信じられないが本当にパウルが聖剣でルーナスを倒したのだ。俺は気を失ったルーナスの左翼から聖剣バルムンクを強引に引き抜き、すぐさまパウルへと駆け寄った。
「凄いじゃないか、パウル! この土壇場で本物の勇者になっちまうなんてよ!」
「ハァハァ……オッサンを助けなきゃ……って藁にも縋る思いで聖剣アスカロンに触れたんだ。まさか、聖剣の資格だけでなく雷の力まで手に入れられるなんて」
「最後の聖剣の名はアスカロンか。それに新しいスキルはラグナロクと言っていたな。体に何か異変はないか? 体力は大丈夫か?」
「フゥフゥ……正直、ありったけの雷を放ったからフラフラだよ。だけど、もうひと踏ん張りしないと。だって、ルーナスはまだ戦う気みたいだから」
聖剣アスカロンで体を支えたパウルは俺の後ろを指差す。そこには両足を震わせながらも立ち上がろうとするルーナスの姿があった。
「くっ……まだ、戦いは終わっていないよ。私もパウル君もゲオルグ君も等しく消耗しているのだからね。ここからが楽しい第2ラウンドだ」
悔しいがルーナスの言う通りだ。ラグナロクは威力に比例して燃費が悪いようだし、俺も空中戦に加えて首を絞められ過ぎて未だに頭がフラフラしている。ここからは如何に根性を見せられるかが肝になる。
俺とパウルは互いに聖剣を構える。そしてルーナスは威嚇するように両翼を大きく広げると俺たちの周囲を巨大な竜巻で覆ってみせた。竜巻に覆われたフィールドは直径100歩程度だろうか。わざわざ戦う場所を固定してきたのは恐らくパウルに距離をとられてラグナロクを喰らいたくないからだろう。
逆に言えば俺がパウルとルーナスの間に立って接近させなければパウルはラグナロクだに集中できるはずだ。俺は敢えてパウルの前方に立って堅守の構えをみせる。
「よっぽどラグナロクを恐れているみたいだな、ルーナス。パウルと距離を空けたくないのが見え見えだぜ?」
「……相変わらずゲオルグ君の煽りは腹が立つね。もう私には勝ち目がないから諦めろとでも言いたいのかな?」
「ああ、正直諦めてくれたら助かるよ。俺たちはもうクタクタなんだ。それにお前だって雷に打たれて死ぬよりも牢の中で穏やかに余生を過ごす方がいいだろう?」
「フフッ、やっぱり勝った気でいるんだね。おめでたいコンビだ」
「強がりは止めろ。今さらルーナスに何ができ――――」
――――うわああぁっ!
ルーナスを問い詰めた直後、俺の後ろから突然パウルの叫び声が響く。瞬時に後ろを振り向くとそこには右手の甲を斬られて地面に倒れるパウル、そして血の滴るナイフを左手に持ち、右手には奪ったばかりの聖剣アスカロンを持つジニアの姿があった。
ジニアは奪った聖剣アスカロンを放り投げ、キャッチしたルーナスは自身の背中に聖剣を置いた。すると驚く事に聖剣は沼へ沈めるかのごとく皮膚の下へと取り込まれていた。幸い聖剣を取り込んでも本体は強化はされていないようだが、これでパウルは聖剣を使えなくなってしまった。特異技能だらけのティアマト族に頭が痛くなってくる。
しかも、ここからは敵が2体だ、頭痛の種は更に増している。そんなジニアは以前と違い最初から腕の部分以外の銅像状態を解除しており、したり顔を浮かべている。
「ハハッ! ルーナス様の素晴らしい御膳立てのおかげであっさりと聖剣を奪えました。勇者ゲオルグ、それと勇者パウルでしたっけ? 貴方たちは知恵比べでルーナス様に負けたのですよ」
