目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第4話 Lucifer's Hammer④

彼が去ってからひとりで部屋に残ったシャーリーは、上席の者に通信を入れた。


「面談を行いましたが、表面上は無関心でした。」


「表面上というのは、何か気がかりでもあるのかね?」


「脳波測定で少し気になる結果が出ています。」


「君に任せよう。エージェント・ワンは優秀だ。強力なスキルを持っている訳ではないが、それを最大限に生かすことで失敗しない。それだけに使いやすいともいえる。」


「ええ、お任せください。」


通信を切ったシャーリーは、先程のタイガの様子を頭の中で反芻した。


「声質の変化までは抑えきれていなかった。」


一見、無関心を装ってはいたが、声質の微妙な変化は微かだが感じられた。


脳波測定の結果とも矛盾しない揺らぎのようなものが、そこには確かに存在する。


「要···経過観察ね。」


フッと息を吐き、新しく担当することになった男のデータを頭の中に浮かべてみる。


今の職務についてわずか数年。


その短い期間で数々の任務をこなしている。


極めて難しいものもあれば、そうではないものもあるのだが、特筆すべきは単独任務において彼自身による失敗がないこと。


これは異例中の異例といえた。


プロフェッショナルとはいえ、彼らは人間である。


精神面の疲弊や体調の異変により、どれだけ優れた者でも任務の成功率は9割に届かない。


平均すれば70%半ばといったところのはずだ。


それを97.4%。本部やフロントのミスがあった事案を除けば、そのすべてを成功させている。


理由は、おそらく彼の持つ力のせいだろう。


スキルや超能力、ESPなどとも呼ばれているが、それを持つ人間は総称してホルダーと呼ばれている。


世界的に見ても稀有な力。


組織内では数える程しか存在しない。


一般的には透視や物への干渉、人間の精神へと影響を与えるものがメジャーとされているが、彼の持つ力は地味な部類に入る。


限られた距離でしか機能せず、どちらかといえば本人の防衛のためにしか役立たない。


能力やその強弱によってランク付けをされているが、彼の持つ能力『ソート・ジャッジメント』は戦術クラスのBでしかなかった。


予知能力に近いものともいえるが、その真価は近接戦でしか発揮できない。


要するに、直接戦闘でしか役に立たないものといえるのだった。


ただ、その力のおかげで彼は何度も死地を乗り越えてきた。


これは任務の成功率を高水準で維持するためのスキルといえる。だが、組織が求めているのは相手の考えていることを読み取ったり、意のままに操れるような戦略級の能力だった。もちろん、そのような力を持つホルダーは相当にレアな存在ではある。


そういった意味合いでは実践的な彼の能力は秀逸ともいえるのだが、評価はそれほど高いものではなかった。


因みに、彼のコードネームである『ザ・ワン』は、これまでの実績から組織内の実質的エースとなったことと、世界的にも稀有な能力により名付けられたものであった。


「敵に回ったら、もっとも厄介なタイプ。」


シャーリーは今度は大きく息を吐き出し、こめかみに指をあてて目をつむった。




成田空港の男は斎藤という名前だった。


直接顔を会わせたのは大学の卒業式以来かもしれない。


共に同じ機関に属する同僚という立場ではあったが、組織が複雑でそれ以降の接点はなかったはずだ。


友人と言えるほど親交を深めたことはないが、互いに実技の成績で競いあった仲である。


大学ではその性質上、訓練課程が設けられていた。戦闘訓練については俺が、小銃訓練については斎藤が共にトップの成績を維持していたのを憶えている。


その斎藤が命を落とした。


直前にコムフィッシュが俺のバッグに入れられたことは、それに関連したことだろう。


シャーリーと会ったその足で、俺は市内にある遺体安置所に赴いた。


斎藤は渡米した後に殺害されたらしく、その遺体はまだそこに収容されているそうだ。


なぜ、こちらに来たのか?


入国してすぐに殺害されたのはなぜか?


これまでの調査によると、彼はプライベートで入国したと記録されているらしい。


あのコムフィッシュの存在を知っている身としては、それが本当かどうなのかは判断がつかなかった。


斎藤が任務で渡米したのだとすると、あのコムフィッシュについては組織絡みの行動ということになる。


だが、俺を巻き込んでどうするつもりだったのか。


コムフィッシュに記録されていた内容には暗号がかかっていた。俺個人では、見ることはできても解読は難しいレベルのものだ。


それに同じような組織に属する者なら、協力依頼を個人にするのはタブーであると理解しているはずだ。


下手に関わると、自らの属している組織から粛清を受ける危険が孕んでいる。


彼は、なぜ・・・。


そこまで考えた時に事態は急進した。


案内された遺体安置所には先客がいたのだ。





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?