一悶着あったが、ようやく模擬戦が開始である。
始まる前に何やらどっと疲れてしまった。
「あっ、今から始まるのか?俺も参加するぞっ!」
来たよ、空気の読めない奴が。
ラルフめ。
「あぁ?ラルフも参加するのか!?でしゃばんじゃねーよ!」
認定官は今だにキレている。
「なんで怒ってるのかわからないが、俺もあいつには思うところがある。一緒にやらせてくれ。」
「だったら、足を引っ張んなよ!」
認定官どもは簡単にラルフの参加を承認した。
おいおい。
「ったく、仕方がないなぁ。じゃあ始めるぞ。認定官五名とおまけのラルフ・ヒットマンによるタイガ・シオタの等級認定、はじめっ!」
アッシュ、お前も空気を読めよ。
おまけはかわいそすぎるだろう。
相手の六人は扇状に広がり、俺との間合いを計りだした。
全員が武具を装備。
片手剣が三人、両手剣が二人、ダガーが一人。
それぞれが独特の構えでリズムを取っている。
エージェントの職務で、敵との近接戦に使用される武器はナイフか無手が多い。
近代社会においては、剣で戦うことなどほとんどないと言っていい。
だが、剣を相手にする時に気をつけないといけないのは、武器ごとの間合いが違うということだけだ。相手の呼吸や各部位の緊張を瞬時に観察し、動きを読むということに関しては何も変わらない。
俺は膝を落とし、右手に持った伸縮式警棒を地面をすくうように振るった。
ガッ!
転がっていた小さな石が警棒に弾かれ、真ん中の認定官の額を打つ。
「あうっ!」
一人目離脱。
力の加減に細心の注意を払い、相手の命を奪わないようにしないといけない。
模擬戦は俺にとって、この世界の人間の実力レベルを知り、自らの力のコントロールを磨く大事な効果検証の時間に位置づけていた。
「マジかっ!?」
「あんなので倒されるなんて・・・」
認定官たちが驚きと焦りの表情を浮かべる。
「ま、魔法で集中砲火よ!」
「だめだっ!あいつには魔法は効かないっ!!」
女性認定官の提案に、ラルフがすぐに否定の言葉をならべる。
「いや・・・効かなくても、意識的な牽制はできるはずだ!」
「よしっ!」
男性認定官が良い判断をする。
確かに魔法でダメージを与えることができなくても、精神的な恐怖心は煽れる。
ただし、一般人が相手の場合に限るが。
炎撃と氷撃。
ラルフ以外の全員が魔法を放ってくる。
だが・・・
俺は斜め前方から迫ってくる炎撃に正面から飛び込んだ。
「「「「なっ!?」」」
炎撃が壁がわりとなり、撃ち手の視界から俺の姿を隠す。
すでに間合いは半分。
魔法は俺に直撃した瞬間に消滅する。
撃ち手の女性認定官は突然俺の姿を視界に捉え、驚愕と混乱に陥った。
そのまま距離を詰め、みぞおちに警棒を握ったままの拳を入れて戦闘不能にする。
二人目離脱。
すでに魔法が効かないと立証済みの俺に恐怖心などないのだ。
この状況を目の当たりにした残りの認定官とラルフは、「こんなめちゃくちゃな奴と模擬戦なんかやるんじゃなかった。」と、すでに後悔をし始めていた。
気絶させた女性認定官の片手剣を手に取り、ブーメランのように投げる。
回転しながら飛ぶ剣は、一番近くにいた認定官の足にあたり、体ごとなぎ倒した。
「ぐわっ!」
至近距離すぎて少し威力が足りなかったが、足止めにはなっただろう。
他の三人は間合いから遠ざかると不利だと判断したのか、一気に距離を詰めて同時に襲いかかってきた。
完全に囲まれる前に、俺は石を投げる振りをする。
拳の中には何もない。
脅迫観念という奴だ。
先ほどの石での攻撃が目に焼きついている場合は、無意識に警戒する。
案の定、もう一人の女性認定官が腕で顔を守る姿勢を取った。
すかさず背後に回り込み、首筋に当て身をくらわせて昏倒させる。
三人目離脱。
そのまま剣を足に投げつけた奴のところまで迫り、立ち上がろうとしている上体に向かって前蹴りを入れた。
胸にまともに入る。
四人目離脱。
ラルフと残りの認定官は、唖然として立ち尽くしていた。
魔物狩りはともかく、対人戦では俺の方が経験値が高いようだ。