エージェントは任務中に刀など使わない。
俺は修練の一環として刀を振っていた。初めて真剣を手にしてから二十年以上もだ。
刀での修練は集中力を研ぎ澄ます。針に超高速で糸を通すようなものと例えるとわかりやすいか。とにかく、尋常でない精神力を必要とする。
もともと忍びの末裔の家系なのだが、忍びとは忍者だけを指すのではない。
ここ重要。
テストには出ないが。
広義として、忍は隠密だ。
今でいうと諜報員、エージェントである。
忍者は敵対組織の施設に忍び込んだり、暗殺を生業とする。
一方、隠密とは行商人であったり、武人であったりと決まった職業はなく、諜報活動に都合の良い人物になりきる。
過去の偉人の中にもそういった人物は多い。日本の全国地図を初めて記した人とか、茶人として有名なスキンヘッドとか、最強といわれた剣豪なんかがそうだ。
エージェントもそれらと変わりはない。
様々な知識を有し、時には科学者であったり、士業と呼ばれる人物にすら為りきる。きちんと国家資格まで有してだ。
幸いにも、こちらの世界では培った知識や経験が役立っている。
ソート・ジャッジメントのスキルも含めて。
まるで・・・属していた組織が、こちらと何らかの密約を交わして俺を送り込んだのではないか?そう思えるくらいだ。
いやいや、まさかね。
「先日の模擬戦に続き、先程のデモンストレーションで、実力の程はみんなも確認できたと思う。魔族を素手でぶちのめし、対人戦闘で不敗だったこのアッシュ・フォン・ギルバートに初めて敗北を味あわせたタイガ・シオタだ。みんなで歓迎するぞ!乾杯!!」
「かんぱーい!」
おい、待てアッシュ。
なんだ今の乾杯の音頭は。
給仕が終わって一緒の席に座っているターニャたち家族が、一瞬顔を引きつらせたぞ。
「改めて歓迎するわ、タイガ。」
「これからもよろしくね。」
口々にそう言ってくれるが、実は席に座る時に一悶着していたフェリたち。
喜ぶべきなのか、俺の隣に誰が座るかで争奪戦を開始した。
最終的にジャンケンで決めたようだが、一戦交えるのか?という雰囲気になっていた。
特にニーナとパティが。
それに触発されたのか、フェリまで参戦すると言い始めたのだが、リルの采配で事なきを得た。
そして、なぜか俺の右隣にはリルが座っている。
俺の隣の席の何がそんなに良いのかわからない。
新参者の横は縁起物なのだろうか?
「あの席すごくね?」
「ああ、きれいどころが揃ってるよな。」
「いやいや、そうじゃないだろ。危険人物ばっかじゃねーか。」
「危険人物?」
「知らないのか?乾杯の後に座ったギルマスは言うまでもなく最強のバトルジャンキー。その兄の庇護を受けたA級精霊魔法士は別名"氷の女王"。ちょっかいを出すと、兄妹のどちらかに治療院送りにされる。」
「それは今更だろ?」
今更なんだ・・・
トイレから帰ってきた俺は、通りがかりに俺たちの席について語るこいつらに興味をひかれて立ち止まった。
もちろん気配を消して。
「それだけじゃない。鍛治士のニーナは無理難題を押しつけてごねたり、口説こうとしたランクAからBの三人を、顎へのストレート一発で沈めてる。」
「それも有名な話だろ?」
有名なのか?
そうなのか・・・
「あのパティを子供扱いにして逆鱗に触れ、フルボッコにされたランクAは数知れず・・・」
「そうなのか!?やべぇ。俺、知らなかった。」
俺も知らなかった・・・
「トドメはリルだ。いつも涼しげに笑ってるけど、怒らせたら一番怖い。前にここでナンパしてきた余所者スレイヤーが、パーティーまとめて昏睡状態にされてる。」
「マジか!?ヤバすぎだろ!!」
・・・・・・・・・怖っ。
「タイガって、まだこの街に来て三日目くらいだろ?何であんな凶悪なのに囲まれて平然としているのかがわからん。」
ああ、知らないってことは最強だね。
真実を知ってチビりそうだよ、僕。
「なぁ、もしかして、一番ヤバいのはあいつなんじゃないか?」
「そうだ、絶対にそうだよ!普通、魔族に素手で喧嘩売るか?さっきのデモンストレーションも斬れ味ヤバかったし。機嫌を損ねたら、速攻で首ちょんぱされるんじゃね!?」
なんだ?
なぜこうなった?
アッシュが悪いのか?
余計なことを触れ回るから。
とりあえず誤解は解いておこう。
「よう、楽しんでるか?これからよろしくな!」
噂噺をしていたスレイヤーの一人の肩に手を置き、最高の笑顔で声をかける。
「・・・・・・・・・。」
ん?
なぜ沈黙する?
「ひぃぃぃぃぃーっ!!」
「すいませんでしたぁぁぁぁーっ!!」
「やめて!殺さないでーっ!!」
・・・なぜこうなった!?