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第3話 Lucifer's Hammer③

任務後のルーチンとなっている健康診断を受けた。


体調管理の意味合いもあるが 、同時に違う意味で身体に異変がないかを調べられる。


任地で何らかのウィルスなどに感染した可能性はないか?


気づかないうちに身体に何かを埋め込まれた可能性はどうか?


脳波測定で精神に異常をきたす兆候はないか?


そういったことを調べられる。


これらはすべて、個人に対する福利厚生などではない。


簡単に言えば、俺たちが敵対組織の生物兵器として使われたり、裏切りや失踪の気配がないかを調べるためのものといえた。


俺の職務は公には存在しないものだ。


いや、俺という一個人がこの世には存在していないと言っても良かった。


戸籍はあるが当然実名ではないものが複数も存在し、国籍を持つ国も一つや二つではない。


たまに自分が何者だったのか、本当にわからなくなる時すらあるくらいだ。


それがこの職務に従事する上での常識というものだった。




医師の問診も終えた俺は、検査施設のある部屋から出ようとしていた。


ここは病院ではない。


俺のような立場の者が、検査を受けるためだけに設けられた出向機関のようなものだった。


マンハッタンの一般的なオフィスビルの高層階。


そこは、所属している組織が貸し切っているとも聞いている。


検査施設は広大な面積の一角に過ぎない。他の空間が何に使われているかは知らないし、興味も持たなかった。


出口に向かうと、セキュリティのために二重になった自動ドアの間に二人の男女がいた。


ひとりは知っている顔だが、女性の方は初見のはずだ。


なぜここにいるのかという疑問がないわけではないが、突発的な任務や聴取が入ることは度々ある。


「やあ、こうして顔を合わせるのは久しぶりだな。」


任務の窓口となるフロントマン。


男の方は俺を担当しているジムという男だった。本名かどうかは知らない。


「直接会うというのは珍しいな。何か用か?」


素早く女性に目線を走らせて観察する。


戦闘力は皆無ともいえる所作。おそらくは、ジムの同僚といったところだろう。


「君がここに来ていると聞いたから、直接出向いてきた。紹介しておこう。今日から君の専属フロントとなるシャーリーだ。」


年齢はジムとあまり変わらないが、彼より切れ者といった感じだ。


「わざわざ出向いてくるということは、顔合わせだけというわけではなさそうだな。」


俺たちはフリーで動いている訳ではないが、正式な組織構成員という扱いではなかった。何かあれば、トカゲの尻尾と同じ扱いを受ける。


フロントは組織と俺たち──特別捜査官、スパイ、エージェントなどと呼ばれる立場の人間との橋渡し役といえた。


「そうね。早速だけど、少し時間をもらうわよ。」


シャーリーは挨拶すら省略して、俺を他の部屋へと誘導した。


ジムはそのまま無言でそこに残り、すぐにエレベーターホールへと踵を返すのだった。




「用件が何かわかるかしら?」


無機質な個室に連れて行かれたと思ったら、いきなりそれだった。


まあ、無駄話をしたいわけではないし、コミュニケーションを深めるような相手ではないので特に問題はない。


同じ組織に属しているからといって、仲間意識などない。むしろ、情や信頼を持とうとする奴は早死にするだろう。


ここはそういう職場だった。


「あのコムフィッシュのことだろう。」


それ以外に考えられなかった。


任務の事後確認なら通信で事足りる。それに、このタイミングでフロントマンが変わる理由が他になかった。


「ええ。あれの出所については、報告にある通りで間違いない?」


「それ以外の可能性はない。成田以外で、誰かに触られて気づかないほど鈍感ではないしな。」


「まあ、そうでしょうね。あなたの持つスキルなら、目を離した時以外には考えられない。」


俺は特殊なスキルを持っている。


他人の感情──特に悪意には敏感に反応する第六感のようなものを先天的に授かったといえる。


「そういうことだ。」


「仕組んだのは元同僚ね。それについては何か思うところはないの?」


コムフィッシュについては、遅滞なく組織に報告を入れて引き取ってもらっていた。


下手な騒動に巻き込まれるのはごめんだったからだ。


「何かの罠というわけでもないだろうし、あれをどうするかは俺の考えることではないと判断した。」


「友情とかそういったものはないのかしら。」


「ないな。任務なら動くが、それ以外のことに首を突っ込む気はない。」


「そう、ドライなのね。」


「感傷的なら、エージェントとしては短い人生しか送れないだろうな。」


シャーリーが肩をすくめた。


ドライなのはお互い様だと言いたかったが、それこそ感傷的な振る舞いになる。


「死んだわ。」


「・・・それを打ち明けるということは、新しい任務ということか?」


「ええ。そのポーカーフェイスが少しでも崩れるなら、他に回すつもりだったのだけれど、その必要はなさそう。」


シャーリーはそう言って、俺に新たな任務内容を告げるのだった。





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