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第70話 魔王軍の決戦準備(ジニア視点)




 竜魔王ルーナス様、そして長年魔王様の右腕として働いてきた僕が勇者たちと戦い、ゴレガードから退いて早20日が経過していた。


 僕は今、ゴレガード南湖から徒歩半日分ほど離れた位置にある大渓谷にいる。いや、より正確に言えば底が見えない程に暗く深い大渓谷の最下部にいる……と、言った方が正解か。


 大渓谷の底はどういう理屈なのか、たった1つの超巨大な半球状の空間になっていて光魔石で薄く照らされており、端に行ったことがないから正確な広さも分からない。そんな場所に案内してくれたのがルーナス様だ。ここは現在、僕たちのアジトになっており最終決戦に向けた準備を進めている。


 最終決戦の準備と言っても現時点で僕に任せられている仕事はたった1つしかない。僕は薄暗いアジトを進んでいき、目の前に現れた地面の大穴の前で立ち止まる。大穴は大人10人ほどが横並びできるほどに大きな正円で、中からはグチャグチャと音が聞こえてくる。


「ハァ……今日も合成獣キメラに餌やりですか。穴に魔物や家畜を放り込めばいいだけですから楽ではあるものの、やりがいはありませんね」


 ルーナス様曰く、地面に空けた大穴の下には戦争の主役となる魔物が封じられているらしい。元々暗い大渓谷の底へ穴を開けて入れられているから姿形は確認できない。だが、直接姿を確認しなくともコイツが馬鹿デカいことだけは分かる。


 何故なら牛や豚などをまとめて30匹放り込んでも10秒とかからずに食してしまうからだ。しかも食べる時の音も噛んでいる感じではない。どちらかというとズルズルと触手や舌のようなもので取り込み、ジューっという音と共に酸を掛けて溶かすような感じだからだ。仲間ながら本当に気持ちが悪い。


 食事の仕方が正確に分からないのも気持ち悪いが、姿形を把握できていないモヤモヤも気持ち悪い。ルーナス様からは合成獣キメラを見てはいけないと言われているわけではないから少しだけ穴に入って姿を見てやろう。


 ふわりと体を浮かせた僕は足を穴よりも下に入れる。すると次の瞬間、誰かに肩を掴まれる。慌てて後ろを振り向くと、それはルーナス様だった。


「強制はしないけどやめておくことをオススメするよ。そいつは乱暴で私以外の言う事を聞かないからジニアが攻撃される恐れがある」


「……ルーナス様がそうおっしゃるのでしたらやめておきます、しかし、こいつは本当に大丈夫なのでしょうか? とても戦争の主役になれる知性があるとは……」


 言葉すら話せない下級生物がルーナス様に期待されている事実が腹立たしい。そもそも合成獣キメラという種はルーナス様の血を接着剤のごとく利用して沢山の魔物をくっ付けた化け物に過ぎない。


 一応、合成獣キメラの中心にはコアとなる生命体がいるけれど肉体を全く制御できていない時点で狂魔きょうまレベルに頭の悪い魔物だ、僕の足元にも及ばない。


 こんな奴を戦争の主役だなんて……ルーナス様は何を考えているのだろうか? ただでさえクレマンを仲間に引き入れられたことで魔王様の右腕という僕の地位が怪しくなっているというのに……。これ以上、悩みの種を増やしてほしくないものだ。


 頭の中に黒い思考を駆け巡らせていると僕の考えを察したのかルーナス様は優しい笑みをこちらへ向ける。


「心配しなくても魔王軍のナンバー2はジニアだよ。私はそこにいる合成獣キメラのことをクルスと名付けたものの愛着は無い。クルスは所詮合成獣キメラだ、合成獣キメラにされた生物の寿命はどんなに長くても30日が限度だからね。これからも私を支え続けてくれるのはジニアだ」


合成獣キメラの寿命はそこまで短いのですね。いや、それでもやはり僕は最終決戦でルーナス様の次に活躍できる立場でありたいと思ってしまいます」


「フフ、ジニアの嫉妬深さも中々のものだ。じゃあ言い方を変えよう。クルスはあくまで戦争の主役であり対勇者の主役ではない、つまりクルスの仕事は雑魚どもを葬り、町を壊すことだ。勇者と戦う真の主役は私やジニアというわけさ」


