「企みというより提案したいことがあるんだ。パウル君、ガブ君、これから先もずっと僕と一緒にゴレガードで暮らさないかい?」
正直、ジャスは何を言ってるんだと思ったよ。でも、ジャスは真面目な表情を崩すことなく話を続けた。
「君たちは僕と一緒に修行すればきっと心技体の全てを高めることができる。特に君たちの優しさと勇気は本物だ。勇者にだってなれるかもしれない」
「いくらなんでも馬鹿げてるぞ。勇者は人間ですら数万人、十数万に1人しかなれない存在なんだろ? 魔物であるオイラたちがなれるわけないじゃないか」
「それは、ただ単に前例がないだけさ。僕は勇者になりたいという心が強ければきっと誰だって勇者になれると思っているよ。それに君たちが勇者を目指してくれたら10数年後には勇者の黄金世代……いや、真の平和を勝ち取れる気がするんだ」
オイラはジャス兄の言う『勇者の黄金世代』『真の平和』って言葉が凄く気になったんだ。上手く言えないけど、どちらの言葉にも未来への勝算や希望みたいなものが込められている気がしてさ。
だからオイラはすぐに「どういう意味だ?」って尋ねたよ。そしたらジャス兄は少し照れくさそうに鼻頭を掻きながら言ったんだ。
「僕には12歳下の弟がいてね。人一倍負けん気が強くて生意気で危なっかしいところがあるけど根っこの部分は優しくてね、戦士としての才能にも溢れているんだ。だからきっと僕以上の勇者になれる。そんな弟の隣でパウル君とガブ君も勇者になってくれたら最高の3勇者になって、魔王だって倒してくれると思ったんだ。魔物の君たちに頼むのも変な話だけどね」
「なんか弟の話をしている時のジャスはいつも以上に楽しそうだな」
「歳も大きく離れているし、なんだかんだで可愛いからね」
「ふーん、小さい弟がいるとそんな感じなんだな……あれ? でも仮にオイラとガブが勇者になったらジャスを含めて勇者が4人になっちまうぞ? 聖剣が1本足らなくなってしまうな」
「その時は聖剣3本を交代に使えばいいさ。勇者が4人いてはいけないルールなんてないからね。と言っても弟が大人になる頃は僕もそこそこオジサンだ。聖剣を扱う資格を失っている可能性もあるけどね」
10年以上経った今、あらためて思い返すとジャス兄はオッサンと全く同じことを言っていたんだって笑えてくるよ。型にとらわれずにあらゆる可能性を信じられる器の大きい人間……まさに理想の勇者そのものだ。
この後もオイラたちは勇者についての話を続けていたよ。明るい未来を空想しながら話す時間は楽しくってさ。雨宿りが終わればこの会話が終わってしまうような気がして雨が止まないで欲しいと思ったよ。
そんなオイラの願いが通じたのか雨は一向に止む気配がなかった。だからジャス兄の話をたくさん聞く事ができたけど、長話の中でもジャス兄は決して自分の家名と弟の名前を語ることはなかったよ。
オイラが本格的にブレイブ・トライアングルと勇者の歴史を学ぶようになったのはグリーンベルに来てから暫く経った後だから、まさかジャス兄とクレマンが兄弟でゴレガードの王子だとは思わなくてびっくりしたよ。
だから正直、会いたいと思っていたジャス兄の弟クレマンが想像と随分違う男でショックだった。それが原因でクレマンに対してキツくて説教臭い態度をとってしまったこともある。オイラが大好きだったジャス兄の弟に相応しくない! って許せなかったんだ。
だけどオッサンは絶対にクレマンを見捨てなかった。そして何度も関わり続ける中でクレマンを真っ当な勇者に変えてみせた。クレマンが変わってくれたことがオイラは本当に嬉しかった。だからこそクレマンを闇に突き落としたルーナスが許せない……。
……ごめん、過去の話をしていたのに話題が逸れちゃったな、戻すよ。
勇者やブレイブ・トライアングルの話を続けていたジャス兄は突然表情を暗くするとオイラとガブの頭を交互に撫でて言ったんだ。
「現代に生きる勇者として……本当はパウル君、ガブ君、そして弟の力を借りたいなんて言いたくないのだけどね。でも、そうは言っていられないんだ。最近の異様な状況の前ではね」
「異様な状況?」
「うん、実はブレイブ・トライアングルの内外問わず奇妙なことが起こっているんだ。突然、各国の一部兵団が何者かによって潰されたり、同様に厄介な
「足跡を残さないってことは短時間かつ少数で行われているってことなのか?」
「流石パウル君、分析が鋭いね。僕たちゴレガード王国もそう考えているよ。より正確に言えば『各個撃破、ヒットアンドアウェイ』を仕掛ける極めて知能の高い
単独もしくは少人数で強く、神出鬼没で賢い魔物……この分析を聞いた時、オイラは噂に聞く魔王そのものだと思ったよ。いつの時代も魔王の強さはとんでもないと両親から聞いていたからな。オイラはすぐに引き返した方がいいとジャス兄に伝えようとしたんだ。
だけど、伝えようとした正にその瞬間――――事態は最悪な方向に動き出したんだ。
――――ぐあああぁぁっ!
