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第57話 50年の罪悪感




「以上が私と老いぼれローゲンの過去だ。楽しんでもらえたかな?」


 竜魔王ルーナスが語る過去は数百年単位の時間をかけた壮大なものだった。それにまさかローゲン爺ちゃんが勇者の弟であり相棒だったなんて。


 すっかり沈黙してしまった爺ちゃんへ確かめるように俺が「ルーナスの言った通りなのか?」と尋ねると爺ちゃんは弱々しく頷き口を開く。


「ああ、本当じゃ。思い出したくない苦い過去じゃがな。ワシが魔王に掴まれなければ兄さんに庇われることはなかった。ワシにあと少しだけ体力があれば魔王にトドメを刺せていた。3国が魔物に苦しめられている現状も全てワシの弱さが招いた結果じゃ……」


 爺ちゃんは自分を責めてしまっているが、もちろん爺ちゃんはやれるだけのことは全てやったのだから悪くない。ただ、1つ気になるのがオイゲンが吸収された後の爺ちゃんの動向だ。


 オイゲンと血が繋がっていて強さも申し分ない爺ちゃんなら聖剣を抜いて敵討ちに動きそうなものだ。だが、爺ちゃんは勇者になっていない。フォローしつつ少し掘り下げてみよう。


「爺ちゃんは命懸けで戦ったんだから立派だよ、だから自分を責めないでくれ。それより俺が気になるのはオイゲンさんが亡くなった後のことだ。爺ちゃんは何をしていたんだ?」


「平原で気を失ったワシは目覚めた後、すぐにゴレガードに兄さんが吸収されたことを報告した。そして、数年間は他の勇者の警護と魔王の捜索に務めていた。また勇者が吸収されるのを防ぐ為、そして兄さんを助け出す為にな」


「そうか、他の勇者は流行り病に倒れていたんだもんな。ちなみに爺ちゃんは聖剣を抜いて勇者になろうとしたのか?」


「いや、兄さんが吸収される前はワシも挑戦していたが上手くいかなかった。そして、目の前で吸収される兄さんを見て以降は挑戦すらしなくなった。何故なら勇者になれば逆に魔王の力を増幅させる恐れがあると思ったからな。吸収された兄さんの抵抗がいつまでも続く保証はないからな」


 それから爺ちゃんは『魔王と戦う場合は複数の勇者で挑むこと』『勇者になる可能性のある若者を育てること』……この2点を常に考えながら日々を過ごしたそうだ。


 爺ちゃんがサルキリで暮らすようになったのも理由があった。それは昔から優秀な戦士を育てる隠れ里として機能していたサルキリは指導者として都合が良いからだ。加えてブレイブ・トライアングルの中央に位置しているのも即座に各国へ移動できる点で優れていたと爺ちゃんは語る。


 爺ちゃんは50年もの間、オイゲンさんの仇を取る為に頑張っていたんだ。いや、もしかしたら救える可能性も捨てていなかったのかもしれない。


 爺ちゃんは全てを語った後、泣きそうな顔で俺を見つめながら頭を下げる。


「すまなかった、ゲオルグよ。ワシは孤児院の院長として子供を鍛えると言っておきながら本当はお前にワシの無念を晴らしてもらいたかったのじゃ。才あるお前を私怨に巻き込むなど許されるはずがないのにな……」


 爺ちゃんは謝っているが俺は微塵も爺ちゃんを嫌いになってなどいない。兄弟を取り戻したい気持ちは俺にだって分かる。俺もシーワイル領やサルキリの皆が吸収合体によって奪われれば居ても立っても居られないはずだ。現に異母兄弟のクレマンが闇に堕ちてしまった事実は俺をいつ暴走させてもおかしくないのだから。


「爺ちゃん、もう謝らないでくれ。始まりが何であれ爺ちゃんは愛情を持って俺を育ててくれた。サルキリで暮らした日々はかけがえのないものだった。俺にとって爺ちゃんは父親みたいなもんだ。苦楽を共にしてできた絆は間違いなく本物だ」


「ゲオルグ……お前というやつは本当に……。分かった、もう謝りはせん。ここから先は勇者オイゲンの弟として、そして勇者ゲオルグの親として戦う」


 迷いの無くなった爺ちゃんは両拳を激しくぶつけて気合を入れた。拳同士の衝突とは思えない破裂音にも似た甲高い音は俺たち全員を鼓舞する。


 俺たちパーティーの精神状態は大丈夫だ。あとはルーナスについてもっと掘り下げておきたい。ルーナスに直接尋ねよう。


「ルーナスの体調が最近まで優れなかったのは体内のオイゲンが朽ちようとしていたからなのか?」


「うん、その通りだよ。体内のオイゲンは寿命と言うよりもどちらかと言えば長年の抵抗による魔力の過剰消費が原因だろうね。戦いでも魔量が枯渇すれば五感が鈍ったり気絶したりするだろう? 切り離したオイゲンの体があまり老けていなかったのは私との融合で加齢が減衰したのだと推測しているよ」