「そう言ってもらえると気持ちが楽になりました、ありがとうございます。ところで話は変わりますが、ルーナス様とクレマンの準備は順調でしょうか?」


「順調だよ。右手を失ったとはいえ私とクレマン君のコンビなら必ずゲオルグを倒すことができる。ゴレガードで得た収穫も大きいしね」


 ルーナス様は自信満々だ。ゴレガードでの戦いを経て勇者ゲオルグのことも呼び捨てになっており、燃えているのがよく分かる。


 だが、いくらボルテージが上がっていてもゲオルグの強さは脅威だ。クレマンを加えても絶対に勝てるという保証は無い気がする。とはいえ今のクレマンの強さを僕はよく知らない訳だが。


 他にも心配な点はある。ルーナス様とクレマンがゲオルグの相手をするということはパウルは僕がなんとかしなければいけないという点だ。認めたくはないがパウルは聖剣が無くてもかなりの手練れだ。


 今の僕にどうにかできるのだろうか? 情けないが相談する事にしよう。


「あの……ルーナス様。やはりパウルの相手は僕がすることになるのでしょうか?」


「その予定だよ。フフ、心配しなくても大丈夫さ。パウル君は確かに強いけど私も色々考えているからね。当日はジニアを勝たせる秘策を打つつもりだ。何も気負わなくてもいい」


「ならよいのですが……。ところで今、クレマンは何をしているのでしょうか? ここ数日、姿を見ておりませんが」


「彼には最終決戦に向けて力を蓄えてもらっているよ。様子を見せてあげるから一緒に行こう」


 そう告げたルーナス様は広くて道も無い暗闇のアジトを真っすぐに迷いなく歩き続けた。そして10分ほど歩き続けた頃だろうか、僕自身初めて見るアジトの端の岩壁には布の掛けられた横穴があった。


 僕はルーナス様と共に布をめくって中に足を踏み入れる。すると中は小さめの部屋のように空間が広がっており、地面には仰向けで眠るクレマンの姿があった。


 クレマンは息をしていないのではないか? と思うぐらい静かに眠っていて驚かされたが、それ以上に印象的だったのが左手の紋章だ。なんと左手の甲に刻まれていたはずの三日月の紋章が8割以上消失していたからだ。このままではクレマンが再び善人に戻り、敵に回ってしまうのではないだろうか?


「ルーナス様、クレマンの紋章が消えかかっているようですが大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫さ。私はちゃんと考えたうえで紋章を消しているからね」


「その考えとやらを聞かせて頂いてもよろしいですか?」


「う~ん、すぐに答えを言ってもいいけど、その前にジニアへ1つ問題を出そう。そもそも私はどうしてクレマン君を闇に堕とし、こちら側へ引き入れたと思う?」


「それはもちろん魔王軍側の戦力アップ、そして勇者側の戦力ダウンが狙い……ですよね?」


「そうだね。それも私にとって大きな目的だ。だけどね、ジニアが口にした答えは2番目に大事な目的なんだ」


 ルーナス様にとって勝利こそが1番だと思っていただけに意外な返答だ。戦闘面以外にクレマンを仲間に引き入れるメリットがあるということだろうか? それとも僕の考え方が根本から間違っているのだろうか?


「……正直、僕には1番の目的とやらが分かりません。勝利に繋がる要素以上に大切なものが本当にあると言うのですか?」


「あるよ。ゲオルグに勝つこと以上に大事で、なおかつ最終決戦以降に繋がる大事なものがね。ただ、これから話す『1番の目的』ってやつは学者でも頭を捻るような難しい話になってしまうんだ。だから私は理解しやすいように図解化して紙にまとめておいた。この紙を見ておくれ」


 ルーナス様は部屋の隅に置いてある箱から数枚の紙を取り出し僕に手渡す。紙に目を通し始めた僕は10秒とかからず体を震わせる。紙に書かれている内容が……ルーナス様の狙いが……魔王と呼ばれるに相応しいものだったからだ。


 震えて何も言えなくなっていた僕の頭を大きな竜の手で撫でてくれたルーナス様は、これまでで最も期待を込めた温かい声をかけてくださった。


「この紙の内容は私とクレマン君だけじゃなく、ジニアにとっても大切な話になるかもしれない。だからよく見ておいておくれ。君は私にとって最も優秀な部下だ、期待しているよ?」


「ありがたき言葉感謝いたします。必ずやルーナス様の役に立ってみせます」


 僕は元々ルーナス様に対する尊敬・忠誠心が天井に達しているものと思っていた。だが、この紙を見て僕の想いは限界を超えたと確信できる。


 今なら断言できる。ルーナス様なら必ず世界を……全てを手中にできると。





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