目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第50話 学校に行こう⑤

魔族のように変貌したターナーに近づいていく。


「タイガ!これって魔族だよね!?」


「パティ、生徒たちのところに行って、回復が必要なら支援してくれ。」


テンパるパティを落ち着かせるために、ゆっくりとした口調で指示を出す。


「タイガがひとりでやるつもり?」


「ああ、その方がいい。」


パティは少し躊躇したが、素直に生徒たちのところへと向かった。


「ランク・・・Sだからって、なめる・・・な···。」


まだ理性はあるようだ。


魔族の血に支配されるのは、そんなに先ではない気もするが。


「そう思うのなら、かかってこい。」


俺は挑発をしてみた。


「!」


再び氷柱が放たれた。


先程よりも、激しい速度と数で俺を襲う。


直撃する。


「ぐわぁぁぁぁぁぁーっ!」


俺は痛がるふりをして叫び声をあげてみた。


まったく効いてないけどね。


ニヤリ、と口の両端を上げて笑うターナー。


「タイガさんっ!!」


後ろからテレジアが叫ぶ声が聞こえてきた。


あ、また誤解される。


悪ふざけはこれくらいにしておこう。


「なーんてね。」


「は?」


ターナーが呆気にとられた瞬間、両手の警棒を離して踏み込んだ。


変貌前と変わらない体格のターナーは、俺よりも10cmは背が低い。


足のスタンスを長めに取り、打ち下ろし気味の右ストレートを心臓の真上にぶちこむ。


ドッ!


内部に衝撃が浸透する。


ボクシングで言う、ハートブレイクショット。


心臓に衝撃を与えることで、一秒程度の時間だが、肉体が麻痺をする。


「ぐっ・・・」


返す左フックを脇腹に打ち込む。


ゴッ!


肋骨が折れた感触。


バックステップから、再びハートブレイクショット!


クリーンヒットした。


ターナーが片膝をつく。


体が小刻みに震え、鼻血がつぅーと出ている。


予想が正しければ、そのうちにターナーは内部から自滅する。そのための素手による攻撃だ。


「カ、ハァ・・・な、なぜ・・・だ・・・なぜ、魔法が・・・きか・・・ない・・・」


「さぁな。実は効いてるかもしれないぞ。」


化物を見るような眼で見やがった。


お前の方が化物だろ?


「ほ、本当に素手で戦ってる・・・」


パティが震える声でつぶやいた。


「今日は蒼龍を持ってきてないから。あれば瞬殺しているかも。」


さすがにフェリはタイガの戦闘を見るのが二度目なので冷静だ。


テレジアを含めた周りの生徒たちは、魔族のように変貌したターナーを相手に、圧倒的な強さを見せるタイガから目が離せなかった。


「魔法の直撃を受けたのに、あれがランクSの強さなの!?」


いやいや、ランクSでも普通はダメージを負うわよ!


テレジアの言葉に、フェリは心の中でツッコミを入れた。




立ち上がり、殴りかかるターナーを華麗なステップで翻弄し、ハートブレイクショットを連発する。


ダメージはあるが、なかなか倒れない。


「魔族の血を取り込んだのか?」


「・・・・・・・・・。」


事の真相を聞こうと話しかけるが、荒い息づかいしかない。


「テレジアを失いたくなかったのか、自分のプライドが婚約破棄されたことで傷ついたのか、どっちだ?」


「・・・・・・・・・。」


返答がないのは変わらないが、にらみつけて殺意をさらに色濃く放ってきた。


「詳しいことは知らない。だが、女の子にフラれて見返すために魔族の力を借りたのだとしたら、人間として弱すぎる。そんなやつには、誰も期待しない。」


「だ、黙れ!き、貴様に何が・・・わかる!」


反応した。


図星かそれに近いのだろう。


「わかりたくもない。俺はモテないし、他の人間よりも能力で劣っているのを自覚している。でも、だからこそ努力する。考える。お前みたいに現実から逃げたりはしない。」


「だ・・・まれ・・・」


異変が起きた。


邪気が急速に大きなものとなり、悪意が消えていく。


俺のスキルでしか感知できないものかもしれないが、人間から魔族に移行したかのような変化。


限界点のようだ。


俺は何発目かのハートブレイクショットを打った。


ターナーの体が静止する。


急速に邪気が消え、膝から崩れる彼の顔には何の表情も浮かんでいなかった。


地面に横たわるターナーの首と胸に手を当てる。


脈も動悸も感じられない。


俺が狙っていたのは、心臓への過負荷を起こすことだった。思惑通りいったが、半分は運みたいなものかも知れない。


頭を潰すか、心臓にナイフを突き刺すという選択肢もあったが、ここには学生が数多くいる。


あまり残虐なシーンを見せたくはなかった。相手は曲がりなりにも、ここで教鞭をふるっていた教師でもある。


ターナーは何らかの手段で魔族の血を手に入れて、血清にでもして体内に取り込んだのではないかと考えた。


元の世界では、動物の血清を医療に利用する抗血清というものがある。血清病と呼ばれる副作用が激しいために使われなくなったが、薬学を専門とするターナーなら、理論的に実現できる可能性がある。


