タイガは視線に気がついていた。
探るような気配。
おそらく、獣以外の何かだ。
人間だったらいいが、見た目が気持ち悪くて粘液まみれのエイリアンとかは勘弁して欲しい。
とりあえず、微かな気配を感じる方向にジト目を送ってみた。
動きはない。
ひたすらにジト目を送る。
三分程経過した頃合だろうか、ようやく相手が動いた。
草木の狭間から見える姿は人間の男だった。
『エイリアンじゃなくて良かった。と言うか、人間がいて良かった。』
内心ホッとしながら、こちらに向かってくる男を観察する。
無駄のない動き、そして傾斜を下りているわりに体のブレが少ない。体幹がしっかりとしている証拠だ。
軽装ではあるが鎧のようなものを着け、帯剣をしている。戦いに従事する者の装いだと見てとれた。
やはり、俺がいた世界とは異なる。
自分が生きていた環境では、あのような格好は映画の撮影かコスプレイベントでしか見ることはないだろう。むしろ、あんな姿で普通に歩いていたら、その街の常識を疑ってしまう。
そんなことよりも、言葉は通じるのだろうか?
銀髪の男は、途中から両手を肩の上にあげながら傾斜を下りてきた。
敵と思われて石を投げつけられるのを警戒しているのかもしれない。
緩い表情を浮かべる彼に、何となく石を投げて慌てる様子を見てみたいという衝動に駆られるが、止めておいた方が無難だろう。
「やあ。」
人懐っこい表情で挨拶してくる。
背は俺よりも少し低めだが、180cmは優に越えている。年齢も俺とあまり変わらないように見えるが、少年のような笑顔をしているので10代後半と言われても納得しそうだった。
そして何より言葉が通じる。
なぜなのかはわからないが、都合が良いので深くは考えないようにした。ちょっと感動はしてしまったが。
「やあ。」
とりあえず、おうむ返しに同じ言葉を発した。
「さっきから見ていたが、あの投石は魔法かい?普通に投げただけなら、あんな威力にはならないよな。」
銀髪の男は疑問をストレートに投げてきた。
ですよね~。
この世界でも常識はずれな身体能力ということは何となくわかっていた。
それにしても魔法?
ここでは魔法が実在するのか。
マジか。
「魔法は使えない。あれはただの鍛練の成果だ。」
いろいろと聞きたいことはあるのだが、余計な発言は地雷を踏む。とりあえず、友好的に接してみることにした。
「鍛練って・・・どれだけ鍛えれば、あんなのを投げられるんだよ?」
彼は目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
「毎日のように遠投を繰り返して、肩の筋肉を鍛えた。武器がなくなった時に身を守るために役立つ。」
適当な事を言っておく。
「確かに。剣が折れたり、刃こぼれを起こしても、石ならすぐに手に入るな。」
なぜか妙に納得しているようだ。まあ、変な疑いを持たれないのであればそれで良い。あながち嘘でもないしな。
「ああ、悪い。自己紹介もせずに失礼した。俺はスレイヤーのアッシュ・フォン・ギルバートだ。よろしくな。」
ものすごく爽やかな挨拶をしてきた。
邪気や殺気は感じられないし、良い奴なのかもしれない。いらぬ先入観を持つ気はないが。
「タイガ・シオタだ。」
「ショタ?」
「シオタだ。」
「変わった名前だな。人相もこの辺りじゃ見かけない感じだし、黒髪黒眼は珍しい。東方の出身かな?」
俺の人相風体を見て、東方の出身かと言っている。と言うことは、こちらの世界でも西洋と東洋に別れて、人種が異なるのかもしれない。
「悪いが、記憶が欠損している。自分の素性がわからなくて困っているんだ。」
こちらの世界観がまったくわからないうちは、記憶喪失ということにしておくのが無難だろう。
「そうなのか?大変だな。良かったら、詳しい話を聞かせてくれないか?何か力になれるかもしれない。」
どうやら、アッシュは本気で良い奴なのかもしれなかった。