二時間ほど歩いてから、昼食を取ることにした。
ギルドで購入しておいたプラムケーキを切り分けて、みんなで食べる。
プラムケーキは、魚を食べ飽きた船乗りたちが好んで食べるものだ。
酒漬けにしたブドウが入ったもので、焼き上がりに生地の表面にブランデーを塗っている。保存性と栄養価が高く、甘いものをあまり得意としない男性であっても、ブランデーの香りが食欲を刺激するため、疲労回復のための携行食として重宝されている。
因みに、プラムという単語はもともとプルーン、レーズン、ブドウを意味しており、プラムケーキはフルーツケーキの意味合いが強かった。
ターニャの弟が歓迎会で作ったものが大好評となり、ギルドがスレイヤーの携行食として採用することにしたようだ。おかげで毎日の仕込みが大変なようだが、経営的には潤いそうだと母親も喜んでいた。
「おいしい!」
パティとシスから感嘆の声があがった。テスも言葉は発しないが、美味しそうに食べている。
「!?」
邪気を感じた。
しかも多勢だ。
俺のソート・ジャッジメントの反応では、先日と同格の魔族が一人、それにレベルが格段に落ちるが、邪気を放つ生物が約十体いると示していた。
距離は魔族が西方に約300メートル。他は北西で散開している。
近い。
「パティ、索敵をかけてくれ。魔族だ。」
混乱を避けるために、落ち着いた声で言う。
「何これ!?めちゃくちゃいる!!」
「落ち着け。強力なのは西方の一体だけだ。奴は俺が対処する。パティは2人を頼む。無理に戦おうとはするな。」
そう言うなり、俺は西方の敵に向かった。
「あっ!タイガ!!」
パティが名前を呼ぶが、躊躇はしていられない。短時間で魔族を倒し、三人の元に戻らなければならない。俺は全力で木立の中を走り抜けた。
「行っちゃった・・・」
パティはタイガの圧倒的な強さを知っている。魔族をさっさと倒して戻って来てくれるとも思う。とは言え、十体近い魔物を1人で相手にしたことはさすがにない。あとの2人はランクDの新人スレイヤーで、彼女たちを庇いながら戦うのはさすがに厳しかった。
不安だよ、タイガ・・・
2人の前なので声には出さなかったが、内心ではそう感じていた。
一直線に山間を突き抜けて、魔族の元に向かう。全力での移動なので、300メートルの距離はほんのわずかな時間で走破できる。
見えた。
邪気の中心部となる位置に、青銅色の個体がいる。こちらに視点を合わせ、嘲笑しているように見える。
十メートルほど手前で立ち止まった。
「ほう、動きが我ら魔族並みだな。人間にしては素晴らしい。」
余裕の態度だ。
口もとの笑いがムカつく。
「なぜここにいる?」
「ふん。我がどこにいようと、貴様たち下等生物の知ったことではない。」
尊大な口調だが、絶え間なく俺の動きに注意を払っているのは気配で感じていた。
「数日前に、お前と同じような魔族が人間を後ろから襲おうとしていたから、殴り倒してやったぞ。」
わずかに表情が動いた。
「貴様か。ディールをどうした?」
「さあ、どうなったんだろうな。」
「ふん。余裕ぶっているが、仲間がどうなっても知らんぞ。オーク共は人間をなぶり殺して食らう・・・」
魔族が話している途中に、背中の蒼龍に手をかける。
抜刀。
風撃斬!
「ふん、この程度で思い上がるなよ。」
魔族が片手で魔法を撃ち出して、風撃斬を相殺した。
斬!
「な・・・に・・・」
風撃斬はただの囮だ。
魔族が気を取られたすきに、側面に移動して十字に斬り捨てた。
ここに来た理由がわかれば用はない。殺し合いで話が終わるまで待つなど、バカがすることだ。
すぐに反転して、パティたちの元に駆け戻る。
タイガが去った後、魔族は四片に分断されて地面に崩れ落ちた。
オークだった。
パティは魔法士のテスに、離れた位置から先制の魔法を撃たせる。同時に前方にいた二体へと斬りかかった。
一体が魔法の直撃を受けている間に、もう一体の攻撃を避けて胸にダガーを深く刺し、反動を利用して魔法でダメージを負った残る一体を斬り伏せた。
オークは動きが俊敏ではない。
身体能力強化魔法とテスの攻撃魔法により、奇襲が成功したのだ。
だが、気を緩ませずに反転して、二人と共に距離を取ることにした。
オークたちに近づいたことで、正確な数は索敵で把握できていた。
残り七体。
囲まれたら終わりだ。
動きは鈍くとも、オークには力があり巨体だ。
退路を塞がれる訳にはいかない。
パティは極力冷静に頭を働かせて、ヒット&アウェイでタイガが戻って来るまでの時間を稼ぐことにした。