フェリが戻ってきた。
「家具屋さんの場所がわかったよ。」
アッシュと待ち合わせの時間を決めて、ギルドを出る。
半日かけて家具や生活用品を購入した後に、三人でカフェに行った。
「二人ともありがとう。助かったよ。」
「ふふっ、私たちも楽しかったわ。」
「うん。タイガといると退屈しないよ。」
違う世界の人間同士だが、会話の中に違和感もなく、なんとなく溶け込むことができているようだ。
「でもニーナの発言にはびっくりしたわ。普段はあんなことを言うキャラじゃないのに。よっぽどタイガのことを気に入ったのね。」
「ニーナさん、きれいだよね。」
なんか勘違いしているようだからフォローしておこう。
「ニーナは刀工として優れているし、誇りを持っているからね。自分が鍛えた刀が誰にも使いこなしてもらえないとなると、作り手としての喜びが少なかったんじゃないかな。」
「「・・・・・・・・・。」」
ん?
なぜ二人とも黙る?
「刀を使いこなせるから、ニーナが喜んでると思ってるんだけど。どう思う?」
「タイガって唐変木なんじゃない?」
「そんな気がするわ。ほっときましょう。」
「うん。」
ひそひそと話し込む二人。
俺、なんか変なこと言ったか?
アッシュと待ち合わせて、貸金業者の事務所に向かった。
「俺が話をするから、横にいてくれるだけで良い。」
余計なことをしないように釘をさしておく。
「わかってる。今日は金の返済だけして、おとなしく帰るんだろ?」
「ああ。」
アッシュが事務所に行くだけで、かなりの牽制になるはずだった。
国内最強のスレイヤーであるギルドマスター。
辺境伯の子息でもあり、その領地の第二都市を治める領主代行でもある。
昨夜の態度を見る限り、貸金業者は強者や権威のある者には絶対に逆らわないタイプだろう。
だが、こういった男は追い詰めすぎると精神的に許容範囲をこえてしまい、とんでもないことをしでかしたりする。
「あの家族に対して、貸金業者が恨みを残すような展開は避けたい。返すべき物は返して、フラットな関係にするんだ。」
そうすることで、貸金業者が断罪されても遺恨は違うところに行くだろう。
「本当に優しいな、タイガは。」
アッシュはそうつぶやくが、そういう訳ではないのだ。
エージェントとして活動していると、任務を最優先して助けることができなかった者たちがかなりの数で存在した。
大きな脅威をもたらす敵を壊滅、もしくは牽制することで、より多くの命が助かったのだとは割り切れない。
特に、ソート・ジャッジメントというスキルで人の内面を見極めることができる俺は、この世界で人間としてやり直すべきだと思う。
ただの自己満足だったとしても···。
アッシュが名乗ると、貸金業者も巨漢くんも卒倒しそうになっていた。
「ターニャたちの代理で俺が借金の返済をする。これはその委任状だ。」
「・・・・・・・・・。」
「何か問題はあるか?」
「・・・・・・・・・。」
「深呼吸した方がいい。人間は息をしないと死ぬ。」
「は、はひぃ・・・」
やはりアッシュの存在は刺激が強すぎたようだ。
呼吸困難に陥っている。
「ここに利子分も含めた金額を置く。不足がないか確認してくれ。」
無呼吸状態からなんとか抜け出した貸金業者は、震える手で金の確認をする。とはいっても、一千万ゴールドは白金貨一枚なので、それが本物かどうか確認するだけで済む。
「た、確かに。」
「それじゃあ、借用書の原本をくれ。」
「は、はい。」
借用書を確認する。
貸金業者の直筆で完済を証明するサインが書かれていた。
「抵当権解除の書類は?」
「こ、これです!」
これでターニャたちを苦しめた借金は消え、自宅兼店舗の抵当権解除ができる。
抵当権は借金が返済できなかった時に、土地と建物が貸金業者のものになるという権利だが、解除のための書類があれば役所でそれを抹消することができるのだ。
「何か言いたいことは?」
「ありませんっ!」
やるべきことはすべて滞りなく終わった。
元の世界と同じような書類や手続きだから、何も問題は残らないだろう。
「無事に終わったな。」
外に出るとアッシュがそう言った。
「さすがアッシュ・フォン・ギルバートは偉大だな。横にいてくれるだけで簡単に終わった。」
「そうか?俺には貸金業者が、ずっとおまえに怯えているように見えたぞ。」
「そんな訳はないだろ。」
「なんか納得いかん。」
そのまま帰路についた。
「お、おいっ!荷物をまとめて、この街を出るぞっ!!」
「わ、わかりました。すぐに準備を始めますっ!」
アッシュとタイガが帰った後、貸金業者はあたふたとしていた。
「あんな、魔物を素手で倒した上にギルドマスターを力でねじ伏せて、従者として扱うような男からは早く逃げるぞ!悪魔だ、あいつはっ!!」
貸金業者を恐怖のどん底に追いやったのは、アッシュではなかったようだ。
後日、領土内のとある街で、貸金業者は拘束された。
アッシュが警備隊に手を回し、悪行の数々が露呈したことにより、犯罪者として捕らえられたのだ。
貸金業者は、
「あの悪魔には、二度と会わせないでくれっ!」
と、何度も訴え続けたと言う。