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第65話 一筋の亀裂




「次の一撃で終わりにしよう、ルーナス」


 俺が聖剣を両手で握って頭の上で掲げるように持ち、剣先を真っすぐ天に向けて告げるとルーナスは足と声を震わせながら笑う。


「フッ、その隙だらけの構えはなんだい? 首から下がガラ空きじゃないか」


「いいから全力で攻撃してこいよ。お前のありったけを込めた一撃を打ってこい。じゃないと後悔するぜ?」


「…………」


 俺の本気を感じ取ったのかルーナスは沈黙し、獅子のように手足を全て地に付けて膝を曲げ、姿勢を更に低くしてみせた。そこから両手の爪に魔力を練って鋭く禍々しい氷の爪を作り出す。


 長さはナイフ程度だがルーナスの加速と腕力を乗せられた一撃をもらえば致命傷は避けられないだろう。


 互いに準備は完了だ。唾をのむ音すら聞こえてきそうな静寂の中、俺たちは同時に地面を蹴る。ルーナスは俺が想像した以上に高速で距離を詰めてきている。獅子という表現すら生ぬるい四足走行からルーナスは右の爪を突き出す。


 俺の心臓を貫く為に鋭利な爪が……死が迫る。そんな状況にもかかわらず俺はサルキリにいた子供時代を思い出していた。




 あれは確か7歳ぐらいの頃、ローゲン爺ちゃんから薪割りを習っていた時だったはずだ。あの時、爺ちゃんは薪割りの手本を見せた後、子供には少し難しい話を始めた。


『武器による最も強い一撃とは何かゲオルグに教えてやろう。それは体の捩じりと質量を乗せ、最も速度が出ているタイミングでヒットさせることだ。体の捻りは縦でも横でも構わないが意識することを忘れてはならぬ』


 ぶっちゃけてしまうと7歳の俺に細かい理屈は分からなかった。とにかく体の使い方とタイミングが重要なんだなぁ~、というぐらいに考えてた。そんな俺に爺ちゃんは話を続ける。


『もしゲオルグが木こりだとしたら横の捻りを極めれば一振りで大木を切断し、年輪が拝めるだろう。同様にゲオルグが薪割りを繰り返し、縦の捩じりを極めたその時は……』


 俺は聖剣を薪割りの斧に重ね、心の中で爺ちゃんの言った教えを強く念じる。



――――縦の捩じりを極めたその時は『薪ごと大地に……星に亀裂を入れられるようになる』



 確かめるように過去を思い出した俺は何万回も繰り返してきた薪割りの動作に全ての力と魔力を注ぎ込む。そこに氷炎鬼ひょうえんきと聖剣による強化を乗せて――――



裂星斬れっしょうざん!」



 迫りくるルーナスの右手に垂直の一閃を打ちこむ。


 聖剣を握る俺の両手にはルーナスの右手に触れた感触が僅かにあったものの刀身は地面へと激突する。すると大地は地震の如く一筋の亀裂を入れ、衝突により発生した塵芥が視界を塞ぎ、足場を失った俺とルーナスは落下してしまう。


 落下から着地までの時間は1秒にも満たないから大した高さではないだろう。塵芥によって塞がれていた視界が徐々に晴れていく。警戒心を高めたまま前方を見つめているとルーナスは


「うぐっ……ぐあああぁ!」


 右腕の肘から先を失い、夥しい量の血を流しながら呻き声をあげてうずくまっていた。互いの攻撃があまりに速く、目で追い切れなかったが俺の一振りはルーナスの爪撃に勝ったんだ!


