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第15話 Deadly Device⑥

シャーリーは自席に戻ると、そっとため息を吐く。


いくら彼でも、今回の相手は一筋縄ではいかないだろうと考えていた。


そして、無事に作戦を遂行した場合も、彼を危険分子とみなして消去しようとする身内が出てくる可能性も危惧する。


ホルダーとは、その能力を精神を支柱として発揮するものだ。


彼の昇華した能力は凄まじく、レベルSに相当するといっていいだろう。


その反面、いつ破綻してもおかしくはない危険性もはらんでいたのだ。




「ば・・・化物が・・・。」


ドン!


男の眉間に穴が開き、背後が真紅に染まる。


広範囲に気配を読み、ソート・ジャッジメントに反応がないかを確認した。


どうやら、今のが最後の相手だったらしい。


つーっと、鼻から血が流れ出た。


昇華した能力は負担が大きい。無理をしたせいか、鼻腔の毛細血管が破裂したようだ。


先程から頭痛もひどくなっているので、もしかすると脳内も同じように出血しているのかもしれなかった。


壁際に移動して腰をおろす。


体の負傷箇所も少なくはなかった。


全身からかなりの出血をしているので、もしかしたら相当にヤバい状態なのかもしれない。


どこか他人事のように感じながら、一人の少女のことを考えた。


「また、救えなかった・・・。」


自分の職務が無駄なことだとは思っていない。


エージェントとしての活動が、多くの人の命を救っているのだとしたら、意義のある仕事だとは思う。


しかし、彼女のように直接救いを求めてきた者が目の前で命を散らすのは、一番堪えることだった。


言葉にできない怒りが渦巻いている。


それは世の中に対してなのか、組織に対してなのか、もしかすると自分自身に対してなのかもしれなかった。


いや・・・救いを求めているのは、自分も同じなのだろう。


何となく逃れられないと、状況に流され続けてきた自分がいる。


これまでにも、具体的なものではないにしても、違和感が襲うことがあった。


自分の居場所はここではないのかもしれない。


ふと、上着のポケットで微かに振動がするのを感じた。


着衣は黒いスーツに白いシャツ。制服などではないが、都市での作戦では着用するようにしている。


組織の科学班が研究を重ねて製作した防刃仕様のスーツだが、何度かの銃撃でズタズタになり、所々が赤黒く染まっていた。


俺はポケットから超小型のレシーバーを取り出し、壁に投げつけた。


目を閉じる。


可能であれば、生き方を変えたいと本気で思っていた。


サーシャの顔が瞼の裏に浮かぶ。


あれは・・・あの娘は、俺の内面を鏡で映していたものではないだろうか?


本音や願望を声に出せない俺の代わりに、サーシャが語ってくれたのかもしれない。


俺は機械じゃない。


血の通った人間なんだと叫びたかった。


「人生の回帰なんて・・・そう簡単にはできない・・・よな・・・。」


そのつぶやきの途中で、俺は意識を手放した。




「確認できました。サーモグラフィーによると、生存者は一名のみ。身体的な特徴、及びレーザー振動計による心拍検出により、エージェント・ワンとの適合率は78.1%。」


「彼の状態は?」


「出血多量、意識の有無は不明です。」


「すぐに彼を回収しなさい。」


「了解しました。バックアップ班、救護班を急行させます。」


シャーリーは作戦室の背後の壁にあるホットラインで上官に連絡をとった。


「エージェント・ワンは殲滅を完了させました。彼の容態については、詳細は不明。」


「ご苦労だった。エージェント・ワンについては、何としてでも回復を優先させるように。」


低い感情のこもらない声。


「はい。彼の処遇はいかがなさいますか?」


「利用価値はまだあると判断された。万一、後遺症などが残る場合は、規定にそって処分するように。」


通話はそれだけを伝えてすぐに切られた。




シャーリーは自席に戻り、ため息を吐いた。


先程の上官との通話について考える。


短いやり取りではあったが、その言葉には深い意味合いがあった。


利用価値というのは、エージェント・ワンの実力を評価してのものだ。しかし、続く言葉が重かった。


後遺症とは、肉体的な損傷だけを指すものではない。精神面や意識、思考といった面で任務に私情や疑問を持った場合、即時消去しろと言っているのだ。


彼は表面には出さないが、組織の定期的な脳波検査によって、精神的に脆弱な面があると出ていた。


それがメンタルの弱さでないことは、シャーリーは理解していた。


エージェント・ワン──タイガ・シオタは、エージェントという適性から考えれば優しすぎるのである。


それが原因で、これまでに任務に支障をきたしたことは一度もない。しかし、ソート・ジャッジメントが昇華すること事態が問題なのである。


ホルダーの能力が昇華するには、何らかの引き金が必要となる。彼の場合、解明はされていないが、それは情による怒りではないかと危惧されていた。


無感情ともいえる領域で展開される超高確度の演算能力。


それに至る理由が"憤怒"であるとすれば、非合法な世界に身を置く者としては、不安定かつ危険を伴う諸刃の剣と考えられるのだ。


怒りの矛先が組織に移った場合、タイガ・シオタは最強最悪の敵となる。


「厄介なものを背負ってしまったものね・・・。」


シャーリーにとって、利用価値よりも先の障害となる可能性はどの程度のものか。


しばらく思案した後、直属の部下に工作任務を伝えた。


エージェント・ワンを、消去せよと。











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