部屋を借りるために詳細条件をターニャの母親から聞いていると、突然入り口のドアが開いて柄の悪いおっさんと巨漢が入ってきた。
「まだめげずに営業しているんだな。」
柄の悪いおっさんが、メタボ腹を突き出してダミ声で言う。
俺はさりげなく服の中にあった
後ろに控えていた巨漢が見慣れない存在の俺に視線を送り、そのまま引き寄せられるようにネックレスに眼を止める。
フリーズする様子がおもしろい。
すぐに額から汗が吹き出し、頬をつたいだした。やはりランクSの威厳はすさまじいようだ。
「無視か?」
沈黙するターニャたちを見て横柄な言葉を放ち、同じテーブルにドカッと座るおっさん。
六人が座れるテーブルには、ターニャたち親子と俺を含む四人がいた。
「賃貸契約の話をしている。申し訳ないが、今は邪魔しないで欲しい。」
俺の言葉が気に障ったのか、おっさんはすぐに表情を変えて怒鳴ってきた。
「何だてめぇは?さっさと消えろ!」
「・・・社長。」
後ろの巨漢がおっさんに耳打ちを始めた。
ゴニョゴニョと話しているが、ランクSとか、最強のスレイヤーを倒したとか、機嫌をそこねたら石を投げてくるとか・・・ほとんど聞こえているぞ。
見ろ、ターニャたちが眼を見開いて俺をみつめだしたじゃないか。
「・・・・・・・・・。」
おっさんは真っ青になっていた。
火を着けたら燃え上がりそうなほど、脂汗がすごい。
「あ、あ、その・・・し、失礼しましたっ!」
そう言って、速攻で立ち上がり店を出ていった。
その反応を、ターニャたちは口を半開きにしてポカーンと眺めていた。
ターニャよ、その表情はやめた方がいい。
賃貸契約の条件が決まった。
毎月の家賃が八万ゴールドとの事だったので、十年分の前払いを提案してみた。敷金やら保証金やらを含めて、総額は一千百万ゴールド。事前に借金の総額が百万ゴールドと聞いていたので、それで賄えるだろうと判断した。
下手に援助という体裁をとると、彼女たちの心境に恩義という概念が根強く残る。等価交換にすることで、今後の精神的負担を少しでも減らしてあげたかった。
「本当に良いんですか?」
ターニャの母親が何度も確認してくるが、手持ちのお金を考えるとそれほど痛手ではない。
「当分はここを拠点に動くので大丈夫です。こちらも早く住む所が決まって助かりましたよ。」
本当に十年もここで暮らすのか?と問われると、正直わからない。
でも、拠点として確保しておくのはマイナスにはならないだろう。エージェントの職務でも何ヵ所かの拠点を持ち、状況によって使い分けていた。
緊急避難場所や休息の取れる場所は貴重なのだ。
それに美味しい食事というのは、これ以上にない活力につながる。
住居と食事の問題が同時に解決したと思えば、高い出費ではない。
賃貸契約と貸金業者への返済手続きを同じ日程で行うことに決めた。
後者との手続きには、俺が立ち会うことを伝えると、母親と弟は深々と頭を下げ、ターニャは瞳を潤ませながら感謝の言葉を告げてきた。
一通りの話を終えて店を出る。
周囲に害意のある存在は感じられない。貸金業者がターニャたちに余計な手を出す心配は、今夜のところはないだろう。
得体の知れないランクSスレイヤーを見極めてから行動しないと、自分が潰される破目に陥る。
そう感じているはずだ。
リルに聞いた話では、スレイヤーは尊敬の念だけではなく、畏怖の存在と感じる一般人も少なくはないらしい。
魔物や魔族から身を守ってくれる存在ではあるが、同時に絶対的強者でもある。特にランクがA以上ともなると人外扱いだ。
そのようなバックボーンがあるからこそ、貸金業者のようなやつらには脅威として映るのだ。
翌朝、リルとフェリがホテルまで迎えに来てくれた。
今日は街を案内してもらう予定だ。
「「!?」」
フロントから連絡を受けてロビーに下りていくと、俺を見た二人が目を丸くしている。
「ん、どうかしたのか?」
「タイガだよね?」
フェリが恐る恐るといった感じで確認してくる。
なんで?
