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第61話 兄弟分(パウル視点)




「無事で良かったねゴブリン君、それに人語を話すスライム君も。僕の名前はジャス、これでも一応勇者をしているんだ。もしよければ少し話せないかな?」


 ジャスと名乗る青年は人間にもかかわらず友好的にオイラたちへ声を掛けてきたんだ。声質が凄く優しいし盗賊たちをやっつけてくれたから悪い奴ではないのかもしれない。それでも人間なんか信じられるわけがないと思っていたオイラはガブに目線を送って距離をとり、威嚇したんだ。


「魔物を沢山殺してオルクス・シージを奪おうとする人間の言葉なんか信用できるわけないだろ! これ以上近づいたら噛みつくぞ!」


「やっぱり簡単には仲良くなれないか。う~ん、どうすれば僕のことを信用してもらえるかな?」


「……だったらお前がオイラたちに害を加えないと証明してみせろ。やれるもんならな!」


 我ながら無理難題を吹っかけたと思う。それでもジャスは全く嫌な顔をせず「分かった」と呟くと、聖剣をオイラたちの後方へと投げ、更に背を向けた状態で地面に座ったんだ。


 この行動が意味するのはオイラたちへの信用だ。聖剣を持ち去る権利も背後から攻撃する権利も与えたうえでオイラたちが裏切らないと信じてくれたわけだからさ。


 オイラはガブに聖剣を持つよう指示した後、ジャスに問いかけた。


「どうしてオイラたちをそこまで信用できるんだ? お前たちの嫌いな魔物だぞ?」


「別に僕たちは全ての魔物を嫌っているわけではないさ。大人しくて賢い魔物もいれば見境なく人を襲い、農作物を荒す魔物もいるからね。僕は君たちを前者だと判断しただけさ」


「会ったばかりのオイラたちを信用できると思ったのは何故だ?」


「実は陰からこっそり盗賊と君たちのやりとりを見させてもらってね。君たちは別種族の魔物でありながら互いを命懸けで守ろうとしていた。それが信用できると思った要素の1つだね」


 オイラはジャスが聡魔そうま狂魔きょうまの違いを何となく理解している事に驚いたよ。だけど、それ以上に驚いたのが魔物同士の関係性に着目していたところだ。敵であるオイラたちに友情や家族愛があろうが人間にとってはどうでもいいはずだ。なのにジャスは我が身を危険に晒してでも敬意を示し、対話を望んできたわけだからさ。


 この時点でオイラはかなりジャスのことが気になっていたよ。ただ、まだ気になることがあったオイラは質問を重ねた。


「今、お前は『信用できると思った要素の1つ』……と言ったけど、他にも何かあるのか?」


「うん、あるよ。実は僕がさっき放った白光の雷撃には一風変わった特性があってね。それは『悪しき者にだけダメージを与える』というものなんだ。だから、もし君たちが悪い魔物なら盗賊たちと同様にダメージを受けていたはずなんだ。だけど君たちは無傷だ、信用できると思えるし、会話の1つでもしたくなる僕の気持ちも分かるだろ?」


 悪とか正義とか今でもよく分からないし、主観によって変わるものじゃないのか? とも思う。けど当時のオイラは雷撃を喰らわなかった事実が嬉しかったんだ。あの盗賊たちとは真逆の精神性であり、ジャスに認められたような気がしたから。


 オイラはガブに預けておいた聖剣を自分の頭の上に乗せてもらうと勢いよくジャンプして聖剣をジャスの横に放り投げたんだ。オイラなりにジャスを信用したと示したかったからな。


 背中を向けていたジャスは薄く笑みを浮かべると聖剣を手に持って鞘に入れて、握手を求めてきたよ、オイラには手なんかないのにさ。


 オイラは人語が分からないガブに対して通訳のように一通り説明した後、額をジャスの手に合わせて握手の代わりとしたんだ。ガブもまたオイラを信じてジャスと握手を交わしてオイラたちの名前をジャスに教えたよ。


 こうして敵対関係でなくなったジャスは改めてオイラたちに自己紹介を始めた。


「じゃあ名前は伝えたから次は僕がここに来た目的を話そうかな。嫌な気分にさせるかもしれないけど僕と僕の仲間である兵士達はオルクス・シージを人類の領土にする為にここへ足を踏み入れたんだ。兵士たちは今、少し離れたキャンプ地で待機しているけどね」


