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第53話 スレイヤーのお仕事②

ギルドの受付で、巡回と馬の借用申請をした。


万一のことを考えて、任務や巡回に出る時はギルドに申請することが必須となっている。


行方不明になった場合に捜索したり、魔物や魔族出現の可能性に対処するためだ。


「ギルマス補佐が巡回に出られるのであれば、他のパーティーと帯同していただけませんか?新人二人が巡回を希望しているのですが、実力的に不安がありますので。」


職員からの申し出があった。


ギルマス補佐としての仕事と考えるべきだろう。


「了解した。」


あっさりと引き受けた。


パティが少し不満そうな顔をして、「二人でデートだと思ったのに・・・」とつぶやいていたが、タイガには聞こえていなかった。


職員が帯同するスレイヤーを連れてくると言うので、俺は装備を整えるために二階へと上がる。ギルマス補佐特権で、施錠できる専用のロッカーをもらったのだ。


買い揃えていた装備は、自宅から移動させてここに保管している。


鋼糸で補強されたベストと、黒のロングコート、ブーツを着用し、肩から革の鞘入れをたすき掛けに着ける。


武装は蒼龍を背中の鞘入れに納め、警棒2本とダガーは腰のベルトにケースごと吊るした。


所有している武器のフル装備だ。


色彩はほぼ黒で統一しているので、髪の色と含めて考えるとちょっと重たい感じになる。


今度、何かワンポイントになる小物を買おう。




受付の方に戻ると、二人の若い女の子がパティと話をしていた。顔が良く似ているので、たぶん双子か姉妹だろう。


「お待たせ。」


声をかけると、パティがこっちを見て笑顔を見せた。


「あの時に買ったやつだね。」


「うん。パティに見立ててもらったやつだ。」


「似合う。」


「ありがとう。」


二人に視線を移すと、驚いた顔をしている。


「同行するタイガ・シオタだ。よろしく。」


「ギ、ギルマス補佐が同行してくれるんですか!?」


髪をポニーテールにしている方が、恐る恐るといった感じで話しかけてくる。茶髪で少し気の強そうな顔つきをしていた。


「そうだけど、嫌かな?」


「そ、そ、そんなことはありません!」


なんか怖がっていないか?


「ギルマス補佐様、初めまして。テス・フェルナンデスと申します。こちらは姉のシス・フェルナンデスです。緊張しているので、言動がおかしいとお思いでしょうが、お許し下さい。」


隣のおかっぱ頭が、姉のシスに代わってあいさつをしてきた。こちらはしっかり者のようだが、なんとなく危険な香りがする。少し腹黒い感じだ。


「フェルナンデス家と言うと、子爵家の?」


「はい。貧乏貴族ですが・・・」


「そっか。じゃあ行くか。」


貴族の家の事情に深く関わる気はないので、適当に話を終わらせた。


「・・・・・・・・・。」


テスはもっと話を広げろという眼をしている。こういうタイプは、かまって欲しいという困ったちゃんが多い。


そんな風に、無言で見つめられても知らんぞ。


厩舎で馬を借りて出発した。


馬術もエージェントとしてのたしなみだ。山岳地帯などの任務では、車やバイクは使えないので重宝した。久しぶりだが問題なく乗れる。


目的地までの道程がわからないので、パティが先頭に立つ。眺めも期待できるので長時間でも飽きないだろう。


何の眺めかって?


わかるだろう?


それなりのスピードで馬を駆けさせ、三十分後に一度目の休憩を入れる。他の三人もさすがに貴族の出身なので危なげなく馬を操っており、ここまでは何の問題もなく来れた。


パティに確認したところ、地面が乾いているために馬足が早く、すでに半分の距離まで来ているとのことだ。


「目的地は正面に見えてる山だよ。あそこの麓に村があるから、遅くなった場合は一泊できる。」


パティが言う山は、それなりの標高がありそうだが、天候が良いので巡回に不安はない。


「巡回はどのくらいの範囲を行っているんだ?」


「だいたい、4時間の道程かな。」


ギルドを出発したのが10時半頃。このペースなら、山の麓には遅くても正午前には到着する。何もなければ、ギルドに戻れるのは早くて18時というところか。


「ギルマス補佐様、お水はいかがですか?」


テスが水筒を持ってきた。


「ありがとう。今は大丈夫だ。」


「・・・そうですか。」


なんとなく気落ちした表情を見せるので、こちらから話しかけてみる。


「呼び方が堅苦しいぞ。タイガで良い。」


「ですが、失礼にあたります。あなた様はスレイヤーギルドのナンバー2であり、国内でも稀有なランクSです。ファーストネームでお呼びするなど・・・」


めんどくさいなぁ。


「俺の故郷には、慇懃無礼という言葉がある。」


「慇懃無礼?」


「気を悪くさせたら申し訳ないが、丁寧すぎる態度は相手を卑下しているいう意味だ。テスがそんな人ではないとは思うが、俺は貴族ではない。普通に接してもらった方がやりやすい。」


