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第5話 Lucifer's Hammer⑤

「この度は、うちの斎藤が世話をかけたようだ。」


雰囲気からすると元自衛官だろう。


初老に差し掛かった年齢だが、身のこなしを見る限りまだまだ現役のようだ。


「単刀直入に聞きますが、敵対する意思はありますか?」


相手は日本の内閣情報調査室だ。 経緯はどうであれ、今の時点で協力体制にあるわけではない。


「誤解はしないで欲しい。我々は君と事を構える気はない。」


「私個人に対して、ということですか?」


普通なら、『君の組織』とでも言うはずだった。


「斎藤の行動はすべて独断によるものだ。彼が君に手渡した物も回収する意思はこちらにない。」


「・・・・・・・・・。」


意図が読めなかった。


コムフィッシュの中身は、そちらの国にとってどうでも良い内容ではなかったはずだ。


「あれの中身は聞いているのかね?」


「ええ。」


「そうか。これは私の独り言だと思って聞いて欲しい。」


「・・・・・・・・・。」


「斎藤には娘がいた。彼の娘は君と同じような能力を持っていた。そして、あれに記録されていた犠牲者のひとりだ。」


コムフィッシュには、ある組織が行ったホルダーに対する人体実験についての記録が残っていた。 人道的にも容認されるべきではない実験だ。


「彼女はまだ二歳だった。残念ながら、我が国には対処手段がない。斎藤は復讐のために、あのデータを持ち出して君に渡したのだと思う。」


「なぜ私に?」


聞くべきではないと思った。


しかし、無意識に口に出してしまっていた。


「君がそういう人間だと彼は思っていたのだろう。」


「・・・・・・・・・。」


それ以上、会話を続けるのは危険だった。


俺はそのまま話を打ち切り、斎藤に会うことなく遺体安置所を出ることにした。




斎藤を直接死に至らしめたのは、彼のいた組織だと思う。


そして、それが彼の意図したものの可能性は高かった。


何らかの手段で成田空港に俺が立ち寄ることを知った斎藤は、コムフィッシュを持ち出して俺のバッグに入れた。


おそらく、最初から俺を巻き込むつもりだったのだろう。


彼のいた組織は、基本方針として国外での非合法活動を自粛していた。


あくまで、国防の一環としての性格が強い位置付けだからだ。それに反した場合、友好的だった国から圧力がかかってしまう。


仮に斎藤が独自で復讐に動いたとしても、海外でのバックアップは望めない。むしろ、敵を増やしてしまう可能性が考えられた。


だからこそ謀ったのだろう。


国の脅威を排除するという考えは組織的にもあったはずだ。結果的に斎藤と彼のいた組織が、互いに利用しあうことで同意したのではないかと思えた。


この国や俺の所属する組織に対しては、斎藤の命を絶つことでケジメをつけたという体裁が取れる。


あとは、情に絆された俺が何らかの行動に移り、コムフィッシュに記録されていることに結末を与えると考えたか。


馬鹿なことを考えたものだ。


エージェントやスパイを相手に、情の押しつけなど何の意味もない。


斎藤の命を賭した謀。 他人にも、自分に関係のない組織にも利用されるつもりはない。


それなのに、彼はなぜ俺を選んだ?


その理由が知りたかった。


駐車場の車に向かう途中で若い夫婦とすれ違う。


男性が抱きかかえた子供と目が合った。恥ずかしそうにチラチラとこちらを見ている。


二歳というとこれくらいだろうか?


子供のいない俺には正確にはわからない。


車のドアを開け、シートに体を沈める。


不意に何か堪えきれないものに襲われた。


悲しみ?


怒り?


それとも、別の感情か。


そう思った瞬間、俺の頭の中でカチッという音がしたように感じた。





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