ギルドマスターの執務室を訪れた。
執務机には昨日よりはマシになったとはいえ、口をたらこのように腫らしたアッシュがいる。
「ぷっ!」
「笑うなよ。」
「少しマシになったみたいで何よりだ。ぷぷっ。」
昨夜の歓迎会で、アッシュの食べている料理に激辛スパイスを入れたのは俺だ。
まぁ、いろいろとやらかしてくれたので、軽い意趣返しのつもりでやったのだが・・・入れた激辛スパイスが強烈だったようで、火を吹くような反応の後にみるみる唇が腫れ上がったのだ。
「しかし、誰があんなことをしたんだ?」
「さあな。それより、要件を聞こうか?」
無理やり話をそらした。
まぁ、アッシュは天然だし、人が良いからすぐに忘れるだろう。
「リルが申請していた身元保証の件だけど、これを渡しておこうと思ってな。」
アッシュは唇を気にしながら、カードを渡してきた。
「これは?」
「いろいろと考えたんだが、おまえは信用できるし、実力も申し分ない。だから、ギルドマスター補佐になってもらおうと思っている。」
「は?」
「大した仕事があるわけじゃない。たまに式典や会議に出てもらうこともあるが、基本は任務があればそちらを優先してもらう。あとは俺が動けない時に、魔族や魔物に対する警戒巡回や、スレイヤー間のもめごとの仲裁をするくらいかな。」
「良いのか?ギルド内で反対する奴もいるだろ?」
ニヤッと笑ったアッシュが、嫌なことをカミングアウトした。
「大丈夫だ。すでにおまえは恐怖の対象だからな。反対しそうなやつらには、いろいろと吹き込んでおいた。」
それを聞いた瞬間、激辛スパイスの件で芽生えていた小さな罪悪感は完全に消え去った。
アッシュ、おまえという奴は···。
ギルマスの執務室を出た。
階下のホールに下りると、リルが手を振っている。パティも一緒だ。
「おはようリル、パティ。昨日はありがとう。」
歓迎会のお礼を言った。
「おはようタイガ。昨日は楽しかったわ。」
「おはよ。昨日の試し斬りすごかった。」
笑顔で返してくれた。
二人ともタイプは違うが、本当に美人姉妹だ。
「げへへへ。2人とも俺のものにしてやる~。」
なんて言ったら、リルに昏睡させられるんだろうなぁ。言わんけど。
「アッシュから身分証はもらった?」
「うん。リルには感謝している。いつも、いろいろと配慮してくれてありがとう。」
「ふふっ、お礼ばかりね。やっぱり、タイガは変わってる。」
「そうかな?」
「貴族もスレイヤーの男性も、そんなふうにあどけない笑顔でありがとうって言う人はいないもの。」
「確かにタイガは変わってる。なんかあったかい感じ。」
姉妹揃ってそんな感じに誉められたらテレるぞ。
「かわいい、照れてる。」
「いや、からかわないでくれ。」
つい後頭部をかいてしまった。
こちらの世界に来てから、変な気負いがなくなっているのは自覚している。
知らない間にコミュ力もアップしているようだ。
リルは図書館に案内してくれるために、待っていてくれた。
学院に向かいながら、いろいろと話をする。
魔導学院の魔法学科特別講師も勤めているとのことで、今日は授業の打ち合わせがあるらしい。
「学院に着いたら私は職員室に行くけど、パティが案内してくれるわ。ランチは食堂が使えるから、一緒に食べましょう。」
「わかった。パティ、よろしくな。」
「うん。りょーかい。」
身分証を提示して、学院に入る手続きを済ませた。
首からかけるパスカードをもらい、職員に言われた通りにスレイヤー認定証であるネックレスを、見えるように服から出す。
リルと別れて図書館に向かった。
休み時間なのか、結構な数の生徒を見かける。
チラチラとこちらを見てくる生徒がいるが、視線は俺ではなく、パティの方を向いてる気がする。
学生もパティのプリプリなお尻に魅せられているのかと一瞬思ったが、女生徒も同じような反応だったので違うようだ。
「あれ、パティ先輩じゃない?」
二人組の女生徒から、そんな声が聞こえてきた。
パティはそっちに向けて手を振っている。
「やっぱり、パティ先輩!お久しぶりです!!」
「久しぶり。」
かわいい笑顔で後輩の挨拶に答えている。
どうやら、少し前に卒業したばかりのパティは学院の人気者のようだ。
「そちらのかたは?」
「ん?タイガ。私のパートナー。」
んん?
パートナーって、何の?
いつの間に?
「えっ?スレイヤーの方ですか!?」
そう言って、俺の胸元にある認定証を見た。
「ね、ねぇ、あの色、ランクS!?」
「「「「「ランクSっ!?」」」」」
周辺にいた生徒たちが目を見開いて叫んだ。
「タイガはランクSだけど、アッシュよりも強い。そこ重要。」
俺がランクSであることに驚く一同に、パティがトドメのような言葉を放った。
「あのアッシュ様よりも強いって・・・」
「マジか!?」
「もしかして、素手で魔族を瞬殺したっていう時の人!?」
周囲がざわついている。
時の人ってなんだよ。
瞬殺してねーし。
こら、パティはドヤ顔で頷いてるんじゃないっ!
カーン、カーン。
休憩時間終了のチャイム?が鳴った。
生徒たちはこちらを見ながらも校舎に戻っていった。好奇心の強い眼をしている気がする。
「!?」
その時に一瞬だが、俺のスキル"ソート・ジャッジメント"が反応した。
悪意?
邪気とは違うが、それに近い印象をほんのわずかだが感じた。
悪意は人が持つ負の性質、邪気は魔族が持つ基本的な性質。
この数日間の経験でそのように振り分けた方が良いようだと思っていたが、先ほどのものは悪意の中に邪気が少し含まれている感覚だった。
単一の存在で、両方の性質を持つこともあるのか?
決めつけるのはまだ早い。
唯一のスキル"ザ・ワン"だ。
他に事例がない以上、明確なロジックは存在しない。
「タイガ、どうかした?」
「いや、何でもない。図書館に行こう。」
パティを促してその場を去った。