「そんな・・・」


「品格がないとか、無礼だとか思われてもかまわない。だが、人とのコミュニケーションは、相手と腹を割って話すことから始まるものだ。」


「・・・・・・・・・。」


何か悔しいような、悲しいような表情をされてしまった。貴族の社交場になれ過ぎていると、こんな感じになるのだろうか?


ふぅ、と息を吐く。


「悪い。俺の価値観を押しつけるのは良いことじゃないな。」


そう言って頭を撫でた。


「!?」


テスが眼を見開いてフリーズする。


「ギ、ギルマス補佐様・・・何を・・・」


「失礼なことをしている訳じゃないぞ。勝手な解釈かもしれんが、いろいろと大変な想いをしてきたであろうテスを労ってるつもりだ。俺といる時は肩の力を抜け。相手の腹を読もうとするな。完璧な自分を演じようともするな。以上。」


あ・・・なんか涙眼になってる。


「タイガ、そろそろ行くよ!」


あれ、パティも怒ったような顔をしているぞ。


またやってしまったのか?




再び馬を走らせる。


テスは涙目になっていたが、少し内面を変えてあげた方が良いと考えて言葉をかけた。


彼女はこれまで相手の内面を窺い、目上となる者には媚を売るような仕草をしてきたのだろう。


俺の言葉に対する反応が、いつもと勝手が違う人間を相手にしている、というような表情として現れていたように感じる。


エージェントの任務は化かしあいという側面がある。


自然と相手の心理を読み、表情のわずかな変化を捉えて、状況を自分の都合の良い方向に軌道修正させる。


洞察力や状況判断力は、高いレベルのものが要求されるのだ。


テスの育った環境や置かれている状況はわからないが、おそらく彼女は位がそれほど高くない貴族の息女として、絶えず周囲に気を配り、四面楚歌のような状態の中で自分を演じてきたのだろう。


自分がいじめられないように、本意ではないのにいじめっこ側につく心理に似ている。


姉のシスにも人に気を回しすぎる傾向があったが、外交的な性格なのか、まだ明るい表情は出せていた。対して、テスの表情は、笑顔であっても仮面のような印象があるのだ。


指導とかフォローとか、ギルマス補佐も大変だなと思いながらも、もう少し面倒を見てみようかと思っていた。




山の麓に到着した。


思っていたよりも早くに着いたが、帰りのことを考えて早速巡回を開始することにする。


三人とも無口だが、三者三様だ。


パティは拗ねている感じなので問題はないだろう。街に戻ったら、スイーツでもおごって労うことにした。


シスはときどき俺とテスを見ながら困っている表情をし、テスに至っては表情が暗かった。


あまり構わずに、少し考える時間をあげた方が良いと判断した。


パティが先頭に立ち、巡回コースを歩いていく。


魔法で索敵をしながら進んでいるので、たまに立ち止まって周囲を伺っている。


索敵魔法は、設けた範囲内の魔力で気配を察知するものだ。動物がいた場合に、魔物ではないかどうかの確認が必要なのだ。


「本当にタイガは魔力がないんだね。索敵で反応しないや。」


パティがようやく話をしてくれた。


「特異体質だからな。」


パティは俺がどこから来たのかは知らない。


アッシュやリルとの取り決めで、これ以上は俺の正体を明かさないことにしている。


大人の事情と言うやつだ。


「ギルマ・・・タイガ様は魔力がないのですか?」


シスもやっと口を開いてくれた。


「うん。だから魔法はまったく使えない。」


シスだけではなく、テスも心底驚いた顔をしている。


「それなのに、ギルマス補佐まで上り詰めたのですね・・・すごいです。」


「自分が持つことのできないことを、いくら嘆いても仕方がないからな。長所を最大限に伸ばすことに労力を割いた方が生産的だろ?あと、様とかの敬称もいらないからな。」


後ろにいる二人を振り返って言うと、テスが驚愕の表情でじっと俺を見ていた。オレが眼を合わすと伏せてしまったが。




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