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第69話 町の皆と未来を語る(後編)




 ワイヤー、ログラーと別れた俺は大通り沿いにある畑を眺めていた。町にある畑の半分以上に昔、洞窟で仲間たちと死に物狂いで採取した蜘蛛型魔物ダークシェロブの糸が張られていて、今日も鳥や魔物から農作物を守っている。


 人との会話だけでなく物や場所でも思い出は蘇ってくるものだなぁ、と年寄りじみた感想が湧いてくる。そんな畑の横では楽しそうに言葉と身振り手振りで会話しているゴブリン族のカリー、ゴーレム族のテンブロル君、記者アイリスの姿があった。


 早速彼女たちに近づくとアイリスが最初に俺の存在に気付き、手を胸の前で握りしめて問いかける。


「ゲオルグさん! 丁度いいところに! 実は今、最終決戦前に色々な人へインタビューをしているところなんです。是非意気込みを聞かせてください!」


「意気込みと言ってもなぁ……。クレマンを元に戻してルーナスを討伐するだけだ」


「淡白でつまらないですねぇ。それじゃあ意気込みと言うよりも目的じゃないですか。少しは聡魔そうまの2人を見習ってほしいものですね」


「ん? カリーとテンブロル君のことか? 彼女たちは何て言っていたんだ?」


 俺が問いかけるとアイリスは手仕草と奇声を発しながら会話を始めた。同時にカリーとテンブロル君も途切れ途切れではあるものの人の言葉を話している。


 互いが互いの種族の言葉を話しているのは何ともいえないシュールさがある。特に奇声を発するアイリスは最早魔物なのではないだろうか? と思えてくるが言ったら怒られそうだから黙っておこう。


 話を聞き終えたアイリスは視線を俺に戻すとカリーたちの言葉を訳してくれた。


「カリーさんはルーナスを討伐した後、各国の復興が大事だと考えているようです。なので戦争が終わったら各地を回る旅の役者になって疲れている人たちを元気にしたいらしいです」


 カリーの言っている事はもっともだ。特にマナ・カルドロンはほぼ全てを魔物に占拠されて荒れているから復興に何年かかるか予想もつかない。目の前のことしか考えられていない俺よりよっぽど施政者に向いているかもしれない。


「立派だなカリーは。トゥリモでも指折りの人気役者だったカリーならきっと出来るよ。じゃあ次はテンブロル君の言葉を訳してくれ」


「テンブロルさんは将来的に測量士になりたいらしいです。本当に勉強が好きらしくて今ではもうマナ・カルドロン中央学院の試験問題も解けるようになってきているらしいですよ。本人曰くパウル君の10倍頭がいいらしいです」


「ハハハッ、パウルの知力を単位みたいに言ったら可哀想だろう。まぁパウルと仲の良い学友のテンブロル君だから言えるジョークか。なるほどな、測量士だなんて立派だな……って、アレ? 中央学院の試験問題?」


 冷静に考えると中央学院の試験問題が解ける時点で俺よりよっぽど頭が良いのではないだろうか? いや、下手したら教師のハンドフよりも……。俺にゲラゲラと笑う資格は無さそうだ。


 アイリスは更に訳した言葉を続ける。


「テンブロル君曰く、ブレイブ・トライアングルの地図は結構いい加減だから正確な地図が作りたいようです。そして自身の整地能力で作った道を地図に描き込むのが夢だと」


「もうテンブロル君じゃなくてテンブロルさんって呼ばなきゃいけないかもな。ちゃんとインタビューに答えられなかった自分が恥ずかしくなってきたぞ」


「じゃあ次の質問で挽回しましょう。教えてくださいゲオルグさん。魔王討伐後に貴方がしたいことは何ですか?」


 討伐後にしたいこと……エミーリアの母親を治す為にオルクスシージを探索し、更に外の世界について調べるという大きな目標もあるが、もっと身近で現実的な叶えたいことがある。だけど、それはまだ……


