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第39話 異世界生活の始まり⑦

「あとは任せてください。」


そう言って、ターニャの母親から借用書の控えを預かった。


本当は賃貸契約の後にと思っていたのだが、向こうが早々に事務所に来いと言うのならさっさと終わらせてしまおう。


親子にはものすごく感謝されて、頭を下げ続けられたので少しお願いしてみた。


「部屋を見せてもらっても良いですか?」


家具を揃えたいからだと伝えて鍵を借りた。


昼時なので二人に手間をかけさせないように、「勝手に見て、鍵だけ返しに来ます。」と言って、フェリたちと三階に上がった。


「結構広いね。」


何もない空間なのでよけいに広く感じるが、二十畳ほどのLDKと八畳の個室があった。バスとトイレは別れている。


以前は学生が住んでいたと言うが、贅沢すぎないか?


「クローゼットがあるから、収納ダンスだけでいいわね。あとはベットとダイニングテーブルくらいは買わないと。」


リルがそんなことを話してくるが、何か新婚さんみたいで楽しい。


「賃貸のお部屋って、こんな感じなんだぁ。」


興味津々でフェリがいろんなところを見ている。


「本棚も必要だな。」


「読書が好きなの?」


「うん。エッチなやつとか。」


「「・・・最低。」」


ハモって軽蔑された。


女性に言うジョークではなかったと反省する。


一通り部屋を見た後、鍵を返して賃貸契約を明日に行う約束を取り付けた。




仕立て屋に向かう。


こちらもリルが知っているお店だった。


「タイガの体格なら、フォーマルウェアとか似合いそうだよね。」


「そうねぇ。細身だけど、手足も長いし肩幅もあるから、どれでも似合いそう。」


ここでの俺はほぼ着せ替え人形状態だった。


二人が楽しそうだから、まぁ良いだろう。


こちらの世界のフォーマルウェアは、派手な色が基調とされている。


タキシードなどのダーク系スーツは、執事などの従者が着る服装のようだ。


貴族が基準だから、そういうものなのだろう。


シックなものが好みだという主調が通り、光沢のある黒系にネイビーの装いがされたものと、白地に赤で装飾がされた2着をオーダーした。


「ちょっと地味だけど、シンプルで良いかな。」


いや、どこがシンプルやねんっ?


派手じゃね!?


とツッコミたかったが、これがこちらのスタンダードなのだから、それに合わせよう。




次は家具屋と生活用品なのだが、フェリとリルは貴族だ。


何が言いたいかと言うと、一般的な家具屋がどこにあるのか知らないらしい。


貴族には御用達の業者がいて、「こう言ったものが欲しい。」という依頼を出すと、希望にそったものを買い付け、あるいは製作してくれるのが通例となっている。


「あまり高価な家具はいらないから、ギルドで聞いてみようか。」


俺の提案に二人がうなずく。


スレイヤーは、貴族よりも一般人出身が多い。


だいたい貴族は騎士などになることが多いので、アッシュたちの方が特殊といえるのだ。


魔族の脅威からの防衛を辺境伯の子息が担っているのは、世界的に見てもあまり事例がないらしい。




ギルドに行くと、アッシュが声をかけてきた。


「よう。」


相変わらず、気さくな笑顔だ。


「よう。」


社交辞令で同じ挨拶をした。


周囲の者たちはギルマスに対して無礼な挨拶をする俺を見て、ひそひそと話している。


「あれ、昨日のやつだよな?」


「今日はちゃんとした頭をしてるぞ。」


「ギルマスにタメ口とかすげぇ。」


「イケメン」とか「カッコいい」っていう感想はないのか?


「今日は街の案内じゃなかったのか?」


「そうなんだけど、タイガの住むところが決まったから、家具を買いに行きたいと思って。誰か良いお店を知らないかな?」


なるほどというような表情をしたアッシュはカフェの方を見て、「確か、カフェのウェイトレスの実家が、家具を製作販売してたのじゃないかな。聞いてみたらどうだ?」という情報をくれた。


「そうなんだ。ありがとう、兄さん。」


リルもこの兄妹も、ギルバート家の人間は本当に面倒見が良い。


それなのに、なぜおまえはそうなんだと、昼間から待合スペースのソファでグロッキーなラルフをみつけてジト目で見た。


二日酔いだろう。


そのまま永眠していいぞ。




フェリがウェイトレスに話を聞きに行ってくれている間に、アッシュが昨日の魔族のことについて話をしてきた。


「あの地域には調査メンバーを向かわせた。他にも魔族や魔物がいる可能性は低いかもしれないが、万一の時はまた力を貸してくれ。」


「ああ、かまわない。スレイヤーとしての任務ならいつでも言ってくれ。」


「助かる。ところで、タイガの歓迎会をやろうと思っているんだが、今夜は空いてるか?」


歓迎会か。


エージェントの世界ではそんなものはなかったな。


組織内でも個々の存在は必要最低限のメンバーにしか知らされていないし、対外的には歓迎されるような存在じゃないしな。


「うれしいけど、先約があるんだ。」


「先約?デートか?」


なぜかリルを見た。


「違うわ、実はね。」


リルは俺に話をしても良いか、目線で確認を入れてきた。今後のこともあるので、対応策を相談したいのだろう。貸金業者についての説明はリルに任せて、補足だけすることにした。


しかし、なぜアッシュは「デート」の言葉のあとにリルを見た?


大したことではないが、何かのフラグだろうか?


「そうか、そんなことがあったんだな。」


「今後も同じような被害が出るかもしれないわ。何か対策できない?」


「そうだな。とりあえず、俺も今夜は一緒に行くよ。」


「え、なんでだ?」


「潰しに行くんだろ?その悪徳貸金業者を。」


「違うわ。」


このバトルジャンキーめ。


暴れたいだけじゃないのか?


「違うのか?そうか残念だ。だが、やっぱり一緒に行こう。二人でいけば、精神的な圧力にはなるだろう。警備隊には調査依頼をすぐに出しておくから、悪事が立証され次第拘束させる。」


今度は真面目に答えてくれた。


こういったやり取りはちょっと疲れるからやめてくれ。





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