血清は採取した生体の成分を取り込むために使われるが、魔族特有の強靭な肉体をターナーが欲したのであれば、それを目的に独自で研究を進めていたと推測できた。


微かな邪気と悪意を重ね合わせて持っていたことを考えると、あながち間違いではないような気がする。


所定の手続きがいるだろうが、ターナーの自宅や大学の研究室を捜索すれば、確証を得る資料が出てくるかもしれない。


だが、魔族の血を取り込むことなど、劇薬を飲むのと同じだ。異なる血液型のものを輸血する以上のリスクがあるのは、素人考えでもわかる。


心臓への膨大な負担。


それをハートブレイクショットで加速させたことが勝因と言っていい。


ターナーは強い悪意を持っていた。


それが狂気じみた行いを誘発させたと考えるのが自然な解釈だろう。


そして、それが身の破滅を招いたのだ。




「タイガ、無事だったのね。」


状況に気づいたリルが、他の教職員たちとグラウンドに駆けつけてきた。


幸いにも負傷者はいない。


事の詳細を個人の先入観なしで説明する。


「そんなことが・・・」


「生徒たちをケアしてあげて欲しい。ショックが大きいかもしれない。」


そう思ったが、取り越し苦労だったのかもしれない。


振り返り、生徒たちの方を見た瞬間に歓声があがった。


「違う意味でのショックね。あの子たちは完全に英雄を見る目をしているわ。」


「ああ、そうなんだ。」


元の世界では、学生が戦争などを実感することは特定の地域でしかありえない。ここは魔族の脅威にさらされている分、現実的な問題として捉えているのだろう。


異世界にいるということを、今更ながらに痛感した。




スレイヤーギルドから、事後調査のために何名かが派遣されてきた。アッシュも同行している。


俺は現場を他の者に任せ、職員室のターナーのロッカー内を見せてもらうことにした。リルも一緒だ。


「ターナー家のことを考えると、後が大変そうだな。」


「そうね。でも目撃者が多いから、あなたに何らかの嫌疑がかかることはないわ。三男とはいえ、現役の騎士団長の嫡出子が起こした事件だから、王城内は大変かもしれないけれど。」


「箝口令は出せないかな?」


「その手筈だけど、生徒の中には貴族の嫡出子も多いから、完全には無理だと思うわ。」


「騎士団長は人望に厚い人だったりする?」


「そうね。国王陛下や騎士団からの信頼は高いって聞いている。人柄についてはわからない。」


「なるべく、誰も傷つかないように終息させたい。」


ターナー家の不祥事ではなく、ひとりの男の凶行、しかも外的要因による本人におとがめなしという結果での終息だ。彼のせいで誰かが死んだ訳じゃない。


「本当に優しい人ね。」


「政治的な揉め事に巻き込まれたくないだけだよ。」


「ふふっ、そういうことにしておくわ。」


こういった時のリルは洞察力が非常に鋭い。恋人が浮気とかしたら、すぐに見抜くんだろうな。




ターナーのロッカーからは、特筆すべきものは何も出てこなかった。


上着くらいしか入っていないのは、非常勤だから当然かもしれない。


グラウンドに戻りかけたところで、ギルドのメンバーがやって来た。


「タイガさん、ちょっと来てもらえますか?生徒に事情聴取をしていたのですが、チェンバレン大公閣下のご息女が、あなたと話をしたいとおっしゃっていまして。」


テレジアか。


「わかった。場所は?」


「案内します。」


その男に案内されたのは本館の応接室だった。


ノックをして返事を聞いてから中に入った。


テレジアがソファから立ち上がる。


「タイガ様。」


様?


ん?


「どうかされましたか、テレジア様?」


「敬称などいりませんわ。テレジアとお呼びください。」


なぜか瞳が潤んでいる。


何だこれ?


「じゃあ、テレジア。」


「はい。」


大貴族のご息女とは思えない、汐らしい態度。


違和感を感じながらも、先を促すことにした。


よくわからないことは基本スルーだ。


「俺に話があると聞いてきたけど、何かな?」


あらたまった口調はやめることにした。慣れないのでカミそうになる。


一応、命の恩人だから、このくらいで怒られはしないだろう。


たぶん。


「はい。マイク・ターナー教諭のことで、ご相談が・・・」












この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?