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第9話 Lucifer's Hammer⑨

何度も移動しながら熱感知暗視サーマルナイトスコープで状況を偵察した。


情報通り、この場には殲滅対象しか存在していない。


あらかじめ荷物を置いていた場所へと戻り、作戦のための準備を行った。


意識を集中すると敵勢力の個々の動きが予測できる。


やはり、これまでとは違う新しいスキルが使えるようになったようだが、範囲を広げて捉えようとすると頭痛が酷くなった。


脳への負担が大きすぎる力。


加減を怠ると取り返しのつかないことになりそうだった。


しかし、これは常時発動できる力ではないと感覚が教えてくれていた。感情への刺激。おそらく、それが発端だろう。


ゆっくりと息を吸い、行動を迅速に開始した。


H&K社のMP7A2に消音器サプレッサーを取り付け、ストックを展開。しっかりと肩で固定し、予め装備させていたスコープを覗く。


この銃は静粛性に優れ、小口径のマシンピストルというジャンルにも関らず、200メートル離れた場所への集弾性が高かった。


敵が詰めている大型倉庫で視認できる敵を素早く単発セミオートで狙撃していく。


倉庫内の者たちが気づく頃には6名の無力化を行い、ストックを収納しながらモードを連射フルオートに切り替えていた。


死角になる方角から移動を行い、拠点である倉庫へと近づき発煙手榴弾スモークグレネードを投擲する。


本来なら煙幕により自身の視界も閉ざされるが、気配を読み、新たな能力による察知と予測で一体ごとに確実に排除を行う。


それらを淡々とこなし、全体を殲滅するまでにそれほどの時間を要することはなかった。


頭部の鈍痛は続いているが、その見返りとして発動した能力は凄まじい効果を発揮したと言えるだろう。


単独行動による殲滅アナイアレーション


今回の行動は、業界内でも悪目立ちしてしまう可能性はあった。しかし、そうなる前に次の行動に移らなければならない。


俺は十分に周囲警戒を行いながら車の所へと戻り、本部に報告を入れながらアクセルを踏み込んだ。




翌朝、俺は高層ビルの上層にいた。


誰もいないフロアの窓から、天体観測用の超望遠レンズを用いてひとりの男の行動を観察する。


その男の家には到着早々に荷物を届けてある。


昨夜は行動後すぐに空港に向かい、近くのホテルでシャワーと着替えを行った後、この国に向けて飛び立った。


慌ただしい旅路だったが、何とか出勤前の時間に間に合わせたのだ。


ニューヨークでの出来事は、すぐに耳に伝わらないように拠点の殲滅という形で終わらせていた。


組織の隠蔽工作もそれに寄与したはずだ。


視界の中で男が荷物の封を開けるのが見える。中身は単なるUSBメモリだ。


すぐに目の前にあるノートパソコンに差し込んでいるのがわかった。


暗部と言われる組織に属する者は、普通の端末など使用しない。


仮にウィルスなどの危険がある記録メディアであったとしても、それに対抗する手段が講じられた端末であるはずだ。


わざわざ出勤してから確認することもないと考えているのが常だった。


超望遠レンズを介していても、男の顔色が青白く変わるのが確認できた。すぐに携帯電話を取り出して、どこかに連絡を入れている。


あとは、この男がまともな思考をすることを祈るだけだ。


もし想定外の動きに出るようなら、殲滅対象が増えることになるだろうがそれは考えにくい。


彼はこの国の諜報機関のトップだ。


部下の誰かが外郭組織を使い、世界で一番敵に回したくない大国のお膝元で非道な行いをさせている。しかも、対象はホルダーという特異な存在。


それだけの理由でどういった処置を行うべきかは理解するはずだった。


背後にいる人間の牽制も同時に行われるはずだ。


俺は踵を返し、帰路につくことにした。




空港で手続きを行った後に、カフェでコーヒーブレイクする。


前回のJFK空港とは違い、ニューアーク・リバティー国際空港を利用した。


世界最大規模のJFK空港に比べると、混雑が少なく手続きの時間も短く済む。


ここからJFK空港近くに預けている車をピックアップしに戻らなければならないが、ワンクッション置くことで不測の事態に備えることにはなる。


そう思いながらカップを持ち上げた時に、見知った顔が視界に入った。


遺体安置所で話しかけてきた初老の男だった。


「少し、かまわないかね?」


「どうぞ。」


動きを捕捉されていた事に関してはあまり良い気分ではなかったが、この男が何を言いに来たのかに興味があった。


「ありがとう。それだけを言いたかった。」


「斎藤の身内の方でしたか。」


「父親だ。」


男は席に座ることなく、それだけを言い残して去って行く。


「・・・・・・・・・。」


俺はコーヒーをゆっくりと飲み干してから、立ち上がった。




「見事な采配だった。これが君の昇格の後押しになるのは間違いないだろう。」


「ありがとうございます。」


シャーリーは上席に対して事案完結の報告を入れていた。


今回の異動は情報分析官であった彼女に、現場指揮の適性があるかを見るための人事考課の色合いが強かった。


組織内で上層まで昇りつめるためには、現場を指揮できる能力が備わっていなければ話にならない。


「それで、エージェント・ワンの様子はどうかね?」


「クリストファー・コーヴェルの見解では元の状態に戻ったようです。一時的な覚醒ではないかと。」


「時限的なものならば、今後の動きには注意が必要となるな。君の責任で監視を続けるように。」


「了解しました。」


通信を終えたシャーリーは今回の事案を振り返った。


なぜ斎藤がエージェント・ワンに、コムフィッシュをあのような手段で渡したのかは様々な憶測ができる。


しかし、どれも確証には至らない。


大学卒業後にあの二人に接点があったということも、拾い上げることはできなかった。


彼自身も、なぜ自分に白羽の矢が立ったのかはわからないと発言している。


情報分析官としてエージェント・ワンの活動記録は何度も確認していたが、それほど攻撃的な性格という印象は持っていない。どちらかというと、スマートに物事を終息に導く手腕に長けていたと思う。そう考えると、今回の手法は彼の普段とは毛色が違いすぎた。


幸いにも、今回は彼の判断が最適な解決へと誘う結果となっている。


自身の采配として報告を上げたことで、それなりの評価を得ることができたのも事実だ。


「様子を見るしかないわね。」


利用できる間はそうさせてもらおう。


シャーリーはそう考えて、次の事案に意識を切り替えた。







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