「俺は倒せたんだな……爺ちゃんの技で」


 勝利の実感が遅れてやってくる。落下から10秒ほど後、亀裂の上側にやってきたパウルも俺に笑顔を向けて親指を立てている。本当にもう終わったんだ……。


 拳を握って喜びを噛みしめているとルーナスは目尻に涙を溜めて痛みを堪えつつも薄い笑みを浮かべて呟く。


「やはりゲオルグ君は強い。1対1で戦えば私の方がほんの少し上だろうと思っていたけれど結果は無様なものだ」


「だったらもう諦めてくれるか?」


「……そうだね、諦めるよ」


「……そうか」


 最後にルーナスの口から負けを認める言葉が聞けてよかった。邪悪な存在と言えど散り際は潔くいきたいのかもしれない。俺はトドメを刺す為に聖剣を再び強く握りしめてルーナスに歩み寄る。


 本当はこんな奴でも殺したくはない。だがルーナスは俺が思っていた以上に強く厄介な存在だった。だから殺さずに寿命が尽きるまで牢獄で管理することなど不可能だ。


 俺が勇者として、ライバルとしてトドメを刺す、それが責任だ。俺は聖剣を頭上に振りかぶる。しかし、ルーナスは俺に視線を向けず俯いたままボソボソと後悔を垂れ流す。


「勇者に負けるのはこれで何度目かな? きっと10回は超えているだろう。加えて今回は初めて1対1で負け、腕まで切られて大きく力を失った。こんなに無様なことはあるだろうか?」


「……後悔しているところ悪いがトドメを刺させてもらう。回復されたら厄介だからな」


 俺は心を鬼にして告げる。しかし、俺の言葉などまるで聞こえていないかのようにルーナスは呟き続ける。


「歴代勇者に負け、オイゲンに負け、ジャス君に一杯食わされ、ゲオルグ君に至っては人型で戦った時も含めて2回負けている。無様……無様……無様……本当に無様だっ! 計画の最終段階へ入る前に私はどうしてもゲオルグ君に勝っておきたかった。歴史上誰よりも強い勇者である君に……」


「最終段階? まだ何か企んでいるとでも言うのか?」


「…………」


「おい! 答えろ!」


 状況的には圧倒的に俺の方が有利なはずなのに嫌な予感が止まらない。俺は焦りから右手でルーナスの首を掴んでいた。だが、ルーナスは首を掴まれたままゆっくりと顔を回し、大地の亀裂の中にいるのにもかかわらず北側に視線を向ける。


 ここから北にあるものと言えばゴレガード城くらいだ。もしかしてルーナスはクレマンに野望を託そうとしているのだろうか? それとも奴の言う最終段階とやらにクレマンが大きく関わってくるのだろうか?


 奴に何と質問するべきだ? それともさっさとトドメを刺すべきか? 最善の選択が分からない。悩んでいると首を掴む俺の手にルーナスの声による振動が響く。


「そうか、今、ようやく分かったよ。私はクレマン君と同じなんだ。勝ちたい相手がいて……越えられなくて悔しくて……矮小な自分が許せなかったんだ。そして一人間として圧倒的なゲオルグ君を嫉み、憧れてもいたんだ」


「俺は圧倒的な個じゃない。さっきはパウルの覚醒に助けられたし周りの人間には死ぬほど世話になった。そして母の命を犠牲に生き永らえただけの弱い人間だ。お前が戦ってきたのは俺と俺の背後にいる沢山の仲間たちだ。個の強さならルーナスの方が上だ」


「あぁ、その言葉に救われる気がするよ。私の強さは君から認められたものなのだとね。これで晴れやかな気持ちのまま最後のステージにいける」


「最終段階だの、最後のステージだの訳の分からない言葉を並べるな! いい加減にしろ! 最後のお喋りは終わりだ。今ここで殺して――――」



――――オッサン、後ろ!



 頭上から発せられたパウルの大声に反応して即座に後ろを振り向いた俺は驚愕する。なんと切断して地に落ちていたはずのルーナスの右腕が俺の頭に向かって飛んできているのだ。


 堪らず頭を左に逸らすことで何とか避けることはできたものの、俺のいる位置を超えた血まみれの右腕はルーナスの体内へと吸収されていく。もしや、再び右腕が生えてくるのではないだろうか? と警戒した俺はバックステップで距離をとる。


