俺たちがグリーンベルに帰還してから早7日が経とうとしている。最近のグリーンベルと周辺は町・村はゴレガードとマナ・カルドロンの難民が押し寄せた影響で人口がかなり増えている。元々トゥリモを中心に働いていた仲間たちも援助という形でグリーンベルに来てくれている者も多い。
そんなせわしない日々の朝――――自宅兼洞窟で目覚めた俺は起き上がって肩を回す。ルーナスとの戦いから日は流れたものの、まだ肩が突っ張っているような疲労感がある。
肉体的にも精神的にも相当厳しい戦いだったから無理もないだろう。だが、最終決戦はいつになるのか連絡が来るまでは分からない。想定より早くなる可能性もあるから疲れたなどと言っている場合ではない、頑張らねば。
朝食を食べて外に出た俺はいつものようにギルドの扉を開ける。中をざっと見た限り今日は人が少ないようだが奥で町長ヨゼフとスミル婆ちゃんが俺に向かって手を振っている。2人が囲んでいるテーブルに相席するとしよう。
「おはよう2人とも。戦争に備えなきゃいけないから忙しいけど今日も頑張ろう。で、今日は何か優先してやった方がいい仕事とかあるか町長?」
俺が問いかけるとヨゼフは婆ちゃんと目を合わせて小さく頷いた後、再び俺に視線を向けて口を開く。
「町の皆と話をしてきてくれませんか?」
「話ってどういう内容の話だ?」
「何でも構いません。ただただゲオルグ様が話したいことを話したいように。雑談でもくだらない話でも何でもいいので」
いまいち意図が分からず困惑していた俺を察してか、今度は婆ちゃんが話し始める。
「皆と話をして士気を上げて欲しいとか、そういうことじゃないのよ。次の戦争がいつになるか分からないからこそ残った時間を楽しんできてほしいの」
「なんか俺だけサボって楽しんでいるみたいで心苦しいんだが……」
「ゲオルグちゃん自身のリフレッシュにもなるでしょうし、町人も貴方の事が大好きだから、いつも声をかけられただけでとても嬉しそうにしているのよ? だから気にせずいってらっしゃい」
流石に過大評価だとは思うが断れそうな雰囲気じゃないから仕事のことは一旦忘れて行くとしよう。どうせなら思い出を振り返るように町を歩くのもいいかもしれない。
俺はギルドを出て東西に伸びるメインストリートを歩く事にした。すると診療所の外のベンチで紅茶を飲みながら休憩している医師エノールさんの姿が目に入った。俺は何も言わずに横へ座るとエノールさんが先に話しかけてくれた。
「おはようさん。なんだか暇そうだなゲオルグ」
「ああ、色々あってさ。今朝、急に暇になったんだ」
「そうか、ワシも暇しておってな。いやー、マナ・カルドロンでのスリリングな洞窟潜入が懐かしいわい。ゴレガードでゲオルグに攻撃を仕掛けたパウルが勢いあまって頭をぶつけてタンコブを作っていたことなど、もはや大昔に感じるわい」
「ハハ、そんなこともあったな。今思うとエノールさんにはシーワイル領以外の場所でも世話になったことが多いな。むしろグリーンベルに来てから暇しているんじゃないか? 医師として優秀な後輩エミーリアもいることだし」
「ああ、お前の言う通りだ。エミーリアはあれだけ過去に色々抱えているにもかかわらず立派な医者になってみせた。年齢こそ若いが全ての面でワシを抜くのも時間の問題だろう。あの娘はグリーンベルの宝だ。だから色々な意味で大切にしてやれよ、ゲオルグ」
そう告げるとエノールさんは俺の肩に手を置いて笑みを浮かべる。いつもは歳の割にワイルドなイメージがあるエノールさんだけど今日は随分と柔らかい感じがする。数少ない医師仲間のエミーリアを本当にかわいがっているのだろう。
「ああ、そのつもりだ。それにしても思った以上にエミーリアを大事にしているんだな。まぁ同職の後輩だという点を抜きにしても人当たりがよくて優しい奴だからな」
「よく分かっとるじゃないか。いや、未来の嫁さんのこととなれば当然かのぅ」
