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第32話 対決!アッシュ・フォン・ギルバート②

衝撃的だった。


フェリだけではない。


リルも、観戦しているギャラリーも、意識を取り戻した認定官たちやラルフも。ここにいる全員が、次元の違う戦いに釘付けになっていた。


「何なの・・・アッシュは本気だし、それに互角に渡り合えるタイガも。」


「眼で追うのがしんどいくらいのスピード・・・あれは!?」


一度打ち合った後に、再び炎撃を連弾で放つアッシュ。


それに対抗するタイガは、体全体を使ったフォームから警棒をものすごい勢いで振り回し、風を圧縮した連撃を放つ。


出現した炎撃のすべてに風撃斬が命中し、魔法そのものを打ち消した。


そしてまだ止まらない。


警棒から生み出される風撃は、炎撃を消滅させてもなお発生し、アッシュを襲う。


「マジか!?風撃無双をあんな警棒で。一度見ただけなのに・・・」


認定官のひとりがショックで呆けたような表情になっていた。




「嘘だろ。」


一方、ラルフはかつて見たことがない本気のアッシュと、それに対等に渡り合うタイガに鼻水を出しながら畏怖の念を抱いていた。


「無理だ。あんな奴等を相手になんかできるわけがない・・・」


涙眼で頭を抱え込んだ。




襲い来る無数の風撃無双に、アッシュは剣で対抗していた。向かってくる風撃を剣の斬撃で相殺する。


かつて、認定官との模擬戦で経験したことのある風撃無双。


しかし、タイガの警棒から放たれるそれは、見た目こそは酷似していたが、威力は段違いのものがあった。


『そもそも、剣とは違って太くて短い警棒で風撃を出せるなんて、どんな戦闘センスをしてやがる。』


剣は刃先が薄い分、キレのある斬撃を出しやすい。風撃斬はその斬撃を突き詰めることで完成する。


それに比べて、太くて短い警棒は斬撃などという概念とは無縁なものだ。とうてい模倣するなんてレベルではない。


先ほどまでとは違い、アッシュにはすでに精神的な余裕がなかった。


一撃一撃に集中して捌かなければ、呑み込まれる。


そう感じた瞬間、アッシュは自分に迫る気配に気がついた。


風撃の対処に意識をそらせ、自らの気配をぼやけさせたタイガが間合いを詰めてくる。


風撃無双はタイガにとって必勝の技ではない。


アッシュの誤算はここに露呈した。


『なっ!風撃無双が牽制だと!?』


アッシュはタイガへの攻略として、炎撃を利用した奇襲を敢行した。


魔法による身体能力の強化を最高値までかけた上でだ。


想定では、身体能力値は魔法による強化でほぼ互角。


体術を得意とするタイガへのイニシアチブを取るため、剣による斬撃を行うことで自分が優位に立つことを計算していた。


しかし、予想外の風撃無双とその威力。そして戦闘中の対応力と、トリッキーな動きがアッシュの想定をこえていた。


ルールが定められたスポーツとしての試合であれば、アッシュはこのような劣勢には陷らなかっただろう。


タイガの忍の末裔としての練度と、エージェントの職務で培った経験値は対人戦、特に一対一の勝負で無類の強さを発揮するに至ったのだ。


間合いはすでにタイガの距離だった。


死角からの一撃。


アッシュの重心は逆方向にぶれており、カウンターや防御は体制的にも不可能。


見守るすべての者がアッシュの敗北を感じた。


だが、


『悪いが、敗けねぇ!』


アッシュの最大の武器は剣術でも炎撃でもない。


無詠唱魔法。


この世界の魔法は、詠唱することにより精神の集中と魔法式の形成をもたらす。無詠唱の魔法は、不安定で発動に至らないというのが定義である。


しかし、アッシュは自らが持つ先天的なセンスにより、無詠唱による魔法の発動を実現した。


短時間で効果が消えてしまうデメリットは伴うが、詠唱時間がいらないことで瞬時に戦況を変えることができる。


近接戦においてはこれ以上のものはない。


『硬化魔法!』


無詠唱による防御魔法を発動し、体を一時的に硬化する。


警棒がアッシュの首に叩き込まれた。


ノーダメージ!


体制を切り替えたアッシュが、袈裟斬りに剣を振るう。


風を切り裂く唸りをあげて、タイガの首筋に一直線に剣が走った。


ゴキンッ!


斬撃がタイガに直撃する寸前で、甲高い音を立てて剣が折れた。


タイガの警棒が、またもやアッシュの剣の側面を叩いたのだ。


「狙っていたのか!?」


唖然としたアッシュは思わず口走った。


最初の打ち合いの時。


風撃無双による数十回に渡る衝撃。


そして最後の一撃。


剣の側面は刀背や刃部分に比べて薄い。やわではないが、耐久値を上回る衝撃を与えれば折ることは理論上可能だ。


互角の戦いの中で狙ってできるようなものではない。


タイガにはそれを実現してもおかしくない奥深さがあった。


「まだ続けるか?体術なら俺の方が優勢だと思うが。」


タイガの言葉は否定できない。


剣が折れた状態で、このまま模擬戦を続けてもアッシュの敗北は見えていた。


「ふっ、くくく。俺の敗けだ、完敗だよ。」


戦いにおける着地点と、それに対する攻撃の組み立て。


今から考えると、タイガに誘導されていたように思える。


常に一手先を読み、自分に勝機を呼び寄せる。やはり、この男は強い。


「タイガ・シオタ。ランクS確定だ。」


アッシュの一言で勝敗は決し、模擬戦という名の等級認定は終了した。


取り囲むギャラリーからは、盛大な歓声と拍手が起こる。


「兄さんが敗けるの、初めて見た。」


フェリは兄が敗けたにも関わらず、ある種の感銘を受けていた。


魔法の効かないタイガ。


その固定観念が視野を狭めていた。直接の魔法攻撃は通用しなくても、視野を阻む壁には使える。体や武器に魔法を付与することで、間接的な攻撃や防御にも流用ができる。


魔法は万能ではないが、要は使い手しだいなのだ。兄の戦い方は、正にそのお手本だろう。


そして、タイガの戦いにおける状況判断力や、緻密に計算された攻撃手順は魔法士としても参考になることが多かった。


できることが制限されていても、その都度最大限の効果を発揮できる手法を選択し、最良の結果を導きだしていたのだ。


魔法には創造性と工夫が不可欠である。タイガの姿勢には類いするものがあった。


「私ももっとがんばらなきゃ。」


二人に触発されたフェリは、今後の課題を頭の中でイメージするのだった。













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