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第64話 真実の追求




 パウルの語る過去は残酷でありながらも決意と友情に満ちたものだった。ルーナスとジニアも過去のパウルとジャスの執念を知り、流石に驚いており言葉を失っていた。全てを語り終わり沈黙するパウルに視線を向けた俺は


「パウルは10年以上苦しみ、戦っていたんだな」


 称える言葉を伝えた。それと同時にパウルとの出会いと、これまでの軌跡を思い返していた。


 今ならパウルが勇者を吸収した元スライムだという事実に納得がいく。


 ゴレガードの橋の上で初めてパウルと戦った時、アイツは滑り気のある腕で俺の打撃を滑らせたことがある。他にも粘着性・伸縮性のある魔術スレッドが使えたり、子供とは思えないほどに次々と強力な魔術を修得し、発動していた。


 もちろん本人の努力も大きいだろうがベースは勇者を吸収したスライムである点にあるのだろう。


 そして合点がいったのは戦闘面だけではない。魔物と会話する聖剣スキル『ヘルメス』だ。俺の予想だと恐らくヘルメスそのものがパウルが考えた嘘だと思う。確かめておこう。


「なあパウル、教えてくれ。本当はヘルメスなんて能力は無いんだよな? 大方、自身が魔物であることを隠しつつ、聡魔そうまを守り、仲間に引き入れる為に思いついた嘘ってところか?」


「ごめん、全部オッサンの言う通りだ。本当はゴブリンのカリーとも昔からの知り合いでさ、彼女はガブのお婆ちゃんなんだ。だから聡魔そうまたちを守りたくて嘘をついただけじゃない、償いの意味もあった」


「……償い……か」


「他にもジースレイクの浄化を頼んだ件だって嘘こそついていないけどオッサンを利用した形になる。オイラの母ちゃんの墓に繋がる湖を汚したままにしたくなかったんだ。全部、全部オイラの身勝手なんだ、許して欲しい」


「…………パウルは本当に馬鹿野郎だ」


「……うん、散々シーワイルの仲間を利用したんだから返す言葉もないよ」


「違う、俺は利用されたなんて思っていない。俺たちの力を頼ってくれるのはむしろ嬉しい。俺が言いたいのは何故もっと早く本当のことを教えてくれなかったんだってことだ」


 きっとパウルが知らないところで勝手に頑張って、勝手に償っていた事実が俺自身寂しかったのだと思う。せめてシーワイル領では最初からずっと一緒にいる俺に対してだけは抱え込まずに話して欲しかったのが本音だ。


 でも、それは俺の我儘でしかないのだろう。


「オイラのこと、嫌いになったか?」


 パウルが探るような目で俺を見つめている。もちろん、俺がパウルの事を嫌うわけがない。この先、何があろうとずっと。俺はパウルに歩み寄って頭を撫でる。


「お前の壮絶な人生を知って、ますます見直したよ。だからもう、そんな顔をするな」


「オッサン……」


 パウルは本当によく頑張った。むしろ謝らなければいけないのは俺だ。パウルの件だけじゃない、エミーリア、ローゲン爺ちゃん、クレマンの過去と心の闇――――それら全てを深く追求しなかった俺が悪い。


 俺はこれまで仲間の過去が気になった時も無理に聞くのはよくないと自分を納得させて身を引いてきた。だけど、本当は真実の追求から逃げていただけなのかもしれない。少なくとも真実を知らなければ今の幸せが続くわけだから。


 だが、世相が傾いてきてからは立て続けに追及を避けてきたツケが回ってきている。逃げてきた俺のツケが。


 俺の仲間たちは本当に強い、そして過去に散っていた者たちには逆立ちしたって敵わない。俺は甘ったれた勇者だったんだ。だからもう、これからは後悔しない道を選んでいく。


 誰も傷つけさせない、誰も死なせない、全てを守る最強の勇者になってやる。


 俺は聖剣バルムンクを両手に持ってジニアの方へと構えた。この時、心なしか聖剣からいつもより多くの力が溢れている気がした。


 その感覚は間違いではなかったのだろう。パウルは聖剣バルムンクの刀身に付いている台座を指差すと「台座が光ってるぞ、オッサン!」と驚いていた。


 だが、怖いぐらいに落ち着いていた俺は台座の発光など気にならず、淡々とパウルに問いかける。


「パウル、ラグナログを使った疲れはまだ残っているか?」


「正直、まだクタクタだ。過去話をしているうちに回復するかと思ったけど、慣れないスキルだからか回復が遅いんだ」


「そうか、ならちょっと休んでろ。しばらく俺1人で戦う」


 俺が宣言すると話を聞いていたジニアは噴き出すように笑う。


「プッ、馬鹿なことを言いますね。2対1で勝てるわけがな――――」


 俺はやかましいジニアが喋り切る前に飛び出した。そして、ありったけの力を込めてジニアへ垂直に聖剣を叩き込む。聖剣の台座部分はジニアの左肩に接触すると轟音という言葉すら生温い衝撃音を発し、周囲に広場の破片を降らせた。