ジニアの言う知恵比べとは恐らく竜巻のことだ。俺は竜巻で囲まれた瞬間、ルーナスが距離を詰めたがっていると思い込んでいた。だが、実際のところ竜巻は轟音と視界の遮断によってジニアをパウルの背後に忍ばせるのが狙いだったのだ。
悔しいがジニアの言う通り作戦負けだ。俺は一旦態勢を立て直すためにパウルの手を引っ張って立たせた。パウルは血の流れる右手甲を抑えながらジニアに視線を向ける。すると何故かパウルは突然両腕をだらんと垂らし、目を点にする。
「嘘だ……ずっと話に聞いていたジニアとは……お前のことだったのか?」
俺とジニアは面識があるけれどパウルは今回初めて出会ったはずだ。なのにパウルは因縁深そうに呟いており、逆にジニアは首を傾げている。
「おかしいですね。僕は勇者パウルと面識はありませんが……。どこかでお会いしましたか?」
「ああ、ジニアから見たらオイラのことなんて分からないだろうな。だが、オイラは絶対に忘れないぞ。世界で1番憎い相手だからなッ!」
おかしい……パウルが1番恨んでいる相手は兄貴分を殺した三日月の男……つまりルーナスのはずだ。意味の分からない状況に俺が何も言えなくなっていると傍観していたルーナスが含み笑いを浮かべる。
「ククッ……やっぱりそうか。ジニアとの因縁、ラグナロクの会得、粘着性の糸を出す魔術、身に纏う魔力の性質……ようやくパウル君の正体に確信がもてたよ。ゲオルグ君は面白い逸材を仲間にする天才だね」
「あ? 何が言いたいかさっぱり分からないな。お前が何と言おうがパウルはパウルだ、それ以上でもそれ以下でもない」
「まぁゲオルグ君ならそう言うと思っていたよ。だけど、真実を知ってもなお同じ台詞が吐けるかな? パウル君が大嘘つきだと知ったら、いくらゲオルグ君でも幻滅するかもよ?」
――――やめろ! やめてくれ! オイラの過去はいつかオイラ自身が話す!
1歩前に身を乗り出したパウルは険しい顔で制止をかける。しかし、ルーナスは肩をすくめるとパウルの事などお構いなしに真実を口にする。
「いいや、私は喋っちゃうよ。スキル『ラグナロク』が元々別の勇者が持っていたスキルであることも、そしてパウル君が過去の勇者を殺してラグナロクを奪ったであろう事実をね」
パウルが勇者を殺した? そんな馬鹿な……ありえない! ルーナスの事だから絶対に誤解を招く言い方をして楽しんでいるだけだ。それにルーナスの言っている事には明らかにおかしい点がある……それは――――
「デタラメを言うな! 勇者を殺せばスキルが手に入るなんて聞いたことがない。それにスキルはあくまで聖剣を介して放たれるものだ。勇者が死ねば聖剣は破邪の大岩に戻って初期状態になる……つまり、過去の勇者のスキルなんて使えるわけが無い!」
「鈍いなぁゲオルグ君は。こんな状況なのだから人間基準で物事を考えちゃダメだよ。だってパウル君は元魔物なのだから」
「は? 元魔物……だと? 嘘だろ? ルーナスはデタラメを言ってるだけだよなパウル?」
俺はすがるようにパウルへ視線を向ける。しかし、パウルは首を横に振って魔物であることを肯定してしまう。もう俺の頭はぐちゃぐちゃだ。何て言葉を発すればいいのか分からず只々沈黙しているとルーナスは竜巻を解除して戦闘態勢を解いた。
「このままじゃ戦いに身が入らないだろう? 昔話をするぐらいの時間なら待ってあげるから話しなよ、パウル君。私も『12年前のあの時』に何があったのか詳しく知りたいからさ」
どうやらここにいる者たちの中で俺だけが何も知らないらしい。パウルは泣きそうな目で俺を見つめると「分かった、全部話すよ。聞いてくれオッサン」と呟き、過去の出来事を語り始めた。