「そうだけど、どうして?」
「別人みたい。」
え?
「髪切ったんだぁ。すっごい似合ってるよ!」
フェリの言葉で気がついた。
昨日は夕方まで爆発に巻き込まれたままの格好だった。
プチアフロみたいな髪型をしていたんだよな、俺。
「服も似合ってる。ちゃんとした格好をすると見違えるわね。」
リルがほめてくれた。
でも、普段からちゃんとしてない訳じゃないからな。
いつもあんな髪型をしてる訳じゃないからな。
自分でも恥ずかしかったんだからな。
「どっか行きたい所はある?」
フェリがそう言うので、「図書館」と答えた。
「図書館は平日しか開いてないわ。」
ということは、今日は土日祝のどれかになる。
「今日は何曜日?」
「日曜日よ。」
詳しく聞くと、一週間は前の世界と同じ概念らしい。
祝日は当然異なるが。
「それじゃあ、図書館には明日行くよ。」
学院の敷地内に入るためには、許可証がいるらしい。
図書館は一般解放されているとはいえ、身元保証が必要だとのこと。リルが手配してくれるようだ。
ここはギルバート家の権力にすがることにした。
「他に行きたいところは?」
再びフェリが聞いてきたので、こう答えた。
「部屋を借りたから、家具とか生活用品が買いたいかな。」
「え!?」
「部屋を借りたって、いつの間に?」
リルが驚きの表情で聞いてきた。
まぁ、普通はそう思うだろう。
二人に昨夜のことを打ち明けた。
「何、その悪質な貸金業者。腹が立つわね。」
フェリが怒ってる。
プンプン顔もかわいい。
「タイガの機転でそのターニャさん一家は難を逃れたけど、他にも被害にあった人がいるかもね。アッシュに相談してみようか?」
リルは今後の対策まで考えてくれている。アッシュはこの都市では領主代行みたいなものらしい。
「助かるよ。無理そうなら俺が排除するから。」
「排除って?」
俺はクスッと笑って、「排除は排除だよ。」と返した。
「悪い顔をしてるよ、タイガ。」
フェリがひきつった顔で指摘した。
リルの提案で、まずは武器屋と仕立屋に行くことになった。
スレイヤーになったのに、いつまでも丸腰のままと言う訳にはいかない。
仕立屋については、フォーマルウェアのオーダーのために行く。
リルによると、ランクSスレイヤーともなると賓客として式典に招かれたりする機会もあるのだそうだ。
「タイガの得意な武器って何なの?」
リルが質問してくる。
「模擬戦で使った警棒とナイフ。あとは・・・刀って知ってる?」
「刀って、極東の地域特有の剣のことよね?」
リルの言葉に驚いた。
あるのか?
この世界にも刀が?
「うん。知っているのか?」
「話には聞いたことがあるわ。実際に使ってる人は見たことがないけど。」
あぁ、やっぱり手に入れるのは厳しいか。
対人戦闘であるなら、ナイフや警棒でも対処は難しくないだろう。
むしろ、刀身が薄い刀で両手剣などと打ち合うのは折れるリスクが高い。居合いのような一撃必殺で相手を仕留めなければ、あまり武器としては有効ではないのだ。
だが、魔法や強靭なパワーを軸として戦う魔族や魔物が相手なら勝手は違う。
魔法の使えない俺にとっては、刀は最良の武器となるといっても良いかもしれない。
刀身によるリーチと斬撃による致死力。そして風撃斬の切れ味も段違いなものとなる。
「この地域で一番の武器屋さんがあるわ。そこで聞いてみましょう。」
リルは何でも良く知っている。
頼りがいがあって抱き締めたくなるよ。
実際にそんなことはしないぞ。
セクハラだしな。
本当だぞっ。