フェリはいつものようにみんなと巡回に出た。
魔族の占有地の近くで異常がないかの定期的な巡視。
正直、めんどうではあるけれど、職務だから仕方がない。
普段のフェリは学生をしている。魔法についての勉強で一日の大半を費やすことがほとんどだ。
領地内にある王立魔導学院分校の二年生で、主席の成績を維持している。
王立魔導学院は、国内でもエリートが通う学園として有名だ。宮廷魔導士の登竜門ともいわれている。
魔族の脅威にさらされるこの地にある分校は、本校を凌ぐ実践カリキュラムが組まれており、座学に片寄りがちな魔導学園の中でもレベルが段違いに高かった。
様々な地域から特別推薦枠でしか入学を許されないその学院で、主席という立場は羨望の的である。
しかも、フェリの容姿は群を抜いており、交際を申し入れてくる男子は後を絶たない。
フェリはつきまとってくる男子に煩わしさを感じていて、基本的に異性には冷たい態度を取るようにしている。
以前に普通に接していた男子生徒にストーカーまがいのことをされ、実力行使で排除した経験からそうなった。
女子生徒とは仲が良いが、男子生徒からは「氷の女王」などという腹立たしいあだ名で呼ばれていることも知っている。
巡回では姉のように慕っているリルと同行するのが楽しい。
二つ年上のリルは美人で明るく、フェリとは話がはずんだ。
「よく異性につきまとわれて困る」という共通の悩みもあり、兄二人しかいないフェリにとっては頼もしい相談相手でもある。
巡回中はコイツ──ラルフがいちいち会話しようと話しかけてくるのがストレスにはなったが、うまくあしらう術を教えてくれたのもリルだった。
正直なところ、恋愛に興味がない訳ではない。
でも、自分よりも能力で劣る相手とつきあう気は一切なく、容姿に関しても理想が高いので彼氏いない歴=年齢なのである。
傲慢そうに思われるかもしれないが実はそうではなく、これも過去の苦い経験によるものなのだ。
もともとは明るく世話好きな性格なので、幼少の頃から友達づきあいをしていた異性の数は非常に多かった。しかし、思春期を迎えると、フェリの圧倒的な魔法技術や容姿に劣等感を持ち、ほとんどが疎遠となってしまう。
フェリと一緒にいることで大人からは能力を比較され、同年代の者たちからは釣り合いがとれないからと嫉妬によるいじめを受けたり、疎外されてしまうのである。
当然の結果として、自然と異性から敬遠されるようになってしまったのだ。
今、つきまとってくる異性たちはそんな事情を知らない貴族の子息ばかりなのだが、彼らは外見や家柄に重きをおき、内面を見ようとはしない。
そんなのはお断りだった。
ラルフもそんなひとりではあったが、分家という親戚の立場であり、スレイヤーとしても一緒に活動するので仕方がない。
ただ、彼はその劣等感を自ら受け入れ、時にそれに甘んじる態度を取るので、フェリにとって恋愛対象には絶対にならなかった。
外見も性格も体育会系すぎるのが拍車をかけているのは言うまでもない。
フェリはルックスの好みがどんなものなのかは、自分ではよくわかっていなかった。どちらかというと、洗練された物腰や気遣いができる人が好ましいと思う。
そんな恋愛未経験のフェリに、突然の出会いが訪れた。
山間部を歩いていると、不自然な音が突然聞こえてくる。
バァーン!
という、何かが弾けるような音の後に
ドンッ!
ドシンッ!!
と、重量物が地面に突き刺さるような音と地響きがこだました。
「何?今の音は!?」
普段では起こり得ないような状況に緊張が走る。
「俺が見てくる。三人は他に異常が起きないか気を配っていてくれ。」
兄であるアッシュが、ひとりで状況確認に向かった。
あのような地響きや不自然な音は巨大な魔物が発現した可能性も考えられ、原因を突き止めることが急務となる。
山間部とはいえ、巨大な魔物が発現すると、他の魔物を誘導して街を襲うというような事例が過去に何度もあったからだ。
巨大魔物は魔力の滞留による突然変異であったり、魔族の術式によるものであったりと、その発現原因には様々な説があるが、明確に解明されていないといった方が正しいのかもしれなかった。
一体でも発現するとその脅威は天災級となり、ひどい場合は人口数万人規模の都市が壊滅させられることもある。
「ただの倒木ならいいけど。」
隣にいるリルの言葉にフェリはうなずいた。
「何かが来る。」
ラルフがつぶやいた。
彼は武芸に優れていて、人の気配を察知する。
フェリやリルも魔法による索敵ができるが、どちらかというと対象の魔力を察知する効果であるため、魔力が小さい相手や抑制する術を使われているとあまり広範囲では察知できなかった。
アッシュが去ってから一時間くらいが経過している。
何かが迫ってくる方角に気をやっていると、かなりの速度で黒髪長身の男が走ってきた。
うそっ!?
速い!!
フェリは驚愕して、その男を注視してしまっていた。
馬が全力で駆けてくるかのようなスピード。
恐怖を感じていい状況なのに、その黒い瞳に吸い込まれそうな気がして動けなかった。
そこにいる全員が呆気にとられて動けない中で、黒髪の男は跳躍する。
15メートルほど先から高く跳んだ彼は、フェリの頭上を遥かに越えて真後ろに迫っていた魔族に攻撃を加えたのだった。
そして驚いたことに、黒髪の男は素手で魔族を倒してしまう。
後で話を聞くと、異世界から来たエージェントだそうだ。
エージェントというのが何なのかはよくわからないが、人々を守護するという意味ではスレイヤーと存在意義が似ている気がする。
魔力を持っておらず、そのためなのか魔法がまったく効かない体をしていた。回復魔法であるヒールすら何の役にも立たないのだ。
異世界から来たのでそう言った概念がないのかもしれないが、大ケガや大病を患った時にはどうするのだろうか。
そんな状態で、彼は私を助けるために魔族と戦ってくれた。
突然知らない世界に飛ばされて、不安で仕方がないはずなのに。
見ず知らずの私を助けるために。
「タイガは魔族の存在を察知して、脇目も振らずに助けに向かってくれた。あの時に躊躇していたら間に合わなかったかもしれない。」と兄からは聞いている。
彼がいなければ死んでいたかもしれないかと思うと改めて恐怖が襲ってきたが、それ以上に別の意味で心臓が高鳴った。
タイガは爆発に巻き込まれた時の格好のままで、ボサボサの頭と血や煤で汚れたままの服装をしている。
そんな格好だからこそか、他の部分が尚更際立って見えた。
背が高く、細身ながら鍛え抜かれたムダのない体格。
洗練されたたたずまい。
柔らかい物腰と、落ち着いた声音。
どれも、この世界の男性とは一味違った。
フェリは初めて異性に対して「かっこいい。」と感じたのであった。