「それじゃあ、あとは泊まるホテルね。何か希望はある?」
「それなりの設備が揃ったホテルが良いかな。」
「じゃあ、こっちね。」
少し歩いて瀟洒な建物に行く。
「ここは必要な設備が全部そろっているし、部屋も静かでくつろげると思うわ。少し高いけれど、ゆっくり休めた方が良いと思うから。」
リルは的確に物事を進め、最良の提案をしてくれる。フェリも社会勉強といった感じで興味津々だ。
「わかった。いろいろとありがとう。」
礼を言うと、「フェリ、街の案内は明日にしようか?」とリルがフェリに確認する。
「うん。タイガもそれで良いかな?」
「ああ、まかせるよ。」
そう言って二人と別れた。
ホテルのフロントに向かう。
若いフロントマンは俺の姿を見て眉をピクピクさせていたが、「いらっしゃいませ。」と普通に声をかけてくれた。
こんな格好でも門前払いされなかったことを考えると、ちゃんとしたホテルなんだろう。
「こんな姿で申し訳ない。スレイヤーなんだが、今日泊まれるかな?」
認定証を提示しながら話す。
「それはランクSの!?は、はい!喜んで!!」
ランクSの威厳はすごいらしい。
部屋に案内されて、室内に入る。
ダブルベットとソファー、執務机があるが、それでも余裕のある広さだった。家具も寝具も安物ではなく、これで一泊一万ゴールドなら満足度は高い。
さっそくシャワーを浴びて、汗と疲れを洗い流す。
髪を洗っていると、何ヵ所かの毛先がチリチリになっていた。爆発で焦げたのだろう。
さすがに気になるので、シャワーを出てから購入した服を着て外出することにした。
ホテルの近くに美容室を見つけたので入った。
毛先のカットと顔剃りをしてもらう。
こうしていると、異世界に来たという違和感はほとんど感じられない。エージェントとしての任務で海外に出向いた時と大差がないのだ。
「お客様の髪、キレイですね。」
茶色の髪をショートカットにした美容師が話しかけてきた。ボーイッシュな雰囲気をしているが、瞳が大きくキュートな感じだ。
胸が大きく、顔を剃ってもらっている時にたまに頭に触れるので、心地いい思いをさせてくれていた。
「そぉ?」
「はい。艶やかな黒髪って憧れます。神秘的で。」
「生まれ育った場所だとこんな髪質が普通だったから、気にしたことはないかな。」
「東の方の出身ですか?」
「うん。逆に無いものねだりで、そんな茶色の髪が羨ましいと感じたりもするよ。似合っているし。」
「えっ、そんなものですかね?」
髪をほめられてうれしいようだ。
はにかんでいる。
「そんなものだよ。」
笑顔で返答しておいた。
胸のお礼だ。
美容室を出た後、繁華街らしき場所が見えたのでそちらに足を運んだ。
もう夕方というより夜だ。
長い一日だったが、ずっと何も食べていないことに気がついた。
腹がへった。
異世界の食べ物って何となく怖い気がするが、これからは日常的に摂取しないといけない。
服のように違和感のないものであることを祈りながら、飲食店を眺めて歩く。
ふと、ガラス張りのバルのような店舗に眼が吸い寄せられた。
見覚えのある二人が、立ち飲みしながら会話をしているようだ。
なぜか、涙と鼻水を流しながら頷きあっている。
なんだ、どうした、ラルフ&元ランクS認定官。
その瞬間、この店は俺の選択肢から消えた。
中の二人に気づかれないように、店の前をそっと離れる。
しばらく行くと、肉の焼けるいい臭いがしてきた。
店先で串を打った肉が炭火で焼かれている。
何の肉だろうか?
とりあえず旨そうだから、候補としてキープする。
旨そうな臭いがしている店は多いが、何の食材を使っているのかがわからない。
店先のメニューを見ても、固有名詞の理解ができない。
躊躇っていても仕方がないが、初めての異世界メシでトラウマを作りたくはないので、慎重になってしまう。
そんなふうにキョロキョロしているうちに、袖を引っ張られた。
「お客さん、何をしているのですか?」
声の方を見ると、さっきの美容師だった。
「あれ、仕事終わったの?」
「はい。帰る途中です。」
ニコッと笑う笑顔が、とても素敵だ。
どうやら三十分以上うろついていたようで、空を見上げるとさらに暗くなっていた。街の灯りで気づかないほど警戒心が解けているようだ。
元の世界では気軽に街をうろつくなんてこともできなかった。
「接客スマイルよりも、今の笑顔の方がいいね。」
「え、違います?特に意識はしていないんですけど・・・」
「俺の勝手な感想だから気にしなくていい。」
店にいる時の方が少し表情が固い気がするが、余計なお世話だろう。
「フフッ、お客さんおもしろいですね。何をしていたんですか?」
「お腹が空いたからご飯を食べたいと思って。美味しそうな店を探してるんだけど、お薦めはあるかな?」