「茶化さないでくれよ。嫁さんどころか俺とエミーリアは恋人関係ですらないんだからさ」
恋人関係どころか最近はエミーリアとの会話が減っているぐらいだ。俺が血を流して復讐を止めた挙句、告白の返事も保留状態だから仕方がないことなのだろうけど。
そんな俺を尻目にエノールさんはゲラゲラ笑いながらも徐々に表情を真面目に戻して遠くの空を見つめていた。
「ゲオルグを弄るのはここまでにしておいてやるかのぅ。まぁ色々喋ったが、まとめるとエミーリアをこれからもよろしくな、と言いたい訳じゃ。ワシには今言った理由以外にもエミーリアを守りたい理由がある。その為にはゲオルグの強さが必要なんじゃ」
「……まだ言っていない『エミーリアを守りたい理由』ってなんだ?」
「ルーナスを倒し、全てを終わらせたら教えてやる。だから絶対に勝って生き残れ、分かったな?」
「勝つ楽しみが1つ増えたな。分かった、必ず勝ってみせるよ」
俺はエノールさんと軽く拳を合わせて約束の誓いをした後、ベンチから立ち上がり診療所から離れる事にした。
※
次は誰と会うだろうか、と歩みを進めていると前方から金属を叩く音と言い争う男性2人の声が聞こえてきた。どうやら防具屋の中から聞こえてきているようだ。俺がノックをして中に入ると
俺は挨拶もほどほどに2人の間に入って武具談義と雑談を続ける。
気が付けばあっという間に1時間が経っており、お茶を入れ直しに行ってくれたログラーが眼鏡を曇らせながら俺とワイヤーに茶を渡し、これからの意気込みを語り始める。
「今度の戦い、流石にジニアやルーナス級との戦闘では役に立てそうにはありませんが、その他の魔物相手には精一杯戦わせてもらいます。僕は1度ジニアを牢屋から逃してしまったこともありますからミスを取り返したいですしね」
今日のログラーはいつものクールさは消え、熱く語ってくれている。ログラーは既に優秀な防具を多く作って貢献してもらっているから充分ではあるのだけれど。それにジニアが逃げた件だってログラーは悪くない。
「あの時のことは気にするな。ジニアの脱獄は人員を多く配置しなかった俺のミスだ」
「気を遣っていただきありがとうございます。まぁジニアの件を抜きにしても僕には頑張らなきゃいけない理由が他にあるんです。そうですよね、ワイヤーさん?」
何故かワイヤーの名前を出したログラーは椅子から立ち上がると自作の盾を左手に持ち、右手にはワイヤーが作ったであろう剣を持って頭上に掲げた。
ログラーを見つめていたワイヤーは口元を緩めると言葉の真意を語る。
「実はワシの武器製造技術をログラーへ継承することにしたのじゃ。ワシは天才じゃが流石に歳だ。だからルーナス率いる魔物群との戦いを最後に鍛冶師としても戦闘員としても引退する予定じゃ」
「そうか……プライドの高いワイヤーが言うなら本気なんだろうな。なんというか……寂しくなるな」
「別に死ぬわけではないしワシの技術は残り続ける。だから暗い顔をするなゲオルグ。ワシはそれなりに満足しておるよ。生意気なログラーに技を教えるのはシャクじゃが、なんだかんだでワシの次に器用な奴じゃからのぅ」
「え? 僕が1番ですよ?」
「馬鹿言え、まだまだワシが1番じゃ!」
ちょっと良い雰囲気だったのにまた喧嘩が始まった。それを見て俺はいつものように笑い、そして時間は流れているのだなぁと実感する。2人は未来に向かって歩き出している。俺も頑張らないと。
俺は名残惜しい気持ちを抱きつつ次の場所へ行く為に席を立つ。するとログラーが親指を立ててこちらへ向ける。
「僕らは僕らなりに頑張ります。だからゲオルグさんも最終決戦頑張ってください。そして守ってください――――」
ログラーは再びワイヤーに視線を向け、ワイヤーは小さく頷き――――
「新ログラー武器・防具店をな!」
年寄りとは思えない大きく張りのある声で俺に勝利を託す。
「ああ、任せてくれ」
熱い魂を持った職人2人に見送られて外に出た俺は次の仲間へ会いに歩き出す。