 直径30歩ほどの巨大クレーターの中心には体を曲げて白目を剥き、口角から泡を吹いくジニアの姿があった。


「これで俺とルーナスの1対1だな、ジニア。いや、気絶しちまって聞こえないか」


 体についた埃を払った俺は続けてルーナスに聖剣を向ける。その時、俺は我が眼を疑った。なんと聖剣の丸い紋章が全て白く光っており、刀身にずっと付いていた台座がひび割れて崩れ落ちたのだ。


 初めて見るバルムンクの剣先は感慨深いものがある。それに紋章が余すことなく光っている事実が遂に勇者と認められた気がして堪らなく嬉しい。だが、残念なことに紋章を光らせても未だに聖剣スキルを得た感覚がない。


 俺には聖剣スキルが開花しないのだろうか? だとしてもルーナスが残っている現状、落ち込んでいる暇はない。それにスキルが無くても聖剣による基礎能力向上効果は以前よりもずっと強い。氷炎鬼ひょうえんき、そして紋章覚醒を経た今、ついに俺は3段階目の強さを手に入れることができたのだ。


 俺が自分の変化を噛みしめているとルーナスは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。


「以前のゲオルグ君ならジニアを1撃で倒せるパワーなんて無かった。恐らくこれまでは心技体が揃っていても勇者の血が薄すぎて紋章を光らせることができなったのだろう。血以外の要素が成長して不利を補ったのかもしれないね」


 ルーナスの予想が当たっているのなら俺の体に流れるボルトム王の血はかなり薄いことになる。逆に言えば母さんの血が濃い事になるからこんなに喜ばしいことはない。


「お前もたまには嬉しくなるようなことを言ってくれるんだな」


「ただ分析を口にしただけだよ。そして更に分析するならば聖剣に認められた今、ゲオルグ君は他の勇者よりも頭1つ飛びぬけた力を手にしていると見える。パウル君の過去を聞いた私はジャス君の血肉を継いだパウル君こそが最強の勇者になると思っていたのだけどね。ゲオルグ君はいつも想像を超えてくる、オイゲン以上に不愉快な存在だよ」


「奇遇だな、俺もお前が大嫌いだ。パウルの正体を勝手にバラしやがったんだからな!」


 聖剣による強化と氷炎鬼ひょうえんきを重ねた俺は地面を蹴り、ルーナスへ薙ぎ払いを繰り出す。しかし、ルーナスは上に飛んで躱すと尻尾を俺の右頬へと打ち込んだ。俺の首がメキメキと音を立て、口の中に血の味が広がる。


 だが、そんなことはどうでもいい。俺は無理やり右肩を上げて顔と右肩で尻尾を固定する。ルーナスはらしくない大声で「離せッ!」と怒鳴るが、離すつもりなんてない。俺は顔と肩で尻尾を挟んだまま左足でルーナスの横腹に蹴りを放つ。


 うめき声をあげて吹き飛んだルーナスは口に溜まった血を地面に吐き、舌打ちすると俺の2倍以上ある大きな両手を広げて掴みかかる。


 呼応するように俺も聖剣を捨て、両手を頭上に掲げて互いに両手を掴む。俺とルーナスは地面がめり込むほどに押し合い、手が潰れる勢いで全力の握力をぶつけ合う。


「どうした? デカい図体と手を持つ竜族様も意外と大したパワーじゃねぇな」


「ハァハァ……そう言いつつも拮抗しているようだけどね!」


「へっ! 俺のパワーは右肩上がりなんだよ! 見てやがれ、うおおおぉぉ!」


「それは私も同じだけどね! はああぁぁっ!」


 子供の喧嘩レベルで意地を張り合う俺たちは更に足を地面にめり込ませる。メキメキと音を立てて互いの手を潰し合う俺たち。激痛に比例しない静止状態の中、ルーナスは――――


