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第24話 コードネームはザ・ワン②

「なんだ?歯切れの悪い回答だな。」


またおっさんが余計なことを言う。


「記憶喪失らしいぞ。」


アッシュがフォローを入れてくれる。


女性陣ふたりがラルフに冷めた眼差しを送った。


たぶん、このオッサンはいつもこんな感じなのだろう。悪い年の取り方をする奴は結構多い。


俺は決意した。


どうせ元の世界に戻れる訳じゃないし、記憶喪失を語っても矛盾が必ず出る。それに、短いつきあいではあるが、アッシュは信用して良い気がした。最悪の場合は、身体能力にものをいわせて逃げればいい。


腹を割って事実を伝えることにする。


アッシュたちには、次のことを要点だけまとめて明かした。


別の世界で死にかけた上に、爆発に巻き込まれて気がついたらこの世界にいたこと、元の世界では32ヵ国が加盟する世界安全保持連盟WSRのエージェントとして非合法組織や危険分子への諜報・工作活動を任務として担っていたこと。


そして、自分がいた世界では魔法も魔力も存在せず、なぜ言葉が通じるのかはまったくわからないということについてだ。


話を聞いた全員が神妙な面持ちとなったが、幸いにも「こいつ頭おかしいんじゃねーか?」という反応を示したのはラルフだけだった。


またコイツか。腹立つ。


「ちょっと魔力測定をしても良いかな?」


沈黙という重たい空気を破ったのはフェリだった。


申し訳なさそうな顔で聞いてくる。


「ああ、かまわない。」


そう答えると、フェリが何かをつぶやきだす。


「本当に・・・魔力がまったく感じられないわ。」


魔力測定の結果をみんなに伝える。


「この世界の人間はみんなが魔力を持っているのか?」


「人間だけじゃないわ。魔族も動物も植物や石だって、物体なら少なからず魔力を持っているはずよ。」


「ひとつ疑問がある。魔力のない相手に魔法を使っても、効果がどうなのかはわからないのか?」


「えっ?」


俺は推測を話した。


「ちょっと待って!その言い分だと、あなたには魔法が効かないってことなの?」


リルの言葉に俺は検証してみたくなった。


「確証はないがな。誰でもいいから、威力を抑えて俺に攻撃魔法を撃ってくれないか?」


「「「「!?」」」」


またもや全員が絶句した。


「本当に良いのか?ヒールが効かないとなると回復はできないぞ。」


「その場合は勝手に何とかする。自分で言い出したことだから責任は持つさ。」


アッシュがこの検証に付き合ってくれることになった。だが、ためらいを拭えずになんども確認してくる。


「あなたは私の命の恩人なんだから、ケガを負ったらちゃんとお世話するわ。放置なんかできない。」


フェリは良い子だ。


ぜひお世話をしてもらいたい。


「ありがとう。優しいんだな。」


その言葉にフェリは顔を真っ赤にして、「そんなこと、当たり前のことじゃない・・・。」と、消え入るような声で囁いた。


魔法の攻撃を受けるというのは、以前の世界ではフィクションでしかない。


実際に受けてみるとかなりの迫力で、直撃するまで何度も「逃げろ」「怖い」と言う本能を抑え込む必要があった。


アッシュが放った炎撃は威力を抑えてもらっていたはずなのだが、ゴォーッという唸りをあげて高速で迫ってくる。


これで手加減とは、随分と高レベルな魔法士なのかもしれない。


直径1メートルほどの火の玉が、まっすぐに襲ってくる恐怖心はハンパではなかった。


途中で、「兄さんっ!加減してないでしょっ!!」「あっ!間違えたーっ!!」と言うギルバート兄妹の声が聞こえてきた時には、『なんでやねん』と、心の内で俺の故郷の方言が出たものだ。


それについての結果だが、炎撃は俺に直撃した瞬間に消滅した。


痛みも熱さも感じることなく、まるで映画の主人公の視点をVRで視ていたかのような感じだ。


正直、めちゃくちゃ怖かったが。


思っていた通り、俺には魔法が効かなかった。魔法には化学反応のような定義があるのだろう。


撃ち出す時には術者の魔力を使うが、受ける側の魔力が起爆剤の役目を果たす的な。


「「「・・・・・・・・・·。」」」」


そんなことを考えていると、アッシュたちは本日何度目かのフリーズ状態に陥っている。


「悪かった。俺不器用だからさ。」


アッシュが後頭部をかきながら謝罪してきた。


死にさらされる危険に不器用は言い訳にならない。


「とりあえず殴っていいか?」と言うと、泣きそうな顔で「やめて、死ぬ。」と答えた。


いやいや、死にかけたのは俺の方なんだが?


「魔法がまったく効かないなんて、世界中を探してもあなただけよ。」


リルの発言に、アッシュたちもウンウンとうなずいている。


科学の世界から来た俺には異世界の魔法は通じない。


思いもよらず、俺はこちらの世界でも「ザ・ワン」と呼べるスキル保持者となった。




後日、俺はこの時の仕返しとして、アッシュの食事に激辛スパイスを投入した。


真っ赤なたらこ唇となったアッシュを見て、リルとフェリは腹筋が筋肉痛になるまで爆笑していたのが印象的だった。


物事を真面目にすることの大切さを知る教訓である。




「ねぇ、タイガのそのボサボサの髪は普段からなの?」


リルの質問に、思わず頭に手をやった。


「あ・・・。」


爆発に巻き込まれた影響で、所々がチリチリになっている。


その事を伝えると、「じゃあ、お風呂に入ってから、髪を整えてもらった方が良いわね。煤が頬についてるし、せっかくのイケメンが台無しよ。」と、ウィンクしながらそんなことを言われた。


近くでフェリがまたプクッと頬を膨らませている。


何かと機嫌が悪いようだ。


俺は街に向かうため、アッシュたちと山を下っていた。


現実的な問題として、生きる糧がいる。


俺はこの世界では、金もなければ一般的な生活の知識すら持ち合わせていないのだ。


そんなことを考えていると、アッシュが話しかけてきた。


「タイガは魔族の存在を遠くから察知していたよな?あれはどういった能力なんだ?」


ソート・ジャッジメントの能力は相手の善悪属性を見定めるものだ。


この能力に関しては詳しい内容を人に話すのを控えている。


特性上、相手がこちらに対して身構えてしまう可能性が高いからだ。たとえ後ろめたいものがなくとも、内面を覗かれるような気分にさせてしまう。


俺はこの能力については、こう説明することにした。


「気配や殺気を察知する能力に似ているかな。昔から悪意や邪気に対して敏感なんだ。」


「あの距離から魔族の存在が察知できるのは、かなりの精度といえるな。おかげでフェリも無事だったし。なぁ、スレイヤーをやるつもりはないか?」


聖属性の魔法士が産休で欠員と言っていたな。確かに魔族を察知できるかどうかは、職務上の生命線と言えるだろう。


「俺で良いのか?魔法は使えないぞ。」


願ってもない申し出かもしれない。街に行っても、すぐに稼げる方法がみつかるとは限らないのだ。


何をするにしろ、金は必要となる。


「お前なら大歓迎だ。」


そんなアッシュとの会話を聞いていたフェリやリルは嬉しそうな表情をしている。


一方、ラルフは舌打ちしやがった。


この野郎。










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