相手の手前で体を沈め、地面に転がっていた石を拾ってそのままアッパーの要領で拳を突き上げた。
顎を狙う。
かわされた。
瞬時に嫌な予感が襲う。
とっさに斜め後方に回避するが、その瞬間に炎が向かってきた。
魔法!?
炎に包まれかけたが、違う方向から強烈な冷気が降り注ぎ、炎を相殺した。チラ見すると、アッシュの妹がこちらに手を向けていた。
魔法で援護してくれたようだ。
グッジョブ!
そのまま惚れてしまいそうだよ。
一度、距離を取って体勢を立て直す。
先ほどは魔法が襲ってくる直前に、魔族の口が何かを呟いていたような気がする。もしかして詠唱というやつだろうか?
一呼吸おいて魔族を観察する。
ダメージはあるが、致命傷はない。
やはり、打撃だけだと厳しそうだ。
泥仕合の予感がした。
そんなことを考えていると、アッシュたちが口々に詠唱らしきものを呟き、魔法を撃ちだした。
炎撃。
氷撃。
風撃。
魔法を至近距離で見ると、なかなか迫力がある。
金髪のおっさんは魔法を使えないのか、剣を構えてじりじりと間合いを詰めていた。
集中砲火を受けている魔族は防戦一方となっているが、冷静に観察すると障壁のようなものが体の周囲を被い、直撃は免れているように見えた。一体だけでもかなりの強さがあるようだ。
だが、いつまでもこんな消耗戦を続けてはいられない。エージェントは戦闘専門の職業ではない。俺は魔法の間隙を縫って、魔族に特攻をかけることにした。
幸い、アッシュたちの攻撃に魔族の意識は割かれている。
アッシュが炎撃を放つタイミングを計り、炎の玉が発動した瞬間に、そのすぐ後ろについて魔族に迫る。
障壁を打撃で打ち破れるかはわからないが、防護壁のようなものなら殴っても痛いだけだろう。拳が潰れるリスクはあるが、死ぬよりはマシだった。
アッシュの炎撃が目の前で障壁によって消滅する。なぜだか熱さは感じられない。
そのまま上体を落とし、地を這うようなアッパーパンチを繰り出した。
狙ったのは顎ではなく、股間。
クリーンヒット。
なにかが潰れる感触が拳に伝わる。
魔族は梅干しを食べたような顔で悶絶していた。
「「!?」」
見ていたアッシュと金髪のおっさんも、同じ表情で内股になった。
返す左の拳でこめかみを殴り、そのままのコンビネーションで右の拳を反対側のこめかみに入れる。
手の中では握った石が潰れる感触。
魔族はそのまま膝から崩れ落ちた。
倒れた魔族は動かない。
脳へ与えた振動で意識を完全に刈り取ったようだ。
今の戦いで学べたことは少なくない。
すばやく頭を整理するが、魔法には詠唱が必要のようだ。そして、魔族は強靭な肉体をしているが、攻略法は対人戦と何ら変わらなかった。ただし、対等に戦える身体能力が不可欠ではある。
また、魔族の放つオーラは相手の魔力を媒介にして精神干渉する。まあ、幸いにも俺には効かなかったのだが。
さらに、個々に扱える魔法には属性があるようだ。アッシュたちはそれぞれが同じ属性の魔法ばかりを連発していた。
俺に関していえば、魔族やアッシュの炎撃に熱は感じられなかった。魔法とはそういうものなのか、それとも別の理由があるのか。精神干渉が無効だったことと合わせて興味深い。
そんなふうに頭を整理していると、金髪のおっさんが近づいてきていきなり魔族にトドメをさした。
「ちゃんと息の根を止めとかなきゃ、足下をすくわれるぜ。」
「ああ、悪い。」
と答えたものの・・・いやいや、おっさんよ。あんた、今まで何の役にも立っていないよな。
「タイガ、ケガはないか?」
アッシュが心配そうに聞いてきたが、眼には面白がるような光が宿っていた。
「首に血が滲んでる。ラルフ、治してあげて。」
アッシュの妹がそう言ってきた。
瞳が大きく、白い肌をしている。やっぱり、かわいい。少女と大人の間という感じか。
ああ、言っておくが俺はロリコンじゃないぞ。
「わかった、嬢ちゃん。」
金髪のおっさんに嬢ちゃんと言われてアッシュの妹はムッと頬を膨らませた。子供扱いされるのが嫌なのだろう。プクッと膨らませた顔がまたかわいかった。
ラルフは何やら呟きながら、こちらに手をかざす。
すぐに仄かな光が放たれた。
んん?
「あ、あれ?」
おっさんが厳つい顔面に似合わない表情をして驚いている。
「ねぇ、真面目にやってる?」
アッシュの妹が何か怒っている。
「あ、ああ。ちゃんとヒールをかけたぞ。」
そっと首に手をやるが、魔族の爪痕部分がひりついた。
「「「「・・・・・・・・・。」」」」
みんな無言だ。
「もしかして、魔法が効かないの?」
妖艶なお姉さんが驚いた顔をしている。「だめだよ。眉間にシワを寄せたら、せっかくの美貌が台無しだよ」とでも言いたかったが、初対面なので空気を読むことにした。