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第38話 異世界生活の始まり⑥

「それは蒼龍と名付けた大太刀よ。私の一番の自信作なの。」


外に出て試し斬りのために設けられたスペースに行く。


三人が距離を取ったのを確認して、柄に手をやる。大太刀は反りが深く、刃を下に向けて持つ。


抜刀。


陽を浴びて、刀身が仄かに青く光る。


なるほど、蒼龍か。


「キレイ。」


フェリが思わずつぶやいた。


一般的な剣は刀身が鈍色だが、刀の部類は芸術品とされているほどに美しい輝きを放つ。


極限にまで研鑽されたそれは、切れ味において世界最高峰の能力を発揮する。


一度、刀身を鞘に納める。


鍔がカキィンと涼やかに響いた。


息を吸い、腹にためる。


ゆっくりと吐き出しながら、摺足で右半身に構え、腰を落とした。


抜刀。


風を裂くように、真一文字に大太刀を振るった。


青い線が稲光のように空気を両断する。


「「「!?」」」


ゆっくりと鞘に納めてニーナを見る。


「すごいな、コレ。一千万で譲ってもらえないか?」


「いっ、一千万っ!?」


フェリもリルも耳を疑っている。


剣の価値は高いものでも30万ゴールド程度。宝石などの装飾が施されたものだともっと値は張るが、それは武器ではなく宝飾品の部類になる。


刀の価値が高い理由は、作り手である刀工が鍛治や研磨の技術を極め、一般的な剣よりもはるかに複雑な工程で刀身を鍛え上げることにある。


作るのではなく鍛えると言われるのは、魂を擦り込むと同意義でもあるのだ。


刀身のバランス、扱いやすい重心、切れ味など、この大太刀も最高峰といって良いレベルに仕上がっていた。


「安かったかな?」


そう言うと、ニーナは満面の笑みでこう返してきた。


「もぉ・・・本当に大好きだよ、タイガ!」


感極まって、スゴいことを言うニーナ。


そして、


「え・・・ええー!?」


何かを勘違いしたフェリがいた。


「この大太刀の価値をわかっているし、使いこなすこともできる。タイガなら、ただで譲っても良いよ!」


「いや、それは逆に困るんだが。」


テンションマックスのニーナをなだめるのに苦労した。


蒼龍は生半可な使い手が振っても稲光のような青い線は出ないそうだ。


理想として思い描いていた太刀筋を見せた俺を、ニーナは剣士として惚れ込んだということである。


残念ながら、異性としてではない・・・本当に残念だが。


「刀の部類としては重量も長さもあるし、剣になれた人が振ってもあんな空気を裂くような音はしない。使いこなしてくれる人が実在するなんてうれしくって。」


ニーナは涙眼になっている。


でもほら、やっぱりって感じだろ?


そんなモテ期なんかに縁はないから・・・自分で言ってて悲しいが。


「私の方からお願いするよ。タイガに蒼龍を使ってほしい。」




何かと渋るニーナを説得し、最終的に支払った額は三百万ゴールド。


個人的にはそれでも安い買い物だと思う。


命を預ける武器は、ちょっとした能力差で持ち主の生死を分かつものだ。だからこそ、高い価値をつける事ができる。


「俺が適正な代金を支払うのは、ニーナの技術と心意気に高い価値をつけたからだ。ただで譲ってもらうことは、それを冒涜することだと思っている。くだらないこだわりかもしれないけどね。」  


最終的に、ニーナはその言葉で納得してくれた。


「ますます気に入ったよ。何ならつきあう?」


そんな冗談を言いながら。


その様子を見ながら、「うう、ライバル増えたぁ。」と、フェリは一人で落ち込んでいた。




ニーナの店を出ると昼時になっていた。


大太刀は砥を入れてくれると言うので、今日はそのまま預けてきている。


他にも伸縮式警棒二本とダガーを購入し、そちらは携行していた。


「お腹空いてない?」


「そう言えば、もうお昼ね。ランチに行きましょうか。」


フェリは何やら考え事をしているようだったので、リルがそう答えてくれた。


「いろいろとお世話になってるから、おごらせもらうよ。」


そう言って、ターニャの自宅に向かう。


「タイガさん、いらっしゃい。」


ターニャの母親が笑顔で歓迎してくれた。


店内はまだ閑散としている。


今は二組の客しか入っていないが、落ち着けばすぐに繁盛するだろう。


なにせ、料理がおいしいからな。


「昨日はありがとうございました。」


弟くんもカウンターから出てきてお礼を言ってくる。


「ここの料理がおいしいから、知り合いを連れて来たんだ。今日のおすすめをお願いしても良いかな?」


「はい。腕によりをかけて作りますよ。」


弟くんは気合い十分だ。


「キレイな女の子たちねぇ。ターニャもうかうかしてられないわぁ。」


母親の方がそんなことを言うので、「仕事仲間ですよ。」と答えておいた。




「美味しい。」


「うん。こんな良いお店があったんだね。」


海老とマカロニのグラタンと、魚のトマト煮込みがテーブルに並んでいた。


リルもフェリも幸せそうに料理の感想を言っている。


こういう時間って何か良い。


エージェントをやっていた時には味わえなかった些細な幸せというやつだろうか。


食後のコーヒーを飲んでいると奴が来た。


親子に緊張が走る。


貸金業者の金魚のフン。


巨漢くんだ。


「なっ!?」


俺を見て固まりやがった。


失礼な奴だ。


「何か用かな?」


ずっと固まった状態なので声をかけてみた。


「あ、いや、その・・・」


「んー?」


大丈夫か?


顔色が死人だぞ。


「しゃ、借金の返済をしたいから、連絡が欲しいって言付けがあったから来たんですよ。」


「ふ~ん、で?」


「しゃ、社長からの伝言です。今夜八時に、全額を事務所に持って来い・・・来て欲しいと。」


しゃ、しゃって歯の隙間から空気でも漏れてるのか?


それとも顎がしゃくれてるのか?


「わかった。それにしても汗がすごいな。病気か?」


「い、いえ・・・」


巨漢くんはそう言うと、逃げるように去っていった。


「もしかして例の話?」


「うん。例の話。」


勘の鋭いリルは、今の会話で悟ったらしい。










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