、昨夜の八時前だった。さすがに時間も遅いので、ギルドへは翌朝に報告に訪れた。


職員に巡回の結果を共有すると、一言目が先ほどの言葉だったのだ。


「特別報酬が出ています。口座をお確かめ下さい。」


また三億ゴールドが振り込まれていた。よく考えると大金持ちじゃないか。


あ、オークを四体倒しているから、別に四十万加算されている。魔族と比べると安っ。


それにしても、使い道がなぁ・・・特に思いつかない。


元の世界では土地を買うとか、株を買うとか、高級車を買うとか、いろいろとお金の使い道はあったのだろうが、こちらの世界では特に何もない。物欲そのものがあまり湧いてこないのは、毎日が充実しているからなのか?


まぁ、大した悩みでもないから、必要な物があったら買えば良いか。


「「タイガさん、おはようございます。」」


シスとテスが朝の挨拶をしてきた。二人とも自然な笑顔で、出会った時とは印象がまるで違っていた。


「おはよう。」


「昨日の巡回で私たちにも特別報酬が出ていました。何の役にも立てなかったのに良いんでしょうか?」


「気にするな。それに二人ともがんばったからな。」


俺は自分の特別報酬からパティに3000万、シスとテスに1000万ずつが分配されるようにギルドに申請して受理されていた。


パティはオークの討伐で別に支払いがされているが、三人ともがんばったからこれくらいのことは構わないだろう。


「タイガさんにそう言われると、なんか安心します。」


テスは謙虚だ。


「あ、あのタイガさん!」


シスが真剣な表情で声を出した。


「ん、どうした?」


「私に剣術を教えてもらえませんか?今のままでは実力が全然足りません。せめてひとりでテスの援護ができるようになりたいんです。」


「シス・・・」


テスは驚いていたが、姉の言葉に嬉しそうだった。


「良いよ。ただ、俺の剣術は刀を使った特殊なものだから、ベースとなる部分は・・・」


そう言いかけた時に、アッシュが傍を通りかかった。こちらに手を上げながら、歩き去ろうとしているところを襟元を掴んで止める。


「ぐぇっ!」


「ちょうど良いところにお手本が来た。」


シスもテスも目を丸くしている。


「・・・タイガ、俺を殺す気か?」


喉の辺りを押さえながら、アッシュが抗議してきた。


「唇治ったんだな。」


「え?ああ、ようやくな。」


「今日は忙しいのか?」


「ん~、午前中はそれほどでもないかな。午後からは、チェンバレン大公閣下とターナー卿が来る準備をしないとダメだがな。ああ、おまえも手伝えよ。」


「それならちょうど良かった。修練につきあえ。」


「おおっ、良いぞ!」


さすがバトルジャンキー。


うまく乗せられやがった。















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