「すまない、俺にも考えていることはあるんだが今はまだ言えない」


「えーー! 何故ですか? 教えてくださいよぉ~」


 アイリスは頬を膨らませている。とりあえず納得させなければ。


「戦争が終われば、そう遠くないうちに言うと約束するよ、だから今は勘弁してくれ」


「……分かりました。じゃあ、絶対に絶対にゼーーッタイ! ルーナスに勝ってくださいね!」


「ああ、任せとけ」


 なんとか解放してもらえた俺は再び目的地を決めずに歩き出す。フラフラと歩いているといつの間にか西側にあるエノールさんの診療所とは真逆に位置する東診療所の前に来ていた。


 ここはエミーリアが主に働いている場所だ。告白の件があるから気恥ずかしいけど婆ちゃんに色々な人と話せと言われたから行かない訳にはいかないだろう。俺は診療所の扉を開けて廊下を進んでいると突然奥から


「おほほぉ~~い、堪らぬのぉぉ!」


 いかがわしい感じの男の声が聞こえてきた。この声は間違いなくローゲン爺ちゃんの声だ……。爺ちゃんにはスケベ目的でマナ・カルドロンに同行した前科があることを思い出した俺は誰かと不健全なことをしているのでは? と不安になりながら廊下奥の扉を開く。


 すると、そこには爺ちゃんの背中を押して前屈ストレッチを補助している夜の蝶メリッサの姿があった。どうやらゴレガードでの戦闘ダメージが残っている爺ちゃんのリハビリを手伝ってあげているようだ。


 ひとまず爺ちゃんが変な事をしていなくてホッとしたけど、どうしてメリッサと爺ちゃんが診療所の中にいてエミーリアがいないのかが分からない。聞いてみよう。


「2人ともお疲れさん。エミーリアの姿が見当たらないようだが、どこかに出かけているのか?」


 俺が尋ねるとメリッサはエミーリアの机の上にある帳簿を指差す。


「次の戦争に向けて在庫の減った薬を調達する為に荷物持ち係のホークさんと一緒に近辺の町や村へ足を運んでいるんです。数日留守にするらしいですよ。ホークさんは元盗賊で体力もあるので自ら志願したと聞いています。なのでローゲンさんのリハビリは私が代わりに手伝っているんです」


「そうだったのか。エミーリアやホークとも話したかったんだが残念だな。それにしてもメリッサがリハビリの手伝いとはな。勇者としても家族としても礼を言わせてもらうよ。本当にありがとな」


 礼を伝えた後、俺は爺ちゃんに視線を向ける。爺ちゃんの体にはいたるところに薬を軽く染み込ませた布が巻かれており少し痛々しい。先日エノールさんから聞いた話によると爺ちゃんが戦えるぐらいまで回復するには少なく見積もっても100日はかかるらしい。


 ルーナス達はそう遠くないうちに攻めてくるだろうから間違いなく爺ちゃんの回復は間に合わないだろう。共に戦えないのは凄く辛いが1番苦しいのは爺ちゃんだ。だから俺は気にしていないと思わせたい、笑顔にならなければ。


 俺はリハビリ頑張ってくれよ! という想いを込めて爺ちゃんに笑顔を向ける。しかし、爺ちゃんは苦笑いを浮かべて後頭部をポリポリと掻き始める。


「そんなに無理して笑顔を作るなゲオルグ。気を遣っておるのがバレバレじゃ」


「うっ! 爺ちゃんにはホント敵わないな」


「お前は分かりやすからな。まぁ心配してくれるのはありがたいがワシの心は至って元気だから心配無用じゃ。歩くことぐらいはできるし、歩ければ戦争時に指揮することぐらいはできる。ワシは怪我人なりに精一杯戦うつもりじゃ。同様に非力なメリッサもメラメラとやる気の炎を燃やしておるぞ。な? メリッサ?」