 オイゲンさんが抵抗していた期間は吸収合体されてから暫くの間だと思っていたが、まさか50年も……自分の体が壊れるまで抵抗していたとは。先代勇者の根性は凄いなんて言葉では片付けられないレベルだ。


「オイゲンさんは最強の精神力を持つ勇者だな。ルーナスにとっては50年の呪いとなった訳か。その失敗が傀儡化の方法を会得する為の原動力になったわけだな」


「……クレマン君に三日月の紋章を与えたのは確かだけど傀儡化と呼べるほど都合の良いものじゃないよ」


「三日月の紋章を与えてもルーナスの意思でクレマンを操ることは出来ないってことか? ならクレマンは自分の意思で闇に堕ち、三日月の紋章を受け入れたということか?」


「……ご想像にお任せするよ。きっとクレマン君も同じことを言うはずさ。そうだよね、クレマン君?」


 話を振られたクレマンは肯定と取れる薄い笑みを浮かべている。詳しく話すつもりはないわけだ。ならば次はこれからのことについて聞いてみよう。


「クレマン、お前は最終的にルーナスと合体するつもりなのか?」


「……少なくとも僕は合体するつもりはない。僕は僕の意思で動きたいし、オイゲンという大失敗の事例もある。ルーナスがどうしたいのかは分からないがな」


「そうか、お前たちのことは大体分かった。ルーナスが合体を望もうが、クレマンが自分の意思で闇堕ちしようが俺たちの取るべき行動は変わらない。お前たちを止めるだけだ」


 覚悟を決めた俺は聖剣バルムンクの剣先をクレマンへと向ける。しかし、クレマンは手の平をこちらに向けて拒絶の意思を示す。


「待て、僕はまだ戦うつもりじゃない。決戦は別の日にさせてもらう。今日、僕がゲオルグを招待したのは見てもらいたいものがあるからなんだ」


「何だよ見せたいものって」


「謁見の間に来い。そこで素晴らしいものを見せてやる。だが、僕がゲオルグに対して用があるようにルーナスも何か用があるらしい。先にそちらを片付けてから謁見の間に来てくれ。じゃあな」


 そう告げるとクレマンは城の方へと歩き出す。一方的に話したいことを話しやがって……と思った俺はクレマンを止めようと走り出す。しかし、ルーナスが目の前に立ち塞がる。


「悪いけど順番を飛ばさせる訳にはいかない。ゲオルグ君には先に私の相手をしてもらうよ」


「チッ……。用があるならさっさと言え。ルーナスは俺たちに何をして欲しいんだ」


「謁見の間で待つクレマン君には悪いけど私はゲオルグ君たちを今、この場で皆殺しにしようと思っている。折角、竜の姿に戻れたんだ。少しは暴れないとね」


「自信満々だな。竜に戻ったお前は勇者2人を同時に相手できる強さがあるんだな」


「いや、ゲオルグ君もパウル君も本当に強いからね。私が勝てる確率は多くても3割ぐらいだろうね」


 ルーナスは自分から勝負を仕掛けてきているにも関わらず弱気な予想を口にしている。勝てる確率の方が少ないと言うのなら一体何が狙いなのだろうか? もしかしたら俺かパウルのどちらか1人でも消せたらいいと考えているのか? それとも3割という言葉自体が嘘なのだろうか?


 どっちにしてもルーナスとの戦いは避けられない。全力を尽くすだけだ。俺は仲間たちに指示をおくる。


「ルーナスは知っての通り強敵だ。だから基本的に近接で戦うのは俺とパウルだけだ。爺ちゃんと治癒魔術師3人はバックアップを頼む」


 俺が指示を送ると爺ちゃんと治癒魔術師3人は後ろへ大きく下がった。その様子を見たルーナスは何故か突然頭上に火炎ブレスを吐くと遠くを指差す。


「悪いけど勇者と魔王以外は役者じゃないよ。だからローゲンたちの相手は狂魔きょうまたちにしてもらうよ。私のブレスを見た魔物たちが間もなく駆けつけてくるはずだ。ゲオルグ君とパウル君だけが私と楽しもうじゃないか」


 魔物の拠点だから覚悟はしていたが、やはり援護は受けられなさそうだ。勇者2人だけで魔王を倒す覚悟を決めなければ。それにルーナスはパウルの兄貴分を殺した宿敵でもある。パウルが仇を前にして冷静さを失っていないか確認しておこう。


「パウル、お前にとっては因縁の相手だが冷静さを失うなよ、いいな?」


「…………」


「パウル? どうした、集中しろよ?」


「ん? ああ、そうだな。ご、ごめん。オイラ頑張るよ!」


 パウルの様子がどこかおかしい。力が入り過ぎるならまだ理解できるが、今のパウルは何か考え事をしている感じだ。詳しく聞きたいがルーナスはもう爪を構えている。とにかくやるしかない!





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