「ほら、傷を見せて。」
妖艶なお姉さんが傷の治療をしてくれている。
患部を見せるために顔を上に向けているので、せっかくのきれいな顔を近くで拝めないのが残念だ。
でもすごく良い香りがした。
柄にもなく、ちょっとドキドキする。
これまでにも似たようなシチュエーションがなかったわけではないが、常に気を張っていたせいか余計な感情がわくことはなかった。
別の世界に来て心が解放されたのか。
いや、この状況が現実として受け止めていいものなのか、まだ疑心を抱いてはいる。
もしかすると、何らかのマインドコントロールではないかと思わないわけではなかった。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね。」
銀髪ちゃんもカワイイけど、お姉さんはちょっとギャルが入ったエロきれい系である。あぁ、俺は美女耐性が低いのかもしれない。
以前なら、甲斐甲斐しい相手がいきなり刃物を向けてきたりすることがあった。
今の俺はこれでいいのか?
気持ちが緩みすぎではないのか?
長年の猜疑心に満ちた日々によるストレスは相当なものだった。本音や本能で生きられたらどれだけ楽だろうかと、心の奥では感じていたのかもしれない。
「これで大丈夫。」
片目をつむりながら、笑顔を見せるお姉さん。
あなたは女神か。
そんなことまで思ってしまう。
いかん、マジで気が緩み過ぎだろう。
「ありがとう。」
クールを装いながら礼を言う。
誤解を恐れずに説明するのであれば、エージェントは守秘義務やら交遊関係の制限やらに縛られて、禁欲生活を送っていることが多い。
自称イケメンの俺だが、実は彼女いない歴は五年以上にも及ぶのだ。
いかん。
マジでいかん。
優しくされて浮き足立たないようにしなければ、その先にあるのは怠惰な死かもしれない。
「あ、あの!さっきは、助けてくれてありがとうございました!!」
お姉さんに鼻の下をのばしていると、銀髪ちゃんが近くに来て話しかけてきた。
背後から魔族に狙われていた時のことだろう。
「えっ?ああ、こちらこそさっきはありがとう。魔法を相殺してくれたから、この程度で済んだ。」
カッコつけて返答していると、横から邪魔・・・いや、ラルフが割り込んできた。
「しかし、なんだあの強さは?魔族を殴り倒す奴なんて初めて見たぞ。」
俺は魔族も魔法も初めて見たぞ。
「それに魔族のオーラも平気みたいだし、ヒールが効かないなんてどんな体をしているの?」
お姉さんも話に乗ってくるが、なぜなのかはこっちが教えて欲しい。
「保有魔力量の問題かな・・・」
銀髪ちゃんがそう呟いた。
保有魔力量か。
さて、分析だ。
魔族のオーラは、魔力を媒介にして精神干渉をもたらす。
魔法についても同様なら、受ける側に魔力がなければ効かないのではないだろうか?
ラルフのヒールだけではなく、アッシュや魔族の炎撃に熱さを感じなかったことを踏まえて考えると、何となくだがそんな感じがする。
そこでこんなことを口走ってみた。
「特異体質で魔力を持っていないんだ。」
「「「「はあ!?」」」」
魔力を持っていないことをカミングアウトすると、予想以上の反応をされてしまった。
しかし、美女&美少女の眼が点になっている表情はあまり見たくはないぞ。
「魔力がないなんて・・・よく生きてこれたわね。」
お姉さんが不憫な子を見るような眼差しをしている。できればやめて欲しい。
他の3人は「冗談だろ?」というような表情であったり、幽霊を見たかのような微妙な反応である。
どうやら、この世界では皆が皆魔力を持っているのがデフォルトのようだった。
「聞きたいことはいろいろとあるけれど、とりあえず自己紹介から始めない?」
お姉さんはにこやかにそう言った。
「タイガと言うのね?東方の出身なの?」
自己紹介を済ませると、お姉さんが質問してくる。
彼女の名前はリルスター・ギルバートで、アッシュの従姉妹だそうだ。何だかんだでこの四人の中で一番しっかりとしている。関係ないが胸も大きい。
そういや、明らかに年長と見えるおっさんは、子供じみた発言が多かった。いわゆるとっちゃん坊やというやつだろうか。
銀髪ちゃんはやはりアッシュの妹でフェリシーナ・ギルバート、おっさんはラルフ・ヒットマンといい、ギルバート家の分家筋だそうだ。
因みに、アッシュだけがミドルネームが着いているのは勲章を授与しており、騎士としての爵位を持っているからとのこと。
「東方と言えばそうなんだが。」
この四人からは邪気は一切感じられなかった。
俺は生まれついて特殊な能力を有している。
理論的な説明は難しいが、相手の内面が正と負のどちらに傾いているかが直感的にわかるのだ。
例えば、正論を振りかざし、清廉潔白を売りにしている政治家がいたとしよう。そいつが内面的にもそうなのか、実はどす黒い奴なのかは直接会えば感じることができる。また、武芸の鍛練により広範囲で気配を察知することができるのだが、これはその能力にも応用ができた。先ほど遠方から魔族の邪気を察知できたのはそのためだ。
元の世界で属していた組織では、俺のこの能力は「
世界で唯一俺だけが持つスキルのため、コードネームはザ・ワン。この能力があったからこそ、消耗が激しいエージェントの中でこれまで生き延びてこられたと言っても過言ではなかった。