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第12話 Deadly Device③

食事を取り、ホテルに戻る途中に通りかかったカフェに寄った。


屋内は満席だったため、通り沿いのテラスで席につく。


日本とは違い、あまり湿度は高くないので心地よい夜風が俺を包み込んだ。


通りは車両が通行できないようになっており、排気ガスが水をさすようなことはない。


こんな時にでも、エージェントの習性は出てしまう。


屋内よりもテラスの方が危険に身をさらす。


だから背中には壁を背負い、高い位置からの狙撃を受けないよう、オーニングの死角に入る。


アインシュペナーをオーダーして、シガリロに火を点けた。


ここはヨーロッパだ。


喫煙については、世界的にも早い段階で屋内や公共施設内での禁煙を法で定めてきた。


しかし、実情は屋外での喫煙が寛容な場合が多く、こういったカフェテラスでは葉巻などを嗜む者も多い。


程なくして、アインシュペナーが運ばれてきた。コーヒーと同量の生クリームが載っている。日本でいうウィンナーコーヒーと似たような飲み物だと思えば良い。


口に含んで風味を楽しんだ。


ふと、視線を感じてそちらを見る。


通りの向こうにいた少女と目が合った。


「・・・・・・・・・。」


ビクッとした感じで目をそらした少女だったが、俺の勘に触るものがあった。


ホルダー。


超能力とも言われる、特異な力を持つ人間をそう呼ぶ。


あまり一般的には公表されていないが、世界各国には思いの外、このホルダーが存在する。


感覚的なものだが、少女は相当なレベルの力を保有しているかに思えた。


ホルダーはホルダーを知覚する


説明はしにくいが、気配とは別の相互に干渉するような何かがある。


科学的には波長のようなものが反応すると言われているが、まだ解明には至っていないらしい。


かくいう俺もレベルBのホルダーなのだが、まさかこんなところで遭遇するとは思わなかった。


おそらく、向こうも俺の正体に気づいたはずだ。


厄介ごとに巻き込まれなければ良いが・・・そう思った時には手遅れだった。


少女はゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていたのだ。




「何か?」


「・・・・・・・・・。」


年の頃は16~17歳といったところか。透き通るような白い肌にプラチナブロンドの髪、そして鮮やかな蒼い瞳。


紫外線が少ない地域特有のルックス。そして、170cmを越える身長と長い手足。おそらくはロシア系だろう。


大人びた印象だが、どこかあどけなさが残っている。


「あなたも、そうなのね・・・。」


間違いなく、ホルダーであることが見抜かれたようだ。


「そうだ・・・良かったらどうぞ。」


俺は隣の席を勧めた。


普通なら迎いの席を勧めるのだろうが、彼女から何かしらの緊張感が漂ってきていた。


何かに追われているのか─そんな印象を受けた。


ほんの一瞬だけ躊躇った彼女は、無言で隣の席に腰をおろした。


彼女自身には不穏なものはない。


俺の能力であるソート・ジャッジメントがそう告げている。


何もオーダーせず、周囲を窺うような様子の彼女。


厄介ごとしか連想できなかった。それなのに、なぜ彼女を遠ざけなかったのか。自分自身でも理解ができなかった。


職業柄、任務に関連しないのであれば、無用なトラブルからは回避しなければならない。


これまでなら、本心はどうであれ、そう心がけていたはずだ。


同じホルダー同士だから、というのではない。そういった立場の人間とは、多くはないが膝をつきあわせることもあった。


しかし、彼女との出会いは何故だかわからないが、疎かにしてはいけないと本能が告げていた。


彼女の能力のせいか、エージェントとしての勘なのか。


「困っているのか?」


「・・・・・・・・・。」


彼女の様子に思わずかけた言葉の意味を計るかのように、じっと見られた。


内面に立ち入られるような違和感。不快ではないが、不思議な感覚があった。


「!?」


思わず声が出そうになった。


彼女が何の前触れもなしに涙を流したのだ。


「・・・!?」


呆気にとられそうになったが、次の瞬間、俺は彼女に向かってダイブした。


急に抑えきれない情欲が・・・な訳ではない。


彼女の体を抱え込み、地面に転がったと同時に背後にあった壁の表面が弾けた。


ビルの屋上などからは死角となっており、射撃されるような場所ではないはずだ。


咄嗟に目線を壁にやり、相手の銃が小口径であると判断した。


気配を読むが、周囲には気に触る対象はいない。


銃のサイレンサーは映画などでは発射音がかなり抑制され、"プシュ"というような音で表現されている。


しかし、実際のサイレンサーは発射音を抑えるための道具ではない。音を低くすることで、射撃位置を特定できなくする装置なのである。


故に、普通の銃であればパァンという音が鳴り、射撃されたと判断する程度のことは可能なのだった。


加えて、壁の損傷具合を見る限り、発射音が聞こえない程の遠距離からの狙撃ではないと考えられる。


この程度の威力の銃では、まず遠距離射撃などは不可能と言えるからだ。


俺は目を閉じて意識を集中させた。


・・・いた。


今度はソート・ジャッジメントが微かな殺気をとらえた。


斜め前方にあるビルの屋上。


ポケットから携帯用の鏡を取り出し、地面を滑らせる。


オーニングの死角からはみ出した鏡が相手の居場所をとらえた時には、そこから拳銃の銃身バレルだけがのぞいているのが見えた。


だが、どう見ても狙いが明後日の方向を向いている。


耳が空気を切り裂く異音をとらえた。


発射光マズルフラッシュは見えないが、次弾が発射されたようだ。


発射音やその時の閃光を抑える装置というものは存在する。サイレンサーやフラッシュサプレッサーといわれるものがそれだ。


しかし、その2つの機能を有する装置をつけたとすると、弾丸の威力は格段に落ちる。そして、鏡に写った銃の形状には見覚えがなかった。


おそらく、空気銃か何かの類いだろう。


瞬時にそういった情報を脳内で整理していると、弾丸の空気を裂く音に違和感をおぼえた。


俺は彼女を抱き締めながら体をひねり、地面を転がった。


先程までいた場所に着弾する。


「相手も・・・ホルダーよ!」


彼女が喘ぎながら言った言葉を、考えるのではなく、瞬時に脳が理解した。


俺は彼女の手を引いて立たせ、すぐ近くの路地に走り込んだ。





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