 話を振られたメリッサは両方の握りこぶしを顔の前で掲げて肯定し、いまだ話を飲み込めていない俺に説明してくれた。


「私が燃えている理由を聞いてくださいゲオルグさん。私の本当の戦いは魔王を倒した後にあると思っています」


「魔王を倒した後? どういうことだ?」


「私、戦争が終わったらヘルメスになろうと思うのです」


「ヘルメス? それってパウルの……」


 ヘルメスはパウルが会得したと言っていた『魔物と話せるという嘘の聖剣スキル』の名だ。メリッサは更に話を続ける。


「パウルさんが意識していたかは分かりませんがヘルメスという言葉は元々、相談や対話の力を司る大妖精の名前です。そしてマナ・カルドロンでは悩みや相談を聞く仕事をしている人を指す言葉でもあるのです」


「ラウンジで働いていたメリッサに通じるところがあるな」


「ええ、私もそう思います。私は今まで夜の蝶として経験と勉強を重ねて沢山のお客様にお酒と楽しい時間を提供してきました。ですが、その時間を享受できるのは、ある程度、金銭・環境・世相などに余裕がある時だけです」


「言われてみれば確かにそうだな。このご時世じゃ楽しめない娯楽だし、シーワイル領にはそもそも存在しない類の店だったし」


「はい、なので私は会話・対人能力を活かし、荒れた世で愚痴や泣き言を言いたくなっている人たちを支える仕事がしたいのです。夜の蝶にとって1番大切なのは美貌ではなく『聞く力』なので」


 メリッサの言っている事はとても立派だ。方向性的には精神面の治療を務める医師に近いかもしれない。改めてメリッサという人間の深さを知れたのは嬉しいが、志すことを決めたきっかけが気になるところだ。


「素晴らしい夢だな。何か夢を持つようになったキッカケはあるのか?」


「やっぱりエミーリアさんとパウルさんの影響が大きいですね。エミーリアさんは医師という裏方の職業にもかかわらず千日英雄祭人気コンテストで7位になるほど慕われています。そしてパウルさんは種族の壁すら破壊した素晴らしい人ですから方向性は違っていても憧れます。今、留守番がてら介護をしているのも修行の1つですね」


 夜の蝶として頂点に立った者が別分野の仕事へ踏み出す……この決断は相当な覚悟を求められることだろう。


 町人たちは勝利を信じてそれぞれの夢や将来に向けて歩みだしている。そしてメリッサの言う通りパウルは種族の壁を壊し、全てを打ち明け、ジャスの置き土産とも言えるラグナログを手に掴んだ。


 改めて皆の逞しさを感じると同時に自分に足りないものが分かってきた気がする。それは多分、人生を通して湧き上がってくる熱望のようなものだろう。それが真の意味で認知できた時、俺はもう一皮剥け、聖剣スキルを開花できる気がする。


 今からパウルに会いに行こう。そしてラグナロクを会得した時の話を聞き、学びを得ることにしよう。俺はメリッサとの会話を切り上げて2人に別れを告げる。


「じゃあ俺はそろそろ行くよ。2人とも頑張ってくれよな」



 俺が背を向けると「ちょっと待てゲオルグ」と言い、立ち上がった爺ちゃんがポケットから折りたたまれた紙を取り出して俺に渡す。


「ワシの勘じゃが多分、お前はこれからパウルのところへ行くのじゃろ? ならついでに、この紙をパウルに渡しておいてくれ」


「それはいいけど、なんで俺がパウルのところへ行くって分かったんだ?」


「なんとなくゲオルグが次のステップに進もうと決意している様に見えてのぅ」


「……長年、俺の親をやってるだけあるよな。ホント爺ちゃんはよく観察してるよ。紙は忘れずにパウルに渡しとく、じゃあな」


 俺は東診療所を出てパウルがいるであろう洞窟学校へと走る。ちょうど夕方前で授業を終えたパウルが洞窟から出てくるところに遭遇し、俺はパウルに声をかける。


「パウル、ちょっと時間あるか?」


「どうしたオッサン? なんか用か?」


「こんなこと、お前に頼むのは初めてかもしれないな。俺は勇者として、もう1段階上にいきたいと思ってる。だからパウルに手伝って欲しいんだ」





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