「うぐぅッッ!」


 俺の右手に掴まれている左手に一際鈍い音を響かせて呻き声をあげた。この音と感触、間違いなく骨にダメージを与えた音だ。俺は膂力でも決して負けてはいないんだ。


 このまま更にルーナスの左手にダメージを与えてやる、絶対に離すものか。俺は煽りの意味を込めて笑みをルーナスに向ける。しかし、追い込まれているはずのルーナスは何故か笑っていた。


「フフッ、アハハ!」


「何がおかしい? 逃げ場を失くして気が狂っちまったか?」


「いやいや、違うよ。手を掴み、骨にヒビを入れて勝った気になっているゲオルグ君が滑稽だと思ってね」


「なんだと?」


「そもそも私相手に距離を詰めるのが間違っているのさ。まさか、また掴まってくれるなんてね。学ばないね、君は」


 少し呆れるように呟いた直後、ルーナスは口を大きく開き、口内に灼熱のエネルギーを溜め始めた。奴の尻尾は警戒していたが火炎ブレスにまで頭が回らなかった……判断ミスだ。


 魔術と違い火炎ブレスにはほとんど溜めがない。今から手を離して逃げようにも背中を焼かれるのがオチだ。正直かなりマズい。だが、こういう時こそ冷静にならなければ。


 頭をクールに体を熱くするのが氷炎鬼ひょうえんきだ。それに覚醒を果たした今、地面に置いた聖剣からも糸で繋がっているみたいに力の増幅効果を受けている。


 今の俺は真の勇者だ、間違いなく強い。だからやってやる……俺流の喧嘩を!


「じゃあね、ゲオルグ君……ハァッッッ!」


 両手を握られたまま俺の視界に真っ赤な灼熱が広がる。目の前に迫る死を前に俺は目を瞑り……そして全力で両手を引き、火炎ブレスなどお構いなしに全力で頭を突き出した。


 俺のありったけを込めた頭突きは火炎ブレスを突き破るように進み――――


「なにっっ!」


 驚きの声を漏らすルーナスの口と鼻に俺の頭が激突する。肉を切らせて骨を切る覚悟で放った俺の頭突きはルーナスの鼻を潰し、ルーナスの上前歯を折り、そして火炎ブレスを口内で暴発させる。


「ウグアアアァッッ!」


 爆発にも似た火炎エネルギーで顔を焼かれ、2本の歯を落とし、水撒きのように紫色の血を巻いたルーナスは後ろによろけて大きく息を乱しながら片膝を着く。


 一方、俺の方はそれほど火炎ダメージは受けずに済んだようだ。ロウソクの火に高速で指を通すのと同様、一瞬しか火に触れなかったからもしれない。何も考えていなかったからラッキーだ。


 血の噴出する鼻を抑えて涙目になったルーナスは竜の特性なのか目の前で折れた歯を即座に生やしてみせた。イカれた再生力だが疲弊具合からみる限り再生にかなりエネルギーを使っているのが伺える。


 なんとか両足で立ったルーナスは真上を向くと鼓膜が破れそうなほどに咆哮をあげ、殺意に満ちた目を俺に向ける。


「ハァハァ……おのれぇぇぇぇッッ!」


 ルーナスは普段のクールっぷりを欠片も感じない唸りをみせている。実に奴らしくない、つまり非常に良い状況というわけだ。楽しい喧嘩になってきた。煽って更に奴の本性を剥き出しにしてやろう。


「力自慢の俺に近づくからこうなるんだ。学ばないな、お前は」


「ぐっ……クソッ!」


 ルーナスは悔しがりながら両足を広げて低い姿勢をとり、一層強い闘志と殺気を膨らませている。ここにきてようやく分かったがルーナスはクレマン以上の負けず嫌いだ。きっと負けず嫌いだからこそクレマンを上手く煽って闇に堕とすことができたのだろう。


 戦う者が負けず嫌いなのは良い事だ。だが、どんな心も性格も使い方を間違えちゃいけない。奴は俺と血の繋がった兄弟を狂わせた、そして血の繋がらない弟分を傷つけた。絶対に許せない相手であり、絶対に止めなければならない。


 だからもう決着をつけよう。歴代の勇者、そして勇者オイゲンが振るった聖剣バルムンクで。俺は地面に落ちている聖剣を拾い上げて両手で持ち、頭の上で剣先を真っすぐ天に向ける。


「次の一撃で終わりにしよう、ルーナス」





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