狙撃者と同一であるかはわからないが、相手のホルダーは弾丸の向きを操作できるサイコキネシス系の能力者だと考えられた。
そして、そのホルダーは殺意を抱いているのではなく、ただ弾丸の操作に集中していたのだろう。
それで、俺のソート・ジャッジメントには反応しなかった。そう考えると、後に感じた微かな殺気は射手の放つものだった可能性が高い。
厄介な相手だと、ため息をつく。
ソート・ジャッジメントは、思想判定の能力である。殺意や悪意といったものには敏感に反応するものだ。
しかし、今回のように、直接的に負の感情を向けられたものでなかった場合は意味をなさない。それがホルダーとして、俺がレベルBに甘んじる最大の理由だ。
「どうして、私を連れて逃げたの?」
路地裏から建物内に入り、そこから裏口を抜けて路地裏に再度飛び込む。そういったことを繰り返しながら、宿泊先のホテルの部屋まで戻った。
職務上、こういった事への対処には慣れていたが、唯一イレギュラーがあるとすれば、手を引いて一緒に逃げた彼女のことだろう。
敵側の人間である可能性は否めない。だが、俺の能力が彼女の人間性を否定しなかった。
「襲ってきた側の人間かもしれない。でも、君は悪人じゃない。」
目を見開き、驚いた表情を浮かべる彼女は、やがてため息を吐いた。
「そう・・・それがあなたの能力だものね。」
悲しげに微笑む彼女に疑問をぶつけてみた。
「君の能力は、相手の能力を見破ることなのか?」
「・・・そうね。正しくは逆算よ。」
「逆算?」
「有効範囲は狭いわ。数メートル、詳細まで逆算しようとするなら、寄り添うまで距離を詰めるか、触れるしかない。」
「逆算の詳しい内容は?」
「対象は物でも生物でも可能。相手の物体としての構成を逆算して、その詳細を知ることが本来の能力。」
「本来と言うことは、他にも別の情報を引き出せるということか?」
「・・・・・・・・・。」
彼女は気まずそうにうつむいた。
「内面的なものか。例えば、心の内を覗けるとか?」
「・・・そう。あなたのことは少しだけ教えてもらっていたけど、やはり頭もキレるのね。」
顔を上げて俺を見たその目には、涙がにじんでいた。
その能力が本当だとすれば、ホルダーとしてのレベルは最高等級のA、もしくは戦略級のSに相当する。
対象の内面を覗き、機密事項を奪うことが可能だからだ。例えば、核兵器の起動パスワードを知る要人に近づき、それを容易く奪取することもできるのである。
「俺に近づいた理由は?」
「あなたは、世界的に見ても危険な存在だからだそうよ。」
昨年の任務か、エージェントのリストが原因だろう。やはり、この職務で名前を売ることは危険極まりない。
「俺がホルダーかどうかを確認するためか?」
普通に考えればエージェントひとりの存在など、いくら凄腕でも直接的に関与がなければ、それほど意識するべきものではない。
敵対する立場になってから対処すれば良いだけの話なのである。
しかし、それがホルダーとなれば話は別である。
どのような能力を持っているかで、世界や国単位への影響力は格段に変わる。
「そう。」
「君は通りの向こう側でも、俺がホルダーであると確信できたんじゃないのか?」
俺が彼女を認識できたように、ある程度の距離があっても、それは可能なはずだった。
「サーシャよ。私の名前。あなたが・・・不思議な存在だったからよ。」
「不思議?」
「これまでに見てきたホルダー・・・いいえ、それ以外の人物も含めて稀な存在に思えた。」
「・・・涙を流したのは、それが原因か?」
「ええ、近づいて確信に変わった。それに、あなたに触れたことで・・・その、内面を見ることができた。」
「だから、俺を助けようとしたのか。」
彼女はこくんと頷いた。
「あなたは・・・わざと自分の感情を圧し殺しているけど、すごく優しい人。私は今みたいな立場が嫌。ずっと、普通の人になりたかった。」
再び頬を濡らした彼女は、顔をふせながらつぶやいた。
「お願い・・・助けて・・・。」