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第35話 異世界生活の始まり③

改めて自己紹介した。


美容師はターニャという名前らしい。


「私もお腹が空いたなぁ。その、ご一緒しても良いですか?」


向こうから誘ってきた。


「良いよ。」


即答する。


そして、同時にソート・ジャッジメントのスキルで悪意がないか確認した。


ターニャに悪意は感じられない。むしろ純真さの方が勝るようだ。


そして・・・濃い影が見えた。


深い悩みがある者にスキルを使うと、垣間見ることがある影。


命に関わったり、将来が閉ざされたりするほどの重度な悩みに限るのだが。


エージェントは職務が最優先である。身近に困っている人がいても、任務の妨げになるのであれば関わることはご法度とされていた。


だが、ここは違う世界だ。


前の世界でできなかったことを実現するのも良いかもしれない。


無償の人助けというやつを。




ターニャに連れられて訪れたのは、三階建ての落ち着いた建物にあるレストランだった。


「あ、あの···。実はここ、私の家なんです。」


申し訳なさそうに話すターニャ。


「そうなんだ。レストランをやってるんだね。」


「はい。味は保証できます。」


一階に店舗、二階が居住空間。


三階は外部に階段が付いているので、別世帯の住居というところか。


「ただいま。」


ドアを開けたターニャが、帰宅のあいさつをしている。


「おかえり。」


店内はテーブル席が四つ、カウンター席が五つとそれほど広くはない。


全体的に木を基調とした清潔で落ち着いた空間と、チェックのテーブルクロスが洒落ている。


「あら、お客様?いらっしいませ。」


ターニャと同色の髪をし四十代らしき女性。母親だろう。


カウンターの中にはもう一人、ターニャと雰囲気の似た男性もいた。


「美容室のお客様に来てもらったの。タイガさん、母と弟です。」


「あらあら、それはようこそ。いつも娘がお世話になっています。」


柔和な表情をしている母親だが、目元に浮かんだ疲れは隠せない。


「はじめまして。タイガ・シオタです。ターニャさんにこちらのレストランが美味しいごはんを出すと聞いたので、連れてきてもらいました。」


ターニャの母親はふふっと笑い、


「じゃあ、腕によりをかけて作りますね。」


と言ってくれた。




出された料理はものすごくおいしかった。


トマトのスープと牡蠣のバターソテーで、パゲットを何回もおかわりした。


「すごい食欲。」


クスクス笑いながら、ターニャが今日一番の笑顔を見せてくれる。


「おいしいからね。」


口をモグモグさせながら答えると、カウンター兼厨房にいたターニャの弟が、


「ありがとうございます。まだまだおかわりできますよ。」


と笑いながら言ってくれた。


長時間食事を抜いていたのもあるが、知っている食材でほっとしたことと、お世辞抜きに美味しいかったためまだまだ入りそうだった。




「話してくれないかな?」


「えっ?」


食後のコーヒーを飲んでいる時に切り出した。


「何か相談事があるんじゃないかな?」


「どうして・・・わかるんですか?」


「直感かな?」


驚いた表情でじっと俺をみつめてくるターニャ。


そして、


「ごめんなさいっ!」


突然頭を下げだした。


「髪をカットしている時にタイガさんがスレイヤーだとわかって・・・ここに連れてきました。」


認定証であるネックレスが見えたのだろう。


「顔を上げて。相談なら乗るから。」


顔を上げたターニャはすぐに迷いをふっきたのか、まっすぐな瞳で語りだした。


話の内容はこうだ。


一年前にターニャの父親が病に倒れた。


難病で高額な治療費と看病が必要となり、店を閉めて借金でまかなうこととなった。


残念なことに父親は半年後に他界し、残ったのは多額の借金と、抵当権をつけられた自宅兼店舗のみ。


まだ就学中だった弟は卒業してすぐに店を手伝うようになったが、休業期間が長く、腕の良い料理人であった父親がいなくなったことで、経営は低迷の一途をたどった。


それに加えて、借金した業者が悪質で、ここを立ち退かせるために営業中に嫌がらせをするようにもなったらしい。


今も夕食時なのに、客が一人もいないのはそのせいだろう。


「それだけじゃないんだ!返済を遅らせて欲しいのなら、姉ちゃんに妾になれって言ってくるんだ。あいつら人間じゃないよ。」


悔しそうに話すターニャの弟は、鼻を真っ赤にして今にも泣き出しそうだ。


「だから・・・嫌がらせに来る人も、スレイヤーであるタイガさんがいる前では手荒なことはしないと思って。利用するような真似をして本当にごめんなさいっ!」


よくある話なのかもしれない。


だが、直面するとやるせない。


「料理が美味しい店を紹介してくれたのは事実だし、利用されたなんて思ってないから謝らなくていいよ。」


ターニャの何度目かの謝罪に、俺はそう答えた。 


目に涙を浮かべたターニャは、本当に申し訳なさそうな顔をしている。


「ところで、三階は誰か住んでいるのかな?」


「えっ、三階ですか?」


急な質問に驚いたようだが、すぐに現状を話してくれた。


「三階は賃貸でお貸ししているお部屋なんです。春までは魔導学院の生徒さんが住んでいましたが、寮に空きが出たようなので引っ越していきました。今は空き部屋です。」


三人とも質問の内容に怪訝な顔をしている。シリアスな話の途中なのに、空気が読めない奴みたいになって申し訳ない。


意図を明かした。


「今日、この街に来たばかりなんだ。住むところを探している。」


一瞬の間の後に、


「もしかして、三階のお部屋を借りてくれるのですか?」


恩着せがましいのは嫌いだった。


俺が三階の部屋を借りることで、途絶えている賃貸収入と貸金業者への牽制につながるだろう。外から見た時に三階にはカーテンがなかったため、空き部屋ではないかと感じていた。


俺にとっても渡りに船だ。


メリットは勝手に感じてくれれば良い。


「うん。そうなればこちらも助かる。」


「だ、大歓迎です!」


ターニャの顔が一気に明るくなった。どうやら、意図を汲み取ってくれたようだ。



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