オイラたちのいる丘よりも更に少し高い位置にある丘で野太い男性の断末魔が響いたんだ。オイラは嫌な予感がしたから離れたかったけどジャス兄はすぐに飛び出してしまったからオイラとガブも全力でジャス兄の後を追ったんだ。
すると丘のてっぺんの開けた場所で4人の兵士が倒れていたんだ。その兵士たちはオイラとガブに優しくしてくれたジャス兄率いる調査班の人たちで既に殺されていたんだ。
調査班は1班10人の3班で構成されているからジャス兄の班は既に10人中4人が殺されてしまっていて、残り5人の兵士は今まさに剣先を向けていたんだ……当時は名前すら知らなかった2人組――――改めルーナスとジニアに。
魔物の中でもかなり弱いドレイン・スライム族のオイラは目の前にいる格の違いすぎる魔物2体に震えが止まらなかった。
ジニアは魔物たちの間でも有名なガーゴイル族で、この時すでに石像化を解いていて狂気に満ちた目と左手の甲に刻まれた三日月の紋章をオイラたちに向けていたよ。現代とほぼ同じ見た目をしていたけど唯一違いをあげるとすれば翼が4枚あることぐらいかな。
一方、ルーナスの方は黒いローブを目深に被って革手袋も着けていたから三日月の紋章は見えなかった。ただただ不気味だった記憶がある。
人間の姿をしたルーナスと人間に近い姿をしたジニア、そして倒れる仲間たちを前にオイラとガブは何も言葉を発せなくなっていたんだ。
ジャス兄はまだ生きている兵士たちに他2班の兵士たちを呼んでくるよう指示を出したんだ。だけどルーナスは全く意に介していない様子で1歩前に出るとジャス兄の方を向いて薄っすらと笑みを浮かべたんだ。
「オルクス・シージに足を踏み入れた調査隊を潰し続ければ、いつか噂の勇者様に会えると思っていたよ。まさかこんなに早く会えるとは思っていなかったけどね。はじめましてジャス君」
「……一目見て貴様らが只者ではないと分かるぞ。特にローブを羽織った貴様は魔力が濁りきっている。もしかして貴様が魔王か? 名はなんという?」
「私の名も横にいる部下の名も答える気はないよ。それに名を知ったところで意味はない。どうせジャス君はここで死ぬことになるからね」
「僕を殺したいのか。魔王という立場なら当然か。理由はやはり魔物たちにとって勇者が邪魔だからか?」
「大体正解だね。勇者だろうが魔物だろうが邪魔な者は消していくのが私だからね。逆に言えば勇者でも利用価値があれば殺しはしないのだけどね。ジャス君は私の求める勇者像とは真逆の存在だ。悪いが今ここで消させてもらうよ」
そう告げたルーナスはゆっくりとジャス兄に近づき始めた。当時のオイラにはルーナスが言う『利用価値』って言葉の意味が全く分からなかった。きっと昔からルーナスはクレマンの例のように勇者を闇に染めて仲間に引き込みたかったのだと思う。
ルーナスが少しずつ距離を詰め、ジャス兄の剣が届く範囲に入った瞬間、聖剣と拳の凄まじいぶつかり合いを合図に2人の戦いは始まったんだ。