 ジャスは自分がゴレガードの貴族であること、3つの小規模兵団を連れてオルクス・シージを調査していたこと、自身が現代でただ1人の勇者であり、手にした聖剣の名はグラムであること等、色々と教えてくれたよ。


 勇者とか聖剣とかよく分かっていなかったオイラにとって凄く勉強になったよ。マナ・カルドロンとゴレガードの違いすらイマイチ分かってなかったオイラはマナ・カルドロン兵が落とした手帳が人類侵攻の全てだと思っていた事実を知って再び恥ずかしくなったよ。


 でも1番辛かった事実はゴレガード兵団が現在進行形で母ちゃんの墓がある森を調査していたことでさ。ジャスのことは気に入っていたけど思わず愚痴を吐いちゃったよ。


「そうか、他にも仲間がいるのか。それに、この森もやっぱり侵攻対象なんだな。境界線付近だから仕方ないとはいえ、辛いなぁ」


「パウル君たちにとって、ここは特別な場所なのかい?」


 ジャスに質問されたオイラは両親を亡くしたこと、墓を守りたいと思っていること、全て正直に答えた。するとジャスは少しだけ寂しそうな表情を浮かべてからすぐ近くにある墓へ手を合わせてこう言ったんだ。


「パウル君のお母さんの魂が安らかに眠れますように。僕も小さい頃に母親を亡くした身だからパウル君の気持ちがよく分かる。だから、よかったら僕に墓の移転を手伝わせて欲しい」


「墓の移転を? 本気で言ってるのか? 確かにジャスなら母ちゃんの遺体を運ぶ腕力はあるだろうけど、オルクス・シージは奥に行けばいくほど魔物がいっぱいだ。いくらオイラでも言葉の通じない魔物からはジャスを守り切れないぞ?」


「いや、僕はオルクス・シ―ジに運ぶつもりはない。ブレイブ・トライアングルの西端に運んで墓を作ってあげたいと思ってる」


「は? 何言ってんだよ! 人間の領土に墓を建てられたら今後オイラが墓参りに行けないじゃないか!」


「フフ、もちろんパウル君が安全に墓参りできる手段も考えているさ。とりあえず一旦僕についてきてよ。ここから15分程度移動すれば墓場にピッタリな場所に行けるからさ」


 ジャスが自信満々に答えるからオイラもガブもとりあえず信じて後をついて行ったんだ。そして15分後、境界線を越えてブレイブ・トライアングルに入ってすぐのところでジャスは足を止めた。そして前方にある小さな湖を指差したんだ。


「あそこに湖があるだろう? あの湖はジースレイクと名付けられていてね。湖底にはそこそこ広い空気のある空間があるし、オルクス・シ―ジ側の長い地下水脈とも繋がっているんだ。もう、僕が何を言いたいか分かったかな?」


「まさか、湖底に母ちゃんの墓を建てるって言うのか? 確かに地下水脈が繋がっているなら人目どころか魔物の目も避けて墓参りに行けるかもしれない。墓を荒される心配もない。けど、ここはブレイブ・トライアングル、つまり人間が管理する土地だろ? いくら湖底と言っても信用できないぞ……」


「それなら心配いらないよ。この湖はシーワイル領にあるけれど、管轄しているのは僕だからね」


「え? ジャスはゴレガードの貴族なんだろ? どういうことだ?」


 オイラが問いかけるとジャスはジースレイクにまつわるエピソードを話してくれたよ。どうやら数年前に行われた領土拡大作戦で活躍したジャスは湖を含めた広いエリアを人類の地とすることに成功したらしい。


 その際、名の無い湖に名前を付けようという話になり民衆の総意でジースレイクと名付けられたんだってさ。


 本当は英雄ジャスの名を使ってそのままジャスレイクにしたいと民衆は言っていたらしいけどジャスは照れ屋だから「せめてちょっとだけ名前を変えさせてほしい」と頼んで今のジースレイクになったらしい。


