ギルドから歩いて二十分くらいのところに、その武器屋はあった。
街中なのに店舗だけでなく工房や住居らしき建物もある広い敷地。ギルドと同じくらいの規模があるのかもしれない。
「ここの店主は鍛治職人としても有名なの。まぁ、私の幼なじみなんだけどね。」
リルの幼なじみか。
鍛治職人というと、むさいおっさんというイメージが先行するが、イケメンだったりはしないよな。
店内に入ると、ちゃんとした正装をした渋いおじさんがいた。
おっさんじゃなく、おじさんだ。何だったら、おじ様でもいい。
このニュアンスの違いをわかってくれ。
「おや、リル様じゃないですか。お久しぶりです。」
渋い声だ。
将来はこんなおじさんになりたい。
「こんにちは、ティーンさん。今日はお客様を連れてきたの。ニーナはいる?」
「それはありがとうございます。店主をすぐに呼んでまいりますので、お待ちください。」
ニーナ?
店主?
もしかして女性なのかな。
そんなことを考えていると、
「リルじゃん。ひさしぶりだね。」
おぉっ!
すごいのきたぁ~。
170cmくらいの女豹をイメージするような女性。
スリムグラマーなお姉さんだぁ。
今更だけど、異世界のレベルは高い。
ニーナをガン見していると、後ろからの視線がなぜか痛い。
ああ、フェリさん。
やめて、瞳から軽蔑のビームを出さないで。
「それで、そこのタイガさんの武具を揃えたいってこと?」
リルが事情を説明すると、ニーナは値踏みするような眼で俺を見てきた。足の爪先から首の辺りまでを観察している。
武器の適性を知るための視線だと感じた。骨格や筋肉の状態を見ているのだろう。
「手を見せてくれる?」
手のひらを上にして見せると、ニーナはおもむろに両手で触りだした。皮ふの固さやマメの具合を撫でるようにして確認し、何度か頷いている。
近い。
胸の膨らみが上から見えてしまう。
あ、またフェリからの視線が・・・努力して目線を反らすようにした。
「あんた、極東の出身?」
入念な身体チェック?の後にようやくニーナが口を開いた。
質問への回答が難しい。
異世界から来た!とは言えない。
「そんなところかな。曖昧な返答で申し訳ないけど、事情があって詳しい出身地は説明しづらい。」
できるだけ失礼のないように答えた。
「ふ~ん、これって刀を振ったことのある手だよね。」
名の通った鍛治師だからか、ニーナは刀を知っていた。
それにしても、体や手を見ただけで刀を扱えることがわかるのがすごい。
「ニーナ、わかるの?」
リルが代わりに質問してくれた。
「まあね。刀は剣と違って扱いが難しいから。重心のかけ方とか筋肉のつきかた、手のひらの状態なんかである程度は推察できるんだ。ただ、タイガの場合はいろんな武器を使いこなすみたいだから、少し判断に時間がかかったけど。左手にある古い傷が決定打かな。」
素直にすごいと思った。
刀は反っている。
帯剣する時は抜きやすいように刃を上に向けるので、扱いが未熟なうちは鞘に納める時に手に独特な傷を負うのだ。
ニーナは幼少の頃につけた俺の傷跡を見て確信したのだろう。
本当に信頼のできる鍛治師のようだ。
「それと、私の体をジロジロ見ずに視線を外してくれてたから、人間としても信用できるかなって。」
あぶねぇ・・・
フェリよ、視線をくれてありがとう。
「私は信用できそうな人にしか武器は売らないようにしているんだ。うちから提供した武器で、嫌な事件とか起こされたくないから。」
本当に信用して良いようだ。
鍛治師としても、人間としても。
むしろ俺の方がヤバかった。
「ニーナさん、刀は取り扱ってるのかな?」
俺の質問にニカッと笑ったニーナは、
「ニーナで良いよ。ちゃんと使いこなせるのなら、見せてあげる。」
そう答えたのだった。
売り場ではなく、保管庫に向かっていた。
「刀は鍛治師の腕を極限にまで高める打刃物なの。このあたりでは剣が主流だけど、最近は型にはめて作るだけの大量生産品になりさがってるわ。」
「鋳造か。もろい剣しかできないだろうな。」
俺のつぶやきに、ニーナは眼を見開いた。
「詳しいね。もしかして、刀鍛治の経験があるとか?」
「さすがに刀鍛治の経験はないよ。あれは刀匠と言われるレベルに達するのに、最低でも5年はかかる。満足のいく鍛造ができるまででも、相当な努力が必要だろうし。」
「そうそう。鉄を鍛えに鍛えて、最高の強度にするまでが大変なんだ。タイガはわかってるよね!」
ニーナはおもちゃをもらった子供のような表情で、俺の背中をバシッと叩いた。
なんだろう、刀マニアか?
無意識にニーナの何かの扉を開いてしまった気がする。
「タイガのこと気に入っちゃった!とっておきのを見せてあげるよ。」
そう言って俺の手を取り、奥の方にズンズン進んで行った。
後ろではフェリとリルが目線を交わし、
「なぜこうなった!?」
と話していた。
保管庫の奥の壁に何本かの刀がかけてあった。
「扱いやすそうなのを選んで。」
まず、普通の刀を手にする。
軽い。
こちらの世界に来て身体能力が極端に上がってしまっていたので、扱うには少し重量がなさすぎる。
抜刀せずに壁に戻す。
目線を並んだ刀に戻し、一番端にあった刀を手にする。
他の刀よりも太くて長い。
太刀ではない。
陸場で主に使用される刀とは違い、馬上での使用が目的とされている太刀というのがある。名前から間違った認識をされやすいが、使用目的から片手でも扱いやすいように実は一般的な刀よりも軽量なものとなる。
「大太刀か。」
ぴくんっと、ニーナが反応した。
顔にはうれしそうな笑顔が浮かぶ。
大太刀はその名のとおり長大な刀だ。主に野戦での使用のために作られた。
甲冑や馬ごと切り捨てるポテンシャルがあるので、斬馬刀や野太刀とも言われている。
刃渡りは90cmほどだから、長大と言っても俺の体格なら扱いやすい。
「これを試してみて良いかな?」
「うん!」
ニーナは満面の笑みでそう答えた。