「模擬戦終了だ。」
アッシュの声が響くと、周りが歓声に包まれた。
何となく気がついていたが、ギャラリーが増えている。
暇なスレイヤーやギルド職員が観戦に来たようだ。
「あのボサボサ頭の奴すげーっ!」
「認定官って、めちゃくちゃ強くなかったか?俺は等級認定でフルボッコにされたんだぞっ!」
などといった声も聞こえてくる。
そうなのか?
この世界の強さの基準がイマイチよくわからない。
ああ、そう言えば俺、爆発に巻き込まれた格好のままだったな。
ちょっと恥ずかしいぞ。
怪訝な表情をしていると、アッシュが声をかけてきた。
「おつかれ。思った通りやるなぁ。」
「ラルフはいいとして、認定官たちは現役を退いてから長いのか?」
「う~んと、1~2年くらい前までは現役だったはずだぞ。」
そうなのか?
はっきり言って手応えはなかったぞ。
「そんな難しい顔するなって。次は俺とだから退屈はさせないぜ。」
親指を立ててニカッと笑うアッシュ。
まぁ、あまり期待せずに聞いておこう。
「あ、そうそう。今の模擬戦でタイガのランクは暫定Aだから。俺に勝ったらS当確だ。」
ちょっとやる気がでた。
単純だな俺も。
ランクAの支度金は確か1000万ゴールドだったな。
認定証でもあるネックレスの価格価値から考えると、1000万円=1000万ゴールドくらいの換算で良いのかな?
服とか武具が買えるし、とりあえず衣食住は何とかなるか。
そんな計算を難しい顔でしていると、勘違いされたのかフェリが話しかけてきた。
「おつかれさま。やっぱりタイガは強いね。でも兄さんには気をつけて。さっきの人たちが束になっても勝てないくらい強いから。タイガなら良い勝負ができるとは思うけど、ケガはしないでね。」
労いとアドバイスに、思わずフェリの頭に手をやって撫でてしまった。
「えっ?ふぁっ・・・」
「ありがとう、フェリ。」
ニコッと笑うと、フェリはタコのように真っ赤になってしまった。
「お、おい。フェリちゃんがデレてるぞ!」
「他の奴があんなことをしたら死ぬぞっ!」
「シスコンのギルマスが何も言わない・・・いつもなら即治療院送りなのに。」
ギャラリーから不穏な声が聞こえてきた。
そうなんだ・・・気をつけよう。
「さあ、始めようか。」
何かを気にした雰囲気もなく、アッシュが模擬戦に誘ってきた。
模擬戦というルールの元で俺を葬るつもりじゃないだろうな。
頭を撫でるのはセクハラか?
いや、貴族だから不敬にあたるのか。
何にしても、前の世界とは常識が違うようだから自重しなければ。
そんなことを考えながら、アッシュと対峙する。
彼は別人のように雰囲気が変わっていた。
ギャラリーは沈黙し、ひきつった顔の奴が絶賛増殖中といった感じだ。
これは最初から本気で行くべき相手かもしれない。
「さぁ、楽しい模擬戦の開幕だ。」
アッシュの口元には、えげつない笑みが浮かんでいた。
随分と楽しそうだ。
飄々としていたこれまでとは違い、重苦しい気を放つアッシュ。
国内最強スレイヤーの名は伊達じゃないようだ。
「最初に言っとくが、お前は強い。手加減なしで行くから死ぬなよ。」
低い声音で話すアッシュ。
模擬戦が生き死にを気にするようなものだったか疑問だが、こちらも真剣にやる必要があるだろう。
「行くぞ。」
アッシュがそう言った瞬間、突然炎の壁が俺たち二人の間に出現した。
魔法。
詠唱しているようには見えなかったが。
こちらからアッシュは見えないが、気配を読む。
来る。
炎の壁の数ヶ所が盛り上がり、直径二メートルほどの炎の玉が出現して高速でこちらに迫ってくる。
合計六つ。
魔法が効かないのを承知の上での発動か。
なら、考えられる攻撃パターンは予測できる。
俺は右から二つ目の炎の玉に突っ込んで警棒を振るった。
ガッキィーン!
金属同士が衝突。
剣と警棒が弾きあい、火花を散らす。
炎撃を隠れ蓑に使った奇襲。
先ほどの俺の戦い方の応用だ。
俺は弾いた剣の側面──平たい部分に反対側の手に持った警棒を叩きつけた。
ガッ!
鈍い音が鳴る。
そのまま裏拳の要領で回転し、アッシュのこめかみ部分に警棒を振るう。
紙一重でかわすアッシュ。
すぐに間合いを取り、再び炎撃を開始した。
こいつ、戦闘センスの塊だな。
素直にアッシュの攻撃に感嘆する。
一度見ただけの攻撃を模倣するのは簡単なことではない。
タイミングが難しいのだ。
だが、俺も得意なんだよ。
人の物真似が。
足を踏み出し、腰の回転につなげて警棒を振るう。
風撃斬!
そしてその反動からの風撃無双!
アッシュの眼が驚きで見開かれた。