 この話を聞いた時、オイラはジャスがただの貴族ではないのでは? と思ったよ。聖剣を抜いただけじゃなくて民衆から相当慕われているし、他国でも実績をあげていたわけだからさ。


 それに出会ったばかりの聡魔そうまの墓事情にまで首を突っ込むお人好しだ。オイラはすっかりジャスの人柄に惹かれていたよ。


 だからオイラはお言葉に甘えてジャスと共に墓を移転させたんだ。墓参りに行くには湖に潜るか地下水脈を辿らなきゃいけないから手間はかかるけど母ちゃんを静かな場所で眠らせてあげられることほど嬉しい事はない。だからオイラは凄く幸せだった。


 墓の移転を終わらせたオイラたちは湖の前で休憩する事にしたんだ。もう、やって欲しい事はやってもらったから、そろそろジャスとお別れだと寂しくなっていたらジャスはオイラが望んでいる言葉をかけてくれたんだ。


「パウル君、ガブ君。よかったら僕が率いる侵攻兵団としばらく一緒に行動しないかい? まだまだ君たちと話したいことが沢山あるんだ。もちろん、兵士たちには事情を説明するから襲われる心配はないよ」


 ジャス曰く、ゴレガードの侵攻兵団は3班に分かれているらしくてジャスは第1班を主軸に動いているらしい。オイラはもちろんガブもすっかりジャスを信用していたから二つ返事で了承したよ。


 そしてオイラたちはジャスの部下に相応しい優しいジャス班兵士たちと挨拶を交わしてすぐに仲良くなったんだ。


 仲良くなってからの日々は本当に楽しかったよ。ジャスとガブとオイラはずっと一緒に行動していて人間と魔物の話を続けていたんだ。


 時には山で狩りや採取をしたり、オイラが複雑な森の地形を解説したり、一緒のテントで川の字になって寝たり、本当に楽しかった。


 オイラにはガブという友達がいるけど兄弟はいないから年上で頼りになるジャスは兄貴分のように感じてさ。気が付けばオイラもガブも『ジャス兄』とか『兄貴』って呼んでいたよ。


 そんな楽しい日々はあっという間に過ぎていき、気が付けば10日も経っていた。あの日は夕方頃に突然激しい雨が降ってきたっけ。


 近くの小さな丘にある大きな木の陰に入って雨宿りする事にしたオイラとジャスとガブは木の根を椅子代わりにして雨が止むのを待っていたんだ。ジャスはガブとオイラの体をタオルで優しく拭いてくれていたよ。


「いきなりの雨でびっくりしたね。寒くない? 大丈夫かい?」


「オイラもガブも急な悪天候には慣れているから平気だよ。ジャスたち人間とは違って毎日雨風を凌げる場所で寝られるとは限らないからな」


「……君たちは本当に逞しいね。いや、魔物全てがそうなのかもね。そんな大変な毎日を送っているパウル君たちからすれば寝床を脅かす僕たちは心底憎いんじゃない? どうして僕と一緒に行動してくれるんだい?」


 母ちゃんは人間に殺されたわけだから憎くないと言えば嘘になる。ガブは返答に困っているみたいだ。でも、オイラはジャスが好きで、ジャスと出会って人間がそこまで悪い存在でもないと思えるようになってきた。だから問いに答えるのは簡単だった。


「人間も魔物と一緒で生きるのに必死だ。きっと単純な善悪って話じゃないんだと思えたんだ。だから憎しみを軸にして行動しないようにしたいと思ってる。それにジャス兄と一緒にいればいつか人間と魔物が共存できる未来に辿り着けるような気がするんだ。それが一緒に行動している理由かもしれないなぁ」


「パウル君は本当に凄いな。決して少なくはないドレイン・スライム族だけど人間の言葉や文化を吸収しようとした者は恐らく君だけだ。異種族であるガブ君に慕われて互いを命懸けで守る気概もある。ここ数日一緒にいて戦闘センスがあることも分かった」


「な、なんだよいきなり褒めまくってさ! 何か企んでるのか?」


 正直照れくさかったオイラは冗談っぽく返したんだ。だけどジャスは真剣な顔で提案してきたんだ。


「企みというより提案したいことがあるんだ。パウル君、ガブ君、これから先もずっと僕と一緒にゴレガードで暮らさないかい?」





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