 しかし、ルーナスの右腕が元に戻ることはなかった。その代わり……と言うのもおかしいかもしれないがルーナスの全身は透明に近い薄紫色の液体に覆われていた。


「なんだ? まだ俺と戦う気か?」


 俺が問いかけるとルーナスは無言で首を横に振り、ゆっくりと上昇して亀裂の中から外へと移動する。俺も追いかけるように外へ出るとルーナスは残った左手で右肩を擦る。


「まだ戦う気なのか……とゲオルグ君は尋ねたね? 答えはノーだ。今日のところは帰らせてもらうよ。近いうちに最終決戦の日時を連絡するから、それまで待っていておくれ」


「行かせるわけないだろ!」


 俺は怒りを乗せてルーナスに聖剣を振り下ろす。しかし、聖剣はルーナスの体を覆う薄紫色の液体に触れると油のように滑り、刀身が地面にめり込んでしまった。昔、パウルが見せた受け流しの魔術に似ているけれど力の受け流し具合は桁違いだ。


 明らかに普通ではない技の正体をルーナスは渋い表情で語る。


「この魔術はティアマト族の石碑を巡っているうちに見つけたんだ。部位が切り離されるレベルの大ダメージを受けた時のみ放てるアープスという名の変異魔術でね。見ての通り攻撃を寄せ付けない究極防御魔術だ……と言ってもこちらからも攻撃が出来なくなってしまうのだけどね」


 発動条件が厳し過ぎるものの撤退性能はずば抜けている魔術のようだ。触れられない水の鎧を纏われてしまっては文字通り手の出しようがない。何も出来ないままルーナスは

攻撃が届かない位置まで浮上してしまう。


 そしてルーナスは水の鎧を少し分離してジニアにも纏わせると風船のように浮上させて自身の近くへと寄せる。ルーナスは未だに気を失っているジニアと自身が纏うアープスを解除すると、ジニアを背中に乗せて別れの言葉を告げる。


「右腕を失うことになったけど同時に得るものもあった素晴らしい戦いだった。傷を癒し、体力を回復させたらグリーンベルへ決着をつけに行くよ。それじゃあまたね、ゲオルグ君、パウル君」


「おい! 待て!」


 張り上げた俺の声を背に受けてルーナスとジニアは西の空へと飛んでいった。北にある城へは飛んでいないから恐らくクレマンとすぐに合流することはなさそうだ。


 あと一歩でルーナスを討伐できていたかと思うと悔しいが、今は奴の右腕を斬り落として戦闘力を大きく下げられただけで良しとしよう。


 俺は肩の力を抜き、パウルに歩み寄ると労いの意味を込めて頭を撫でる。


「決着はつけられなかったけど俺もパウルも精一杯頑張ったから胸を張ろう。特にパウルは殺されかけていた俺を救ってくれた。本当にありがとな」


「いや、今日のオイラに褒められる資格なんてないよ。だって……聖剣アスカロンを奪われたんだぞ。大失態と言ってもいい……」


「今回の戦いは不意打ち、覚醒、切り札……と、かなり荒れた戦闘だった。パウルに落ち度はない、だから後悔するな。それに落ち込んでいる暇はないぞ、今から俺たちは……」


「ああ、そうだな。ローゲン爺ちゃんに合流して魔物群を倒し、クレマンの所へ行かないとな」


 俺とパウルは互いに頷き合って南方向に走り出す。ここからでは爺ちゃんの姿は見当たらないが南の城下町から戦闘音が聞こえるから間違いなく南にいるはずだ。恐らく魔物を多く倒しているうちに南へ移動していたのだろう。


 俺とパウルは疲れた体に鞭を打って魔物の群れという名の壁をぶち破り爺ちゃんを探し続けた。すると南北に伸びるメインストリートで魔物の群れの進行を抑えるように戦っている爺ちゃんと治癒術士たちの姿があった。


 爺ちゃんは南に進もうとする魔物たちを上手く止めているが右肩から大量の血を流して苦しそうにしている。


「ハァハァハァ……お、遅かったのう、ゲオルグ。フーッ、フーッ、ま、魔